怪奇四 メリーゴーラウンド
これにて終了です
ありがとうございました。
やっと紗耶香が動けるようになり、帰路につこうとした瞬間、遊園地内の一部がいきなり明るくなった。
『あっちの方向はメリーゴーラウンドだねぇ。ああ、鬼さんに捕まったみたいだ』
「え?」
声をかけてきたのは、シュールなウサギの着ぐるみだった。
『君みたいな子は稀有なんだよ。純粋に肝試しだけを楽しみにしている子は、こっちまでは来れないから』
そしてウサギは明かりの方を指した。
『ここから逃げた子と、もう一人が捕まったよ。行ってみるといい』
「お断りしま……」
ひょいっと抱え上げられ、あっという間に移動した。
そこには誰も乗っていない。ただ、勝手に動いているだけという状態だった。
『おや、残念。君には見えないようだ。……逆恨みだけか』
「え?」
「そりゃそうでしょう。つい先だって引っ越してきたばかりの子ですよ」
そう言ったのは、ドリームキャッスル前で別れたはずの水沢で。
「あそこにはね、内側に美優と大内が乗ってる。外側に由衣と兄ちゃん、あとは大内が連れてきたガラの悪い連中かな」
紗耶香は思わず目をぱちくりとした。
「ねぇ、一ツ谷さん。あなたの携帯、全く繋がらなかったでしょう?」
「は……はい」
「仕方ないんだよ。だって、あなたはここに関係ないはずなのに、美優の動きのせいで連れてこられたからね」
意味が分からない。
「この裏野ドリームランドはね、別の空間に繋がってるんだ。元々それを利用した殺し屋稼業も行っていた。だから行方不明者も多かった」
『そう、別の空間の管理者が私だよ。支配者はヒトの負の感情と子供の持つ無邪気さが餌だった。だからちょうどよかったというか。こちらの世界で十年程前かな、さすがに我々の手にも負えなくなったから、閉園して細々とやっているんだ』
水沢とウサギが淡々と説明してくる。
子供たちの無邪気な残酷さが力を強くして、負の感情が姿を大きくさせて。依頼者がいなくても、わずかな感情だけで動くようになった。だから、ドリームランドを廃園に持って行った。
「ここを取り壊しできないのは?」
『そんなことをしちゃ、支配者がこの地を離れる。本当の意味で無差別になる』
以前よりも人を遠ざけることにより、支配者の力を弱めていると。
謎は多すぎる。だが、何よりも。
「どうして、水沢さんはそこまでご存じなんですか?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、水沢は笑う。
『彼も巻き込まれ組だからだよ。君よりも酷かった。無理やり死者のメリーゴーラウンドに乗せられたから』
「え?」
「このメリーゴーラウンドって、これから死ぬ人が乗せられるんだよ。そして、無理やり降りようとすると、外側にいる死者が内側に乗っている生者を食べちゃうんだ。
乗せられてすぐ、そのアナウンスが入り、回りだす。だと、もう死ぬしかない。本来、他の場所で死ななかったりしたやつが乗るんだ。……俺の場合は、泥酔したところを、悪戯で乗せられた」
「じゃあ、どうして……」
「乗せたやつと引き換えに、俺は降りた。そしてここに餌を連れてくる約束をして、この園を出た」
餌、というよりも待ち望んでいた復讐にしか思えない。
紗耶香はその狂気に思わず震えた。
『君はどうする? 彼と同じように餌を連れて来てここを出る?』
「お断りするわ」
『じゃあ、君もここから出られない』
「あら、出る方法はある。ここのことを一切合切忘れちゃうこと。違う?」
『どうして、それを思いつくかな』
「だって、私は生きたいし。餌になるような人物は思いつかないし」
『君はコンプレックスを刺激する人もいないの?』
「……あのねぇ、誰にでもコンプレックスなんてあるもんよ。天然さんは、しっかりした人が羨ましいし、しっかりした人は天然で他人を巻き込む人が羨ましい。だけどね……」
ふぅ、と紗耶香は大きなため息をついた。
「そんなことくらいで、こんなところ利用していたら身が持たない。だって、人を呪わば、己も呪われる。それを覚悟しなきゃいけない」
『……。聞いた人間が悪かったなぁ。うん、君は帰っていいよ。その代り、ここでのことを思い出した時点で、どうなるか分からない』
次の瞬間、メリーゴーラウンドから、ぐしゃりという音がした。
見えなかったはずの渋沢達が見えた。
そして、何かに弄られるように、潰されていく。
「……ぐっ」
吐きそうになる。でも、ここで吐いてはいけない。
『コウナッチャウカモシレナイネェ。
ここに来た記憶も、周囲がここに来ると思っていた記憶も消すよ。こちらとしては思い出して、餌になって欲しいところだよ』
ウサギの声が紗耶香にまとわりつく。
振り返らないようにして、紗耶香は逃げた。
そして、気が付いた時には自室のベッドで寝ていた。
昨日、誰かとどこかに行く約束をしていたような……。思い出してはいけない。思い出したい。
夏休み明け、渋沢 美優が行方不明になったと、全校集会で言われた。
彼女とどこかに行く約束があったような気がする。そう、クラスメイトと話になった。
「一ツ谷さん、遊園地行かない?」
遊園地。ダメ、あそこだけはダメ。
それだけが頭から離れなかった。




