映画の宣伝は大事!? ~後編~
白い背景の前に移動しポーズをとる。沢山の照明器具に囲まれエメリヤさんの指示に従い写真を撮っていく、最初の表紙撮影は順調そのものであったが特集記事の写真撮影に苦戦し始める。
それは特集記事の撮影が自然体でいなければならないからだ。「笑って」と言われたら笑うのだがこれが自然体ではないらしい。
「なんか違うんだよな」
エメリヤさんが首を傾げながら呟き、僕自身も違和感を感じていた。これまでの撮影は役になり切り、役の気持ちを表情にする事ができた。
でも今回は自然体で撮影したいが緊張している為『強張った笑顔』になってしまう。『強張った笑顔』をしたいのではなく『普通の笑顔』にしなくてはならないのだがそれが上手くできない。
僕のそんな感情はエメリヤさんにも伝わり。
「もっとリラックスして」
鋭い目つきだが優しい口調で彼女が言う。彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
言われた通りにしたいのだがそれが出来なくて歯がゆく、思わぬところで苦戦を強いられ僕はどんどん余裕がなくなり始める。
前世ではこんな素の自分を出しながら一人の写真撮影なんてされた事すらない。一山幾らの役者で、前世の経験は現状まるで役に立たせることができない。
そんな自分の頭の中で悪い考えが浮かぶ、前世の経験が活かせないならこの程度の人間なんだという悪い思考。
「少し休憩を入れようか」
エメリヤさんが空気を変えようと提案する。
「はい」
僕も今の気持ちではどうやっても上手く行かないと思い彼女の提案に同意する。
僕はスタジオの隅のパイプ椅子に腰かける。するとカレンさんがすぐに近づいてきて床に膝をつけ目線を合わせて僕に言った。
「どうしたの?調子が悪いの?」
カレンさんは心配そうな表情で言った。
「いいえ、違うんです」
僕は首を横に振り答える。
「僕が上手くできないだけなんです。自然体な自分がよく解らなくて……」
俯きながら正直に今の状況を伝えた。前世の経験が活かせないとは言えないが、なるべく今の自分の気持ちを伝えた。するとカレンさんは少し考えてから言った。
「ロア君、上手くやる必要なんてないんじゃないのかな」
カレンさんの口から思わぬ一言が飛びだした。
「え?でも上手くやらないと皆に迷惑がかかっちゃうし……」
僕次第で上手く行くか行かないか決まってしまうのは確かな事だと思い口にした。
「ロア君、なんでも卒なくこなすのは凄い事だけど。一人で上手くやろうと思わなくていいんだよ。こういうお仕事はチームで創り上げるものなんだから」
カレンさんの両手が僕の両肩に添えられる。
「チームで?」
「そう、映画の撮影の時はどうだった?監督さんや他のキャストの人たちが一緒になって考えて創っていったはず、他の誰かが上手くできなくてもロア君は迷惑に思った?」
カレンさんはゆっくりと優しい口調で質問をした。
「いいえ……。誰かがミスしても皆で補い合ってました」
僕は当時の出来事を思い出しながら答える。
「でしょ?今回も同じだよ。今日会ったばっかりだけど皆チームだから」
カレンさんが優しく僕に助言をしてくれた事で、僕の中にある自身への歯痒さが晴れてきた。
「僕何となく解ってきました」
僕は『前世の記憶のある特別な人間』かもしれないが才能などは良くも悪くも前世のままで上手く行かない事もたくさんある。時々勘違いをしてしまうが決して『万能な人間』ではないのだ。
僕は立ちあがりスタジオに置いてある数種類ある差し入れのお菓子を全て手に取り白い背景の前で床に寝転がり食べ始める。
僕は今まで勘違いをしていた。『カメラの前に立ったら自分の中にあるスイッチをオンにしなくてはならない』という意識自体がそもそも違うという事に、今求められているのは『スイッチをオンにしない自分』。
それを実行するにはリラックスするしかないのだ。リラックスする方法は人それぞれだが、僕の場合今できる最高のリラックス方法は『ゴロゴロ寝そべってお菓子を食べる事』だった。
それを今実践することで間違いなく僕はリラックスすることが出来ている。ここを自宅と考え気だるくパンダのように。羞恥心を捨て怠惰に振る舞うのだ。
僕が寝転がりお菓子を食べ始めるとスタッフの皆は少し驚いた表情になったがエメリヤさんが僕のそんな姿を目にするとカメラ手に持ち僕と同じように床に寝転がりお菓子を食べ始めた。
「それが普段のキミか、なるほどね。すごく良いよ」
エメリヤさんがカメラを構え数回シャッターを切る。
「スイッチをオフにしてみました」
カメラ越しにエメリヤさんに言った。
「キミのような男の子は初めてだよ。キミ以外の男子タレントは『オレをそのまま撮れ』っていう感情が前に出ているから素の自分を出す事に困らないけどキミは素の自分を出すのが苦手な男の子なんだね」
シャッターを切りながらエメリヤさんが言う。
「僕はもっと簡単に素の自分が出したいです」
僕は率直な感想を言った。
「私たちも少し戸惑ったよ。素の自分を中々出せずにいるキミを見たとき、どうアドバイスをしたらいいのか解らなくてね」
エメリヤさんが立ちあがり一度カメラを置き他のスタッフ達に向かって「何か床に敷くものを探してきて」と指示を出し周りのスタッフ達が忙しなく動き始める。
「僕はこのままでも大丈夫ですよ」
僕はエメリヤさんの指示の意味を質問した。
「まだまだ、キミにはもっとリラックスしてもらうからね」
エメリヤさんが笑顔で答えている間にスタッフの人たちが綺麗なブランケットを何枚か見つけ出し床に敷き始めた。
「さあ、寝そべってゴロゴロして」
彼女は僕にさらにリラックスさせる為の指示を出した。
「解りました」
僕も笑顔でその指示を了承する。そこからは順調そのものでエメリヤさんも隣で寝っ転がりシャッターを切りまくる。綺麗なアフロが寝っ転がる事で潰れて見え、僕はそれが可笑しく冷静で鋭い眼つきのエメリヤさんとのギャップでつい笑ってしまう。
「いいね、すごくいいよ。目線ちょうだい」
エメリヤさんがすごく僕を褒めるもんだから気持ちも乗ってきて先ほどの苦戦が嘘のようにリラックスできた。
「私はね、派手な映画が好きなんだ。特にお気に入りは『グッドラックス―無限のデスロード―』さ、見たことある?」
エメリヤさんはカメラを覗きこみながら言った。
「僕もあれ大好きです。アクションシーンも出てくる車も個性的でジェットコースターにのっているみたいですよね」
「解るかいあの映画の良さが、あまり男の子受けするタイプではない気がしていたがそうでもないみたいだね」
この世界の映画の好みも逆転しているようで男性は感動できる映画など、女性はアクションが派手な映画などが人気だ。勿論これらに当てはまらない人もいるが一般的な価値観も逆転傾向にある。
「キミとは気が合いそうだ」
エメリヤさんはカメラを構えシャッターを切り続ける。
撮影は序盤苦労したが後半からのカレンさんのアドバイスやエメリヤさんのノリの良さもあり乗り切る事ができた。
今回の現場で痛感したことは僕一人の力には限界があるって事だ。前世からの僕の経験には偏りがあってどうにもならない事もある。
撮影は無事終了しカレンさんの車で帰宅途中、僕はカレンさんにお礼を言った。
「カレンさん今日はありがとうございました。カレンさんが僕にアドバイスをくれたお蔭で乗り切る事ができました」
「そんなことないよ、私がいつもしてる事をロア君に説明しただけだし」
カレンさんが笑いながら言った。
「カレンさんがいつもしてる事?」
カレンさんがいつも何をしているのか気になったので訊いてみた。
「ほら、皆を頼るって所だよ。私なんかよく失敗するから色んな人に頼ってばっかりだったよ。この前なんかスケジュール管理をミスして女優さんを連続四十八時間も働かせちゃった時は人生で一番謝ったな~」
カレンさんが過去の失敗を思い出しながら恐ろしい事を言っていた。
「え?睡眠時間とかはなしですか?」
僕はカレンさんの話が怖くなり確かめずにはいられなかった。
「うん、ゼロだったね」
カレンさんは即答で答えた。
「僕の担当辞めてもらえませんか?」
「ロア君!?」
カレンさんの業の深さを垣間見た気がした。
エメリヤ・ボンベイ:35歳。クールなカメラマンで気難しい所もあるが人が好き。アフロヘアにした理由は、モデルとの心の距離を近づける為何か面白い髪型にしたかった。でもそれが原因で人によってはより近寄りがたい人間に思われてしまう。




