其の壱
冬が終わり、春になりつつある矢先のことだった。
三条川の中洲に突如として巨大な桜の木が姿を現した。
三条川はこの近辺では有名な桜の名所だが、その中洲に桜が根付いていたのは今は昔のことだ。だというのに中洲では周囲の時が停止したかのような圧倒的な存在感を放ち、桜の大木が佇んでいた。
それだけでも奇妙だが、更にこの世のものでない証のように桜は自ら光を放っていた。
桜の木は幹から細い枝先に至るまでの全てが光り輝いていたが、どくんどくんと胎動すると、幹から薄紅色の光を放つ。次第にその輝きは大きくなり、かと思いきや桜の根元で散った。
根元に放り出されたのは女だった。
女の肌も、腰まで届く髪も、身に纏う着物も雪のように白く、白以外の色味は半衿と帯紐の薄紅色だけだ。
女は桜の外に出てきても眠り続けた。
女の傍らの桜が満開になったのを待っていたように、女は長い眠りから目を覚ました。開かれた女の瞳は金色だった。
女は眩しさから目を細めながら桜を振り返る。目の前の光景を確認するとほう、と息を漏らす。
細められた目と相まって艶があり、背筋がゾクゾクするような色気があった。
女の目の前では巨大な桜が咲き誇り、風もないのに薄紅色の花弁を散らせている。
「やっと咲きましたね」
女は満足げに微笑む。
美女と桜は絵になる光景だが、どこか物足りなく、寂しい。しかし女は気にかけもしない。
待ち人はただ一人なのだから。
「ああ、あの方は早くおいでになられないかしら」
女はただ待ち続ける。




