115話 怪しい人物
「……どうしましょう」
そう言って陰でコソコソと騎士達の様子を窺っているのは現在見張られている空き家でオリベル達と集合する約束をしていたマザリオである。
騎士の捜索の手がここまで及んできたために、二人はこの場から離れているのだろう。もしかすればこの町に騎士が来たことによって既に町から出ていった可能性だってある。
「取り敢えずここから離れないと」
こんな所にわざわざ来る者など怪しいに決まっている。罪を犯していないとはいえ騎士達から長時間拘束されてしまう事になるだろう。
二人を探し出して何とか別れの挨拶を告げたいと思っていたマザリオはその場から離れようと息を殺して後ずさりする。
しかし、そんなマザリオの肩を背後からトントンと叩く者が居た。
「すみません、少々お時間よろしいでしょうか?」
そこに居たのはいつの間にか背後に回り込んでいた黒い騎士服を身に纏う女性であった。
♢
「隊長」
「どうしたの? セレナ」
そう言って振り返るのは空き家の中を捜索するイルザ・ホーエンハイムである。彼女の右腕であるセレナの呼びかけに応えて振り返り、彼女の隣に居る見知らぬ女性の姿に首を傾げる。
「その人は?」
「この付近で怪しげな行動をとっておりまして。この空き家に住んでいた者と関係がある可能性があると踏み、ご同行願いました」
セレナがそう告げるとイルザは今なお俯き気味なまま無言でいる少女の事を見つめる。緊張しているのかはたまた怯えているのか、その唇は少し震えているようにも見える。
「お名前は?」
「……マザリオです」
イルザが少女に尋ね、それに対しマザリオはか細い声で自身の名を告げる。その怯える姿を見兼ねたのかイルザはそっと彼女の頬に手を当ててこう告げる。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。安心してください。私達はあなたの敵ではありません。今からほんの少し質問に答えていただけたらすぐに解放いたしますので」
優しげな声、そして表情がマザリオを包み込む。少し緊張が解れたのか、マザリオも小さく首を縦に振る。
「ではお聞きしますね。あなたはこの家に住んでいた者と関りがありましたか?」
「……いいえ」
「では何故こんな所まで来ていたのでしょう?」
「み、道に迷って」
質問のたびに目が泳ぐマザリオを見てイルザは確信する。彼女は確実にこの家に住んでいた者と関りがあるのだろうと。
そしてその人物が騎士達から追われているほどの重罪人であることを知っていて匿っているのだと。
確信したイルザはちらりとセレナへ視線を飛ばす。
「嘘をついていますよね? 正直に答えて下さらないとあなたもこのまま連行させて頂くことになりますよ」
「い、いえ! 嘘じゃないです!」
「ではもう一度お尋ねします。あなたはこの家に住んでいた者と関りがありましたか?」
「ありません!」
強情に口を割ろうとしないマザリオを見てイルザは悲しげな表情を浮かべる。弱弱しく震えている少女に対してここまでしたくないという思いが強いのだろう。
しかし、彼女も引くわけにはいかない。本来であれば前線での依頼しかこなさない筈の第三部隊が内地にいる指名手配犯を捜索するというのはそれだけ捕まえるのに本気であるという事なのだ。
「仕方ありません。あの方をお呼びするしかありませんね。マザリオさん、それでは一度我々の拠点までご同行お願いいたし……」
そこまで言ったところでイルザがマザリオの異変を感じ取る。先程までは彼女から全くと言っていい程魔力を感じ取ることが出来なかった。
しかし今は有り余らんばかりの膨大な魔力が彼女から発せられていた。
「う、うううう痛い」
抵抗する様子はなく、ただ頭を押さえてその場に蹲るマザリオ。依頼での疲弊、そして騎士達から詰め寄られたストレスにより、あの発作が起きようとしていたのである。
「どうしたのですか? セレナ、救護班を呼んだほうが良いかも。様子がおかしいわ」
「承知しました」
指示を出されたセレナがその場から離れようとした次の瞬間、何かがピシッと弾けたような音がする。
「ううううっ、うあああああああっ!!!!」
叫び声を上げながらマザリオの身体から凄まじい魔力が爆発的に周囲へ放出される。
「な、なにこれ、頭の中に流れてくる」
マザリオだけではなく、近くに居た騎士達も漏れなく苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついていく。それは何もマザリオの膨大な魔力に当てられたからというだけではない。
マザリオの力、伝達属性魔法は「生物の思念を声として聞き取る力」であり、「他者へ思念を声として脳内に直接送る力」でもある。
以前は近くに誰も人が居なかったために誰も被害に遭う事はなかった。しかし、本来の彼女の“発作”は周囲に居る全ての生物の思念が彼女の脳内に送られるだけではなく、周囲の人間に対してもその思念をすべて送ってしまうのである。
この発作が彼女はオリベルからの誘いに乗らなかった、そして孤独に冒険者を続けている理由なのである。
大量の思念が脳内に直接送られる、それに全く耐性の無い第三部隊の騎士達はマザリオが意識を失い、発作が消え去る前に次から次へと意識を刈り取られていく。
全ての騎士団員たちの意識が消え去り、そして彼女もまた意識が途切れそうになったまさにその時、コツンッと何かがマザリオの頭に当たった瞬間、突然脳内に流れ続けていた声がパタリと消え去る。
「え」
突然の事に何が何だか分からずただその場で座り込むマザリオ。いつもならば発作が起きれば意識を失うまで止まることはない。
しかしどういう訳か今回はただ頭に何かが当たっただけで発作が止まったのだ。ふと床を見るとそこにはキラキラと輝く何かの破片が落ちていた。
「何だろうコレ」
「知りたいか?」
「っ!?」
いつの間にか近くに立っていたのは大きな男。騎士でもなければマザリオの記憶にある人物でもない。
「誰ですか?」
「それに答えるつもりはない。私はただ聞いているだけだ。お前の発作を止めた原因が何か知りたいか、と」
明らかに怪しい雰囲気を纏っている男。しかし、初めて発作を意識を保ったまま止めることができたのは事実である。
ならば躊躇いなどは無かった。
「教えてください! 私のこの呪いを止める方法を!」
長い間、悩まされ続けてきたこの呪いを止める手段が目の前にあるのだ。最早なりふりなど構っている余裕はなかった。
そんなマザリオの様子を何の感情も籠もっていない眼で見ると、男はこう告げる。
「宝石亀さ。奴の装甲がお前の魔力暴走を止めることが出来る」
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