秘密のメッセージ
意気揚々と宣言した私に、リオスたちは明らかに戸惑っていた。
それでも私は、熱意だけで押し切った。
書くと決めたからには、まずは取材だ。
とはいえ、私が小説家であることは秘密のため、堂々と外で取材なんてできるはずがない。
だから、レアリィーナさんに根掘り葉掘り聞いた。
男女の恋愛と何が違うのか?
どうして同性を好きになるのか?
レアリィーナさんが知っていることを、いろいろと教えてもらった。
結論から言うと、「好き」という感情そのものは、男女とほぼ同じ。
でも周囲の目と本人の葛藤という追加ハードルがある。
同性だから好きになったのではなく、「その人だから好き」という場合もあるという。
聞けば聞くほど、知らない世界が広がっていった。
男女の恋愛以上に、ハードルが高い。
「相手が自分を好きになるかどうか」は異性でも難しいのに、同性となるとさらに大変だ。
奇跡的に気持ちが通じ合ったとしても、今度は世間の目や、結婚の問題が立ちはだかる。
それを乗り越えてこその恋愛。
本当に、奥が深い。
でも、そのぶん実ったときの幸福感は大きいのではないだろうか。
完全に理解できたわけではないけれど、出来る限りあの男の子の気持ちに寄り添って、小説を書いてみた。
そもそも私の小説は、いつも私とリオスがモデルだった。
だから、登場人物が似通ったものになったり、展開がワンパターンになってしまったり、作家としての壁も感じていた。
それを取っ払って、一から書いた。
今回のヒロインは男性の主人公で、J・Vさんがモデルだ。
なんとなくJ・Vさんの文面から、気弱な性格の主人公になった。
ヒーローは、主人公を引っ張って行くような強めの性格にした。
結果的に今まで書いてきた小説とは違うものとなった。
熱意と共に一気に書き上げてしまったため、あっという間に完成した。
ただし、商業用の小説と比べて短い話だ。
それでも自分なりの想いを込めて、心情を丁寧に描写し、結末はハッピーエンドにした。
リオスやレアリィーナさんにも読んでもらい、好評だったので二十冊ほどを自費出版することにした。
いや、自費出版どころか、ほぼ手作りだ。
印刷所に依頼すると、どうしても多くの人の目に内容が触れてしまう。
内容が内容なのと、私がピンクローズの正体だと知られてはいけないため、目立つことはできない。
だから、すべて人の手で書き写す方法をとることにした。
書き写す人も、事情を知る者に絞りたい。
そこで、私の侍女にお願いすることにした。
そして今回のペンネームは「ピンクローズ・スウィート」ではなく、「スロートン・クピウィーズ」にした。
寝ずに考えた渾身のペンネームだ。
ピンクローズ・スウィートの文字を入れ替えると、こうなる。
ふふ、我ながら天才だと思う。
あとは挿絵と表紙についてだ。
実はレアリィーナさんは絵を描くのが趣味らしく、今回の表紙や挿絵を描いてくれることになった。
すべて一人での作業で時間がかかるため、表紙と挿絵一枚をお願いすることにした。
構図は相談しながら二人で決めた。
表紙は、男性二人が仲良くお茶会をしているところ。
そして唯一の挿絵は、最終ページの想いが実ったシーンにした。男性二人の手が、そっと繋がれている。
レアリィーナさんがすべての絵を描くため、かなり重労働だ。
でも本人は非常にやる気を出してくれている。
ちなみに、写本をしてくれた侍女たちにもこの物語は好評で、必要分が終わった後に「個人的に書き写して持っていてもいいですか!?」と聞かれるほどだった。意外と需要があるのかもしれない。
問題は、どうやってJ・Vさんに届けるかだった。
彼の名前も住所も知らないため、連絡を取る手段がまったくなかった。
ちょうど近々、ピンクローズの小説の新刊が出版される予定だったため、今回は、あとがきにメッセージを載せることにした。
『お手紙をくださった、親愛なるファンのJさんへ。
うれしい気持ちで胸がいっぱいになりました。
とても丁寧に綴られた言葉を、ひとつ残らず読ませていただきました。
のぞむことさえ難しいお話を、勇気を出して書いてくださったのだと思います。
じぶんの知らなかった世界を教えてくださって、本当にありがとうございます。
善い形で届くことを願って、こっそり筆を取りました。
いつか、あなたに読んでいただけたら嬉しいです。
ちいさな祈りですが、このあとがきに添えておきます。
できることは少ないかもしれませんが、どうか無理をしないでくださいね。
また感想を聞ける日を、楽しみにしています。
つたないあとがきではありますが、どうかあなたに届きますように。』
こう書いた。
どうやってJ・Vさんに連絡を取ろうかと思案していたとき、彼からのファンレターを何度も読み返して気づいたことがあった。
その手紙には、秘かにメッセージが込められていたのだ。
この方法は、最近人気の新人作家ブラックリリー・ヴェイルの物語の中で使われているものだった。
ブラックリリー・ヴェイルの小説は、不幸な境遇の女の子が状況に打ち勝つ話が多く、その中の一人の主人公が手紙でよく使っていた暗号だ。
手紙の文章の頭文字を繋げると、意味のある文になるというものだ。
彼の手紙を同じように読んでみると、「先生たすけてつらいです」となる部分があった。
それに気づいたとき、胸が締め付けられるようだった。
だから、私も同じ方法で秘かにメッセージを込めることにした。
私のあとがきは、頭文字だけ読むと「王都の慈善市で待つ」という意味になる。
年に二回、王都で開かれる慈善市というバザーがもうすぐ開催される。
孤児院や貴族、裕福な商人が出店し、売り上げはすべて慈善事業へ寄付される。
そこで、彼のための物語をこっそり売ろうと思う。
もちろん私は行けないので、代わりの者にお願いするつもりだ。
なぜ王都を指定したかというと、手紙の消印が王都だったからだ。
そして慈善市を選んだのは、おそらくJ・Vさんは貴族だろうから、来やすいだろうと予想した。
そもそも、ピンクローズの本は高価なため、買えるのは貴族や裕福な商人が多い。
貸本屋でも読めるから平民の可能性もあるが、平民には姓がない。
だから「J・V」と名乗っている時点で、貴族だろうと見当がつく。
しかも、家名がVで始まる貴族はかなり限られる。だから、あとがきでは家名を省いて「Jさん」と書いたのだ。
字も文も綺麗だったから、それなりに高い教育を受けているのだろう。ただ、少し思慮に欠けるところがあるため、まだ若年層だと思う。
そう考えると、余計に助けてあげたいという気持ちが強くなった。
このメッセージに彼が気づいてくれるかは賭けではあるけれど、来てくれることを信じる。
慈善市では、恋愛小説を売る店を出店する。ピンクローズの小説を中心に、私のお気に入り小説を販売する。
なお、売り上げは孤児院への寄付となる。
売り子には、レアリィーナさんに行ってもらうことになった。
私は公爵領の屋敷でそわそわしながら、王都の慈善市が終わるのを待った。
レアリィーナさんが王都から戻ったときは、公爵家に直行してもらうようにお願いしていた。
なんと、J・Vさんは無事に来たようだ。




