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世界一素敵なゴリラと結婚します  作者: 志岐咲香
番外編:結婚準備編

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33/71

アンゼリカ様の淑女教育②

 リオスの言った通り、ダンスのレッスンは三日後になった。

 次のレッスンに現れたリオスは、なんと、鉄板入りの革靴を履いていた。特別に作らせたそうだ。


「これで、気兼ねなく練習できるだろう?」

「ほんとだ! ありがとう!」


 これで足を踏んでも骨が折れることはない。

 実際に何度か思いっきり踏んでしまったが、リオスの足は無傷だった。前回踏んだ時も、怪我はなかったらしい。見た目は中性的なのに、体は意外と頑丈らしい。

 ……さすが、あの公爵様の息子だ。見た目は美形、中身はゴリラ――最高の組み合わせを両親から引き継いだのである。

 足をいくら踏んでもいいという安心感でのびのび練習できて、上達も早くなった。……気がする。

 リオスにはぜひ、いつかくるだろう本番の時もその靴でお願いしたい。

 最初はその場でステップを踏むだけだったけど、徐々にレベルアップして、最近はターンまできた。まだふらついたり足がもつれそうになることもあるけれど、そんな時はリオスがさりげなく支えてくれる。頼りになるパートナーだ。


 そして何より、練習中のリオスの嬉しそうな様子を見ると、私も嬉しい気持ちになった。

 彼は本当に楽しそうに踊るのだ。きっと元々ダンスが好きなのだろう。

 卒業パーティーでもやたらと誘われたのを覚えている。

 私は踊れないから、他の人を誘ってと言ったのに気を遣ってかそばを離れないでいてくれた。踊りたかっただろうに、我慢させてしまった。

 あの時は申し訳なかったから、思う存分踊らせてあげたい。まだワルツしか踊れないけど、リオスのためにいろんな曲を練習するのもいいかもしれない。


 それにしても、ダンスがこんなに密着することを、今回の練習で初めて知った。

 腕だけでなく、体もぴったりとくっつける。社交で異性と踊るのは貴族の常識で、そこで政治的な駆け引きや情報交換が行われるらしい。

 親しくもない人と密着して踊りたくはないけど、公爵夫人には必須だから仕方ない。

 でも彼が言うには、私は病弱設定だから、もし舞踏会などに出席することになっても、最初の一曲をリオスと踊るだけでいいそうだ。

 その後はリオスと一緒に座っていればいいと、彼は言う。

 本当ならありがたいけど、そう簡単にはいかないことも分かっている。

 ダンスは社交の一種だから。

 無事に踊れるようになったら、なんだかんだで私も政治やら情報収集やらのために、どこかの高位貴族と踊ることになるだろう。

 ということは、駆け引きができるくらい、ダンスを身につけなきゃいけない。……ダンスはできても、駆け引きなんてできる気がしないけど。でも、いつかはしないといけないんだろうなあ。

 はあ。


 ダンスはまだ良い方で、他の淑女教育はなかなか成果が出なかった。特にひどいのが、社交だ。

 模擬お茶会で家庭教師の先生たちとお話するんだけど、まあ、毎回残念な結果に終わる。


 まず、上品な微笑みが難しい。淑女は日常的に薄く笑みを浮かべるけど、私は五分もすると口元が引き攣ってしまう。

 アンゼリカ様のアドバイスで、引き攣りそうになったら扇子で隠すようにしたら、今度は「扇子の使い方がなっていない」と注意された。扇子は持ち方や動かし方でいろんな意味がある。私はそれに意義を見出せなくて、どうしてもなかなか覚えられない。

 そのため、模擬お茶会では、いつも散々な結果になった。


 でも、それでも一日三時間の淑女教育は全力で取り組んだ。終わった後は、一応復習もした。だって、リオスも頑張ってくれてるから。

 何をしているのかは分からないけど、彼が私のために色々と手を回してくれているのは伝わってくる。

 この淑女教育だって、一日三時間だけなんて短いと思う。

 私みたいにマナーの基本もなっていない末端貴族令嬢なら、普通は一日中教育されてもおかしくない。

 それが、無理のない範囲で三時間。

 しかも先生も毎時間、複数いる。

 一度アンゼリカ様に理由を聞いたら、リオスが心配して複数にしたらしい。

 一人だと、万が一体罰や不適切な発言があってはいけないから、と。複数置いて、互いに見張らせているんだとか。

 どれだけ用意周到で過保護なんだと呆れすらした。

 でも、嬉しかった。


 先日、無事に婚約が整い、結婚式の日取りが決まった。レグナス王国では十八歳から結婚できる。私は十月に十八歳になるから、その誕生日に結婚式を挙げることになった。リオスは八月に、私より一足早く十八歳になる。

 貴族はだいたい婚約から半年以上は空けてから結婚するのが普通だ。学園入学前から婚約していれば、十八歳になってすぐ結婚することも珍しくないけど、卒業後に婚約した場合は一年は空けるらしい。だから、私たちの結婚は異例の最短で、少し早すぎる気もする。リオス曰く、安全のために一日でも早く正式に公爵家の嫁になった方が良いらしい。


 まあ、そうだよね。

 私も怖い目になんて遭いたくないし、異論はなかった。婚約者という立場よりも、公爵家の嫁の方が護衛もつけやすいし、何より手を出しにくいだろう。


 そんなわけで、結婚式までの半年の間に、式と披露宴に出られる程度の社交性を身につけねばならない。でも、半年で取り繕える自信はない。正直、我ながら絶望的だ。



***



 それから五か月が経ち、一か月後に結婚式を控えたある日。


 アンゼリカ様はこめかみを抑えながらこう言った。


「ナタリーさん、あなた、まさかとは思うけど、グレゴリオスと結婚したくないの? だから、わざとできないふりをしているのよね? そうよね?」

「リオスと結婚したいです! がんばります!」


 とんでもない誤解だった。いつも全力で取り組んでいるのに、ひどい勘違いだ。


「……はぁ。分かったわ。時間がないから、とりあえず、やることを絞りましょう」

「はい!」

「まず、淑女の微笑み。これは修得してもらわなければ困るわ」


 私は、にこっと笑ってみた。淑女の微笑みのつもりだ。


「違う違う、もっとお上品に……」

「こうですか!?」

「違うわ、怖いわ。何か企んでるような笑顔じゃなくて……もっと口角を下げて、そう、そこで止めて! いや下げすぎ! 上げて! 上げすぎ! そう、そこで止めるのよ! それよ! それを覚えて!」

「は、はい……」


 そうこうしているうちに口元が引き攣り始めた。


「頬が震えてるわよ! 止めなさい」

「む、無理ですぅぅ」


 こうやって、結婚式前の一か月は、アンゼリカ様直伝の猛特訓が続いた。


 なお、カーテシーの三分耐久は、淑女教育が始まって早々に達成した。筋トレさえしておけば良かったからだ。毎晩太ももの上げ下げ運動をして鍛えて、この五か月でだいぶ引き締まった気がする。

 結婚式までにアンゼリカ様から合格をいただけたのは、三分でも余裕で耐えられるカーテシーと、なんとかギリギリ合格した淑女の微笑みだけだった。


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