第59話 昔のあたしと昔の彼と 4 前編
「どうだ、落ち着いたか?」
「……うん」
鼻水を思いきり啜ってから、あたしはなんとか返事をした。
彼に連れられてきたのは近くの公園。
帰り道にあるそこそこ広い公園なのでが、今日は誰かが遊んでいる様子もなく、ただ二人でポツンと端にあるベンチ座っているだけだった。
「その、ごめんな? なんか泣かせちゃって」
彼はあたしの目を見つめてから、ゆっくりと頭を下げて誤ってくる。
どうして泣かせたのかも分かっていないだろうに、自分がすべて悪いのだと言わんばかりの態度に、あたしは驚いた。
「ちがっ、あた……ぼくが勝手に泣いただけだから、才川君のせいじゃない」
「そ、そうなのか? てっきり俺なんかやっちまったのかと……」
少し安心したのか、彼は頭を上げると胸をなでおろすかのように大きく息を吐き安堵の表情を浮かべる。
その様子を見た当時のあたしは、なんだか彼に抱いていたイメージからかけ離れた行動だと思った。
泣いたあたしをやさしく介抱しようとするその行動も、何かに安心するような柔らかな表情を浮かべるのも。
なんだか、やさしい人間を偽ろうとしているような、そんな感じ。
「んで、俺に何か用か?」
「はぇ?」
「俺に話しかけるってことは、なんかあったんだろ?」
彼に用事があったことなどすっかり忘れていたあたしは面食らってしまい、間抜けな声をあげてしまう。
「探し物か? いじめられたか?」
こちらを覗く瞳は、キラキラと輝て見えた。
あたしのことを見る目の殆どは、濁ったような色をしていた。
どうして、なんで。そんな言葉透けて見えたからだ。クラスメイトも、先生も、通り過ぎて行った多くの人々もみんな、同じ目をしていた。
変なものを、見る目。
だけど、彼は違った。
まっすぐで、濁りのなり透き通った瞳であたしを見つめる。
不純な考えを抱えておらず、純粋に他者を重んじるような優しい目つき。そんなの、家族以外に向けられたことが無かったから、当時のあたしはすごく焦った。
――それはもう、今でも夢に出てくるくらいに。
「いや、ちがうの。あのね――」
しかしあたしが訳を話そうとした瞬間、彼の言葉があたしを刺した。
「その格好も、嫌々してるのか?」
「……へ?」
「だから、そのフリフリのスカート。無理して着てるのか?」
「いや、これはその」
「似合ってないぞ、それ。もっと控えめな服着た方がいいと思うが……」
子供らしいまっすぐな意見。
それも相手を馬鹿にするような不愉快な口調ではなく、相手の事を思って意見してくれている優しい口調だ。
本来であれば、そういった態度に対してはこちらも誠意を込めて答えるべきなのだろうと思う。
だけど、そのときのあたしは違った。
プツン、と。
頭の中で何かが切れた気がした。
あたしが、この格好を嫌々してるですって?
似合ってないですって?
彼の言葉が頭をぐるぐると回って、あたしの感情を沸騰させる。
まるで、今まで家族以外に言えなかった鬱憤が一気に押し寄せてくるように。
「……なぁ、どうして黙るんだよ。まさかホントに」
「さっきからあんたねぇ!!!!」
キレてしまった。それはもう壮大に。
一度ならず二度までも、彼はこの格好に文句を言った。
馬鹿にされるのはあった。似合ってないと言われることも何度もあった。
けれど、正面向かって大真面目に否定されたのは初めての経験だった。
普段なら心の底で収めるような怒りも、この際どうなってもいいとさえ思えた。
「いい、よく聞きなさい!」
先ほど言えなかった言葉の数々、苛立ちや感情を晴らすようにあたしは心の奥から叫んだ。
「あたしはね! 好きでやってるの!」
可愛いものが好き。
「男だからとか! 似合ってないとか関係ない!」
可愛いものが好き。
「あたしは、可愛いものが好きなの! 生まれた時からそう! キラキラした宝石とか、フリフリのスカートとか、ピンク色の鞄とか! 誰にも分からなくてもいい、あたしは――」
――可愛いものが、好き。
喉を壊すような大きな声で、あたしは世界に叫んだ。
あたしを否定するな、あたしを受けいれろ、と。
もはやあの時は、彼のことなど眼中になかった。溢れた感情は火山の様に吹き出して、今まで口に出せなかった言葉を言い放つ為に、彼をはけ口として使ったに過ぎない。
今思えば、彼のやさしさに付け込んだだけだったかもしれない。
親以外の人間に、自分の事を誰かに話そうなんて思わなかった。
真っ向から誰かに否定されるのが、怖かったから。
――でも、そんなことどうでもよくなっちゃった。
「はぁ……はぁ……ふん! 文句ある!?」
悩みを打ち明ける事なんて、もう辞めた。
これから自分はどうすればいいのかとか、友達になってほしいとか、そんなことはもうどうでもいい。
あたしはあたし、他は他。
鼻息を荒くしてどうだ、と言わんばかり両腕を組み彼を見つめ返す。
「――つまり、お前は自分でその格好になってると?」
「そうよ、悪い!?」
こうなったあたしはもう止まらない。
誰に何と言われようとも辞める気はもう起きないし、今はダメかもしれないけど、いつか馬鹿にしていた連中を見返すくらい自分自身が可愛くなってみせると思い込んでいた。
――思い返せば、今のあたしの基盤はここで固まったんだなと再認識する。
「……そうか」
短い返事で答えた彼はベンチから立ち上がり、ゆっくりとあたしの正面に立つように移動する。
座った姿勢で見る彼の身体は余計に大きく感じてしまい、まるで熊の様に野性的な威圧感を放っていたことを今でも覚えている。
このまま、自分は食べられてしまうかもしれないと錯覚してしまう程に。
だけど、あたしはひるまなかった。
なんて暴言を言われようと、笑われようとも。
例え、い……痛い目にあわされることになっても。
自分の気持ちを、曲げてやるものかと必死に睨んだ。
だって、心の奥にひそめていた想いを吐き出してしまったのだ。
もう、この気持ちは止められないのだから。
「早乙女……」
絞り出すような声をあげてから、彼はその場で膝を折り綺麗に正座をし始める。
そして、
「ごめん!!!!」
そのままおでこを地面に擦り付ける勢いで、あたしに対し土下座をした。
※後半に続きます。




