第50話 男の娘という存在は……
「わー、すごぃすごぃ!」
「やばー、次あれやってみてよー」
「……感激」
薫、美咲、琢磨。
それぞれの少年少女たちは感動の声を上げ、目をキラキラと輝かせて見つめるその先には……
「ふん! ふん! ふん!」
鉄棒で何十回と回転し、もはや体操競技と遜色ないような綺麗な逆上がりを見せる裕作だった。
初めての出会いから数分後、せっかく遊ぶのであれば公園へ行こうと裕作が提案し、秋音と四人の子供たち……計六人で彼らは秋音宅の近くにある公園へ向かっていた。
鉄棒、ジャングルジム、ブランコ。
そこそこの設備が整った公園ということもあり、遊ぶ物には困らない。
遊び道具を持ってきていない彼らは、最初の方は空いている遊具でそれぞれ遊び始めていたのだが……
「うし! 次は何してやろうか!?」
逆上がりの反動で身を投げ出し、そのまま華麗な着地をし、そのまま少年たちに自信満々の表情を向ける。
もはや大道芸に近い異次元の身体能力を見せる裕作は、いつしか子供たちの注目の的になっていた。
それどころか、先に公園で遊んでいた何人かの子供も彼の周りに集まり始め、いつしか裕作の周りには数十人の人だかりが出来始めている。
「……あいつ、あんなに恐れられてたのにもうみんなと仲良くなってるし」
そんな様子を少し離れたベンチに座っている秋音は、今や公園のヒーローのような存在になってしまっている彼を傍観していた。
一緒に遊び始めて……いや、正確に言えば公園に向かうまでの道のりで裕作と少年たちのわだかまりは無くなり、今ではずっと仲良しだったと言われても不思議ではない位に打ち解けてしまっていた。
「ほんと、あいつ何なのよ」
裕作はいつもそうだった。
初めはその巨体に怯えたり、よくない印象を与えてしまっているが、いざ話始めるとそのイザコザが嘘のように仲良くなる。
一度話せば誤解が解け、二度話せば友人になってしまう。
対人関係において裕作は失敗したことがほとんどなく、年下だろうが年上だろうが、その人物に対しての好感度の上げ方を本能で感じ取り、その人間にとって完璧に近い交流を難なくしてしまう。
それは単に裕作のコミュニケーション能力が高いだけではなく、その人柄や態度、そして見た目とは相反した優しい性格に惹かれてしまうである。
故に、裕作を嫌う人物はほとんどおらず、彼がいるだけでその場の雰囲気が一変してしまう。
「……あんたも混ざってきたら?」
しかし、そんな裕作の存在を毛嫌いする人物も、また存在する。
「別にいいし、俺遊ぶ気分じゃねー!」
秋音の隣でふてくされているのは雄太……そう、今日訪ねてきた幼馴染グループの一人である。
彼は公園で向かう最中、先頭を走り皆を引っ張っていっていたものの、今では自ら孤立し納得いかない表情を浮かべ退屈そうにベンチに腰かけていた。
「あ、もしかして嫉妬? 裕作にみんな取られた―って持ってる?」
「は!? ちげーよ! 何言ってんだ秋ねぇ!?」
「あはは、図星ね~、耳赤くなってるわよ」
「くそ!」
そう、少年はみんなが裕作に取られてしまったと思い込んでしまっているのだ。
自分がメンバーのリーダーなのだ、自身が皆を引っ張っていくのだと意気込んでいた彼にとって、裕作という存在はあまりにも大きいものだ。
嫉妬に近いその複雑な感情は小さな体では消化することが出来ず、こうして孤独になるという選択を選んでしまったのだ。
分かりやすい態度に、秋音は思わず笑みがこぼれてしまう。
「別に、俺は秋ねぇと遊ぶんだし! 関係ねぇよ!」
「はいはい、あたしで我慢しなさいな」
口を尖らせて怒る雄太を落ち着かせるように、秋音は話し相手になる為に覗き込むように視線を送る。
「そんで、何するよ。ちなみにあたしはあの筋肉馬鹿みたいに運動出来ないから」
「あのさ、秋ねぇ……その、えっと」
何故か逆立ちしながら腕立て伏せをしている筋肉に指を差しながら、鼻息交じりにそう伝えるが、雄太は裕作のことなど見向きもしていなかった。
その代わりに、何かを秋音に伝えようとしているのか、口を小さく開くが言葉を発する前に閉じるを何度か繰り返している。
「なにさ、どしたん?」
何か聞きたい事でもあるのか、と。秋音は前かがみの姿勢のまま少年の言葉を聞く体制を整える。
不器用な男の子とは思えないようなモジモジとした態度に、少し面白み味を感じながらも話始めるのをジッと待っている。
すると、ようやく少年が小さな声を上げた。
「その、秋ねぇ。あの兄ちゃんと付き合ってるのか?」
「は、はぁーー!!??」
突然言われた言葉に、反射的に大きな声を上げてしまった。
「ば、馬鹿じゃないの!? あんなやつと、あたしが付き合うって……何考えてるのよ!?」
あんなやつ。
そんなキツイ言葉とは裏腹に、先ほどまで余裕たっぷりの表情とは打って変わり、少年に負けないくらい顔を真っ赤にしてしまう。
「だって、男と女で親友とか、あ、ありえないだろ!?」
「男と女って……あー、そういう」
男と女。そのワードを聞いた秋音は沸騰したような熱が一気に冷めていく。
そう、彼……雄太は秋音の性別を勘違いしているのだ。
秋音は可憐で美しい男の娘である。
それは誰の目から見てもわかる周知の事実である。
しかし、それは誤解を生むこともまた事実である。
今や秋音の事を初対面で男と見抜く人物など殆どおらず、彼の事を女の子と勘違いすること自体は慣れっこである。
むしろ、自分が可愛い存在と思ってくれることに誇りすら感じている。
だが、勘違いをさせてしまう……もっとキツイ言葉で言えば『騙している』と受け取られている事に関しては、秋音は申し訳ないと思うことは極稀にある。
それも『男の娘』という存在を知らない無知の子供に対してとなれば尚更だ。
だからこそ、これ以上誤解を与えないように今のうちに自分の存在を主張しておかなければならない。
そう考えた秋音はほんの少しの躊躇をしつつ、少年い対し言葉を投げかけようとする。
「あの、ね。あたしたちはそういった関係じゃないの。付き合っても無いし」
「そ、そうなのか……?」
「うん、だって……あたしは……」
男だもの。
その言葉を言いかけた瞬間、少年は秋音の手を掴んだ。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
「秋ねぇちゃん、こっち!」
少年はそのまま秋音の手を掴み、引っ張るように走り出した。




