3-15.北の検分所
15.北の検分所
「悔しい~! その場にいたかったわ」
私はクッションを抱きしめ、心底悔しがってしまう。
ソフィーはくすっと笑ってうなずく。
「そうね、アスティレアも一緒だったら良かったのに。
見せたかったわ、ローストチキンを手に殴り掛かるブリアンナ様の雄姿を」
ブリアンナとクリスの婚約披露パーティーは、
クリスが元婚約者に宛てて書いた未練がましい内容の手紙を
酔っ払いに拾われ読み上げられしまい、それを聞いたブリアンナが大激怒。
パーティーは狂乱の渦に巻き込まれ終了したと聞いていた。
カイルとソフィーの二人は、食べ物が飛び交う中、
無事に会場を抜けだして馬車に乗り込んだけど
落ち着くや否や、どちらともなく吹き出してしまい、
最後は二人で涙が出るほど笑ってしまったそうだ。
なんて最悪で最高の、婚約披露パーティーだったんだろう。
私も笑いながら言う。
「全ては自分で招いたことよね、自業自得だわ」
ローガンは新しい製造所への妨害で大きな損害を出し、
ブリアンナはそもそもソフィーを招待するべきではなかった。
クリスはブリアンナとソフィーの両方を得ようとした結果がこれだ。
「スッキリしたけど、ブリアンナ様にはちょっと感謝もしてるんだ。
彼女の意地悪の結果、あんなに素敵なドレスを着させていただいて、
夢のような時間を過ごすことができたんだもの」
幸せそうに眼を閉じるソフィーを見て、私は嬉しくなる。
本当に嫌な思いもしたけど、良かったね。
ソフィーはふと、不安そうな顔になる。
「いいのかなあ。本当にいただいちゃって。ドレスも、アクセサリーも」
「もちろんだよ、返される方が困るでしょ」
私はそう言うが、ソフィーはまだ申し訳なさそうだ。
そして唐突に尋ねてきた。
「ねえ、アスティレアの婚約者さんは……皇国の軍人さんなのよね?」
「ん?そうだよ。カイルとも知り合いだよ」
その言葉に固まるソフィー。どうしたんだ?
「……カイル様と知り合いってことは、貴族の方なの?」
私はびっくりしてクッションを横にほおり投げる。
「なんで”様”になったの?……あれ、もしかして聞いたの?」
「うん、”爵位を持ってます”って」
そうか、皇国の貴族となると引くかもね。
特権階級という言葉があるが、その中でも皇国の貴族は別格だ。
荘園の広さはもちろん、資産だけでも小国の国家予算くらいはあるだろう。
しかし。ソフィーがもし、カイルのさらなる素性を知ったなら、
引くどころではないだろう。
そう思うと、少しずつでも匂わせたほうがいいんじゃない?
と、カイルに言いたい。
しかしカイルの真意については、彼は新しい製造所の仕事で忙しく
まったく会うことがないため聞くことが出来ないでいた。
私はとりあえずソフィーに言う。
「せめてカイルさん、に戻してあげて。すごくショックだと思うから。
それにね、他の国とちょっと違って、身分というより
”皇国の爵位は責任の重さを表している”って言われるの。
あまり気にしないでね」
わかったようなわからないような顔でうなずくソフィー。
私だって嫌だよ、急に”様”付けで呼ばれたら。
せっかく久しぶりにできた、普通の友だちなのに。
何年か前に”皇国の外”で出来た初めての友だちは、
凄まじい怒号や悲鳴の中、崩れゆく神殿に混ざって、
砂となって風に消え去ってしまったけど。
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「休止しているのに出荷がある、ということでしょうか」
私の問いに、玉座の国王様がうなずく。
「とにかくオパールを量産し、
人造と知っても買ってくれるような
劣悪な商人ばかりに売りつけているわ」
右に立つクルティラが言う。
「手負いの獣ほど恐ろしいものはありませんわ。
もう分別も理性も残ってないのでしょう。
……あら? 元から無かったのかしら?」
首をかしげるリベリア。国王様の前だってば。
もう本当に、なりふり構っていられないのだろう。
でも逆に、古代装置を押さえるチャンスでもある。
私がリシェット製造所のどこにでも行けるよう
国王命令として捜査令状を用意してもらう。
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そして私たち三人は今日、北の検分所にやってきた。
彼らがいるのは仕事場ではなく、おそらくローガンの家の元別荘だ。
ローガンはここを”別荘をつぶして建てた”と申請していたが
実際は、別荘の一部が隠し残されていたのだ。
皇国の調査員の報告によると、
明日、かなりの大口の出荷があるようで
今朝がた、ローガンとその腹心ともいえるメンバーが
こちらに集まっているとのことだった。
……今日こそ、現場を押さえてやる。
無人の場所はドアを壊すなり壁を崩すなりしてどんどん進む。
私たちなら、それを無音でやり遂げることができるのだ。
それでも私たちは無言で、ひどく緊張していた。
怖いのはローガンなどではない、”破滅の道化師”だ。
以前カイルが、ローガンと反目した貴族から得た情報で
古代兵器をもたらしたのは”宮廷道化師”の姿をしていたとあった。
今までの敵、例えば大勢の武装した貴族や大蛇、
大蜘蛛の妖魔など、全然怖くはなかった。
しかし”破滅の道化師”は、ただの悪人でも妖魔でもない。
彼らは世界を滅ぼしかけた”古代装置フラントル”の復活を目指しており
皇国に対抗する”力”も有しているのだ。
そんな相手が潜んでいる可能性があるため、
私たちは最大限、警戒しながら進んでいく。
クルティラが手を挙げて、動きを制止する。
このドアの向こうに、何人かいるらしい。
クルティラが扇を構えて……扉をノックした。
扉の向こうで、誰だ?! という声が聞こえ、
恐る恐るといった体で扉が開いた。
クルティラは美しく微笑む。
「遅くなりました」
ドアを開けた男はクルティラの美貌に見惚れていたが、
その言葉を聞いて後ろを振り返り、
「女を呼んだのは明日じゃなかったのか?」
と仲間に問いかける。なるほど。
クルティラは、こういう奴らは大きく儲けた後に
お酒を飲み女性を集めて宴会するだろうと踏んでいたのだ。
奥の男はめんどくさそうに言う。
「約束の日を間違えてるぞ。帰せ」
ドアを開けた男は返事をしない。いや、できなかった。
言葉に出来ない声を発しながら、ゆっくり崩れ落ちていく。
「どうした? おい!……なんだ、お前は!」
全員がたちあがり、武器を構えたようとしたが
すでに彼らにも、クルティラの麻酔針が刺さっていて力が入らない。
罪状が確定できないものは眠らせる方針だ。
狭い室内には、見るからに用心棒として雇われたらしい男が4人。
だんだん効いてくる薬に抗えず、よろよろと倒れていく。
高いびきをかきだした彼らの横を通ると、下に続く階段があった。
この先の部屋だろう。
音を消して、そっと降りていくと、ローガン達の声が聞こえてくる。
なにやら揉めているようだ。部屋に飛び込むのを我慢して聞く。
なぜなら、古代装置が部屋の中にないのだ。あれば私にはわかる。
髪の毛一本引っ張られるような、不快な感覚があるから。
今日は絶対に現物を押さえなくてはいけないのだ。
「だから無理だったんですよ」
「何をいう! まだまだ足りないんだぞ!」
ローガンの怒鳴り声だ。
「だってまだ、受注した半分も出来てないのに」
泣きそうな声の貴族に、ローガンはイライラとつぶやく。
「……なんでこんなに出来上がるのに時間がかかってるんだ?
最初のころは一時間もすりゃ出来ていたのに。
どんどん遅くなって、今じゃ7時間経ってもまだじゃないか」
どうやって作っているのかわからないが、
とにかく予想以上に時間がかかり、納品に間に合わないらしい。
「よし、一度引き上げてみるぞ!」
しびれを切らしたらしいローガンが叫ぶ。
どこからか、ガラガラガラ……という音が近づいてくる。
それとともに、ぞくぞくするようなあの感覚が私を襲い、強まってくる。
間違いない!古代兵器だ!
ガラガラ音が完全に停止したところで、クルティラがドアを蹴破る。
リベリアは一瞬で防護バリアを張り、
私は部屋に飛び込んで叫んだ。
「国王命令により、この作業所を捜査します!」
「お前はっ!メイナ技能士のっ!」
「えっ? 産業医さん?」
「あっー!宝石箱の依頼主!」
思ったよりも広く、奥に向かって細長い部屋だった。
そして最も奥に吊るされている、黒くて四角い箱を見つける。
いろんな叫び声を聞きつつ、私は箱に走り寄る。
その時、ローガンが何かを叫んだ。
後で知ったが、手に持っていたスイッチを押したらしい。
箱にたどり着き、それを見上げていた私は気付くのが遅れた。
その真下が落とし穴になっていて、
箱はさっき、そこから引き上げられてきたということに。
床が開くと同時に、緩められたロープとともに箱が落ちてくる。
それよりちょっと先に、私は奈落の底に落ちて行く。
遠くにリベリアの声が聞こえる。
「捕獲されたイノシシの気持ちになってお待ちくださいねー」
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「リベリアめ。誰がイノシシだ」
私は箱を抱え、よろけつつも立ち上がる。
体の周囲はリベリアのバリアが張られているので
熱も毒もトゲなども通しはしない。もちろん無事だが、
着地の仕方が悪かったのか、足をくじいたようだった。
だいぶ深く落ちたみたい。ここは真っ暗で何も見えない。
「失敗したな。古代装置がやっと見つかったからって……」
メイナで明かりを灯そうとして気が付く。
ここにはほとんどメイナがないのだ。
普通、自然の真ん中、とくに山の地中深くなんて、
水や土に溶け込んだメイナで溢れているのに。
「なるほど、そういうことか」
古代装置を使ってオパールを作るには、
原料となる石英の”地の気”と”水の気”を操作するために
かなり多量のメイナが必要になるだろう。
ローガン達はこの箱に石英を入れ、この地中に落とすことで、
メイナを大量に吸収させていたのだ。
しかし多量に生産したことで、このあたりのメイナを
どんどん消費し、使い尽くしてしまったのだろう。
だから何時間経っても出来上がらなくなってしまったのだ。
私はメイナを”無限に生み出す者なので、
自力で灯りを作り出すことにする。
ほわっと明るさが周囲に広がり、やっと周りが見えてきた。
その光景に、私はあぜんとしてしまい、
上から聞こえてくるクルティラの声に返事が出来ずにいた。
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降ろされたロープで引き上げられると、
そこにはグルグルに縄を巻かれたローガン達がいた。
リベリアがすでに伝達したらしく、
あらかじめ待機してもらっていたデセルタ国兵と皇国兵が
ぞろぞろと部屋に入ってきている。
私の足を癒しながらリベリアが言う。
「”餌吊り方式”で人間が捕獲されるのを初めてみましたわ」
「いやー、ごめんなさい。つい嬉しくて」
私は古代装置を撫でる。無事に入手することができたのだ。
これでもう、ローガン達はこれ以上悪事を重ねることはできない。
ただ、いくつか問題がある。
さっき見た光景と、これをローガンに与えた者がどこにいるのかだ。
私の気持ちはふたたび引き締まる。
まだだ、まだ終わっていない。
こんなしょうもないミスをする私が”破滅の道化師”と戦えるのだろうか。
不安の波が押し寄せてくる。
その時、海が割れるように、部屋を満たしていた兵たちが二つに分かれた。
そして静まり返って入り口を見ている。
……この気配は!
その人は、先ほどクルティラの蹴破ったドアを通り、ゆっくり歩いてくる。
すらっと高く、姿勢の良い体躯。オレンジの髪と明るい茶色の目。
深紅をベースに、金の縁取りをされた制服に、胸には数々の勲章と将星の証。
腰にはフォルティアス家に代々受け継がれてきた名剣マルミアドイズ。
”皇国の守護神”と呼ばれる三大剣士のうちの一人だ。
「怪我をしたのか? アスティレア」
ひざを落とし私に問いかける。久しぶりに見るルークスに思わず飛びつく。
彼もぎゅっと抱き返してくれる。
この世にこれ以上安全な場所があるだろうか。
後ろで兵たちのささやき声が聞こえてくる。
「皇国の若き将軍だぞ。ルークス・フォルティアス様だ」
「ああ! あれがマルミアドイズ! 実物がみられるとは!」
「……どうしてこちらに?」
そうだ、確かに。私は身を離して彼を見た。
彼はうなずいて、ローガン達の方を振り返る。
引き上げられてから見たローガン達は、ふてくされるもの、
半泣きのもの、放心状態のものばかりだった。
でも”皇国の守護神”が現れてからは、
全員ががばっと身を起こし、
抱きすくめられる私を驚愕の表情で見守っていた。
ルークスは振り返り兵たちに答える。
「今回の任務、皇国の予想よりも手ごわい者が相手だと分かった。
だから俺が来た」
そう言って私を抱えて立ち上がる。
「あの、担架をお持ちします」
と慌てる兵に向かってルークスは優しく言う。
「アスティレアは俺の婚約者だ。
到着が間に合わず、怪我をさせてしまったことを悔いている。
せめて搬送させてもらいたい」
その言葉に一番驚いたのはローガンだ。
「なんだと、そんなことが……。
なんで将軍の婚約者が、こんなとこで働いてんだよ!
”皇国の人間はみな、中央で偉そうにしているだけ”って聞いてたのに」
私ははっと気が付き、ルークスの肩越しにローガンに尋ねる。
「それを言ったのは、この装置をあなたに渡した道化師ね?」
ローガンはビックリして顔を上げる。
「なぜ、それを?」
その時、罪人を連れていく担当が呼びかけ、ローガン達を引っ張っていく
私たちは城で、彼がどうやってこれを入手したのか聞くことにしよう。
ついに、核心へと近づいたのだ。




