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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~

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5-29 ベルタ嬢2通目の手紙(2)

 5-29 ベルタ嬢2通目の手紙(2)


 ベルタさんの2通目は、私たちを驚かせ、(あせ)らせ、

 怒り狂わせ、安堵させ……息をつくヒマもなく展開していく。


「それにしてもアイツら!」

 私は主導者たちに激しく怒っていた。

 女性に対し最も屈辱的な方法で黙らせようとするなんて。


 ルドルフはあのくだりに差し掛かった時点で激昂し、

 すぐに主導者たちを殺しに行こうとして

「犯人が死ぬと、被疑者死亡で不起訴処分になるわよ!」

 と、クルティラに腕を抑えられていた。


 リベリアは水をひとくち飲んだ後、

 寂し気につぶやく。

「これは、もう、二年も前のお手紙ですのね。

 ……会ったこともない方ですが、愛おしい。

 私にも、ルドルフ様のお気持ちがわかりますわ」

 そういって、続きを読み始めた。


 ************


 ”紅玉姫”ヴァレリア。

 そう、この城の王”黒獅子王アレクサンド”の愛妃の名です。


 私は肖像画を見つめました。

 その絵は大きく切り裂かれ、古び、汚れていましたが、

 絵の中の彼女は、私の理想そのものでした。


 華やかな美貌、光り輝くような気品。

 そして何より、憧れの赤毛なのです!

 私の愛する、あのグリーンゲイブルスの少女と同じ赤毛。


 私は少しずつ肖像画に近づきました。

 すると、足元になにかぶつかったのです。

 下を見ると、たくさんの白い小石に紛れ、

 小さな物が散らかっていました。


「あら? 宝飾品……かしら?」

 チェーンが千切れたペンダントや、湾曲した指輪が

 泥やほこりにまみれて散乱していたのです。


 そしてその中に、ひときわ大きな指輪を見つけました。

「……これって」

 私は部屋を見渡し、壊れた窓枠の溝に

 雨水が溜まっているのをみつけました。

 そしてその水を手布に含ませ、

 指輪の泥をせっせと落とし、出来る限り磨き上げました。


 すると大きなエメラルドの周りに

 たくさんの小さなルビーが付いた指輪が現れたのです。


 これは、まさしく。

 黒獅子王アレクサンドが、

 愛妃ヴァレリアに贈った指輪ではありませんか!


 私は宝の発見にワクワクして、

 背後に立ったマリーに、指輪をかざして叫びました。

「アレクサンド王 あげる ヴァレリア姫!」

 カタコトのラティナ語で伝えると、

 なぜかマリーは不安そうな顔でうなずきました。


 私は指輪を観察しました。

 大きくて美しいエメラルドの周りに

 真っ赤なルビーの粒が何重にも取り囲んでいるのです。


 豪奢で立派な指輪です。

 しかし、なにゆえ緑と赤の反対色同士を合わせたの?

 とは思いましたが、肖像画を見て納得しました。


 ヴァレリア王妃の、長いまつげに縁どられたグリーンの瞳。

 そして女神の美貌を包み込む、長く赤い髪。

 この指輪は、彼女そのものでした。


 私は、切り裂かれた王妃の肖像画の前に

 畳んだ手布を敷き、その指輪を置きました。

「これは、この人のものだわ」

 私は彼女に、祈りを捧げました。


 そして数歩さがって、もう一度、

 後ろに立つマリーを振り返ると、

 先ほどの不安な表情は吹き飛び、

 感激したような笑顔で、何度もうなずいてくれました。


 ん? もしかして、わたしがこの指輪を

 自分のものにしてしまうと思ってたのかしら。

「まあ、マリー、私にとって

 これ以上の宝は無いのよ」

 ルドルフ様から頂いたブックマーカーを見せた瞬間。


 背後で何か気配がしたので振り返りました。

 でも、何もいません。

 気のせいかな? と思い、肖像画を見つめると。

 絵の中のヴァレリア王妃と目が合ったような気がしました。


 いえ、それは気のせいではなかったのです。

 ゆっくり、頭部から浮き上がり、

 私の目の前へと、絵画からせり出てきたのです。


 マリーと同様、少し透けた状態ではありましたが、

 目の前に”紅玉姫”ヴァレリアが立っていました。

 しかしその姿は、絵画とは異なり、

 ライオネルと同様に心臓を突かれ、

 首に縄を巻かれていたのです。


 私は両手で口を当て、悲鳴を抑えました。

 耐えられそうになかったのです。

 だって。


「ダメですわ! 縄が邪魔です!

 この美しい髪ごと縛っているじゃないですか!」

 この流れ落ちる赤いルビーの川は、

 ひとまとめにするよりも、

 なめらかに広がるほうが美しいに決まっています。


 過去とはいえ、彼女は一国の王妃です。

 不敬とは思いましたが、

 私はカーテシーで挨拶した後、ラティナ語で

「縄、取る、許可、欲しい」

 と言い、背伸びをして、彼女の首から縄を外しました。

 王妃は軽く髪をかきあげ、髪を整えました。

 その所作の美しい事といったら。


 私は数歩下がってもう一度、礼をし。

 彼女を眺めました。うん、これで良し。


 ヴァレリア王妃は、手をゆっくりと上にかかげました。

 その指にはあの指輪が飾られていました。

 そして、その美しい頬には一筋の涙を流れ、

 真っ赤な唇が動き、ひとこと言ったのです。


 背後でマリーが通訳してくれました。

 ラティナ語で、”感謝(ありがとう)、と。


 その時、背後からライオネルが走り寄り、

 何か叫んた後、王妃に飛びつきました。

 王妃はかがみ込み、優しく彼を抱きしめています。


 私は背後を振り返ると、

 そこにはマリーとフィデル様が立っていました。

 二人とも静かに涙を流しています。


 私は思いました。たしかあの本は、

 ”王子ライオネルが生まれ、幸せに暮らしている”

 で終わっていたのです。


 あの後いったい、この城で何が起きたというのでしょう。


 私は尋ねました。

「ここで、何、あった?」

 幽霊さんたちは、苦悩の表情で動かなくなりました。

 しかし、マリーがふと窓の外を見て、目を見開きます。

 私も同様に焦りました。

 もう、日が陰り始めていたからです。


「どうしましょう。あの部屋に戻らなくては」

 でも、もしかすると主導者たちはまだ残っているかもしれません。

 するとヴァレリア王妃はすぅっと移動し、

 私を王妃の間にある鏡のところへ招きました。


 この鏡はすっかり泥に覆われ、何も映さなくなっていました。

 そして手布を指し、磨くようにジェスチャーしたのです。

 私は言われるがまま、せっせと磨きました。


 次に、私のかばんに差したブックマーカーを示し、

 鏡の上部の、宝石が欠け落ちた穴に差しこむように示しました。

 ブックマーカーは途中まで差し込まれ、

 その先でブルーカルセドニーで出来た花の飾りが揺れています。


 すると徐々に、鏡面から光があふれてきました。

 清々(すがすが)しくも暖かい光が、そこから流れ出してくるようでした。


 それを見て、マリーが安心したように胸をなでおろして。

 そして私に笑顔を向け、ラティナ語で言いました。

「ここ、安心」


 ************


「なるほど、魔除けの鏡をここにも作ったのですね」

 リベリアが感心したように言う。


 ルドルフは戸惑ったように尋ねる。

「ブックマーカーでか?

 あれは、俺が送ったものだぞ?

 別にそのような……」

「ブルーカルセドニーがついていたから、ですわ。

 あの石は魔除けになりますし

 想いがこもっていたら尚更ですわ」


 ルドルフは苦笑いしながら頭に手をやる。

「想いと言うか、あれは……

 彼女が手紙でぼやいていたんだ。

 ”新刊が出た! と思って購入したら

 すでに持っている本だった。

 持っている本かどうか、すぐ忘れてしまう”って」


 リベリアが吹き出す。

「ええ、本読みの”あるある”ですわね」

「だから、あれを送ったんだよ。

 ”忘れな草”の花の飾りが付いたブックマーカーを。

 ”購入した本を忘れないように”、その意味合いだったんだ。

 あれが、その、ブルーなんとかだという石だとは知らなかった」


 忘れな草を模した飾りが、偶然にも、

 魔除けの効果を持つブルーカルセドニーだったのか。


 リベリアは手紙に目を落としてつぶやく。

「花の形状は、その意味合いで選ばれたとしても。

 でも、あなたは無意識のうちに

 彼女を守りたい気持ちで一杯だったのです」


 ************


 私は安心し、ふう、と息を着きました。

 しかし完全に夜になる前に、

 廊下へと走り出て、たくさんのプラムを収穫してきました。

 その様子は、山猿のようだったかもしれません。


 心配そうにドアの入り口で見ていたマリーが手招きしています。

 私は王妃の間に駆け込むと、ドアをしっかり閉めました。

 人間も、魔物も、入ることが出来ないように。


 振り返ると、フェデル様がテーブルの前の椅子を引き、

 手のひらを上にして私に指し示しました。

 私はお礼を言って座り、テーブルの上にプラムを置きました。


 ライオネルが可愛い瞳でプラムを見ているので、

 私はひとつ、彼の手に置くと、

 彼は異国の言葉でお礼を言い、

 嬉しそうにかじりついていました。

 プラムの形状に変化はみられませんが、

 確実に彼はプラムの果肉を食していました。


 私は涙が出そうでした。

 お供えに意味はあったのですね。

 そして人は死んでも食事を取ることができると知り、

 安堵と希望を見出したのです。

 もし死んだら、

 皇国の有名なスイーツのお店に飛んでいこうかな、なんて。


 冗談はともかく、私はプラムを他の皆さんに配りました。

 王妃様にはナイフでカットしたほうが……と思いきや

 聖母のような笑みを浮かべ、プラムに口をつけていました。

 ああ、あのプラムになりたい。

 そう思うような優美さでした。

 1個を3,4かじりで食べきってしまう私とは大違いです。


 そして、ルドルフ様に手紙を書くことにしたのです。

 この冒険の細部まで忘れないうちに。

 だから今、廊下にあふれる魔物の叫び声を聞き、

 フェデル様(結局ずっと目は閉じたままです)とマリーが語り合う姿、

 王妃に甘えるように寄り添う王子の姿を見ながら

 このお手紙を書いているのです。


 そして書くうちに、もっと詳しくお話したい!

 と願う自分に気が付きました。


 私、ここを出たら必ず、

 あなたに会いに行こうと思います。

 今度こそ、皇国に行きます。


 ************


「ベルタさん……」

 私は胸がいっぱいになって目を閉じる。

 あれだけルドルフと直接会うことを恐れていたのに、

 いろいろな体験をし、死の危険にまで遭遇し、

 自分の真の願いに気付いたのだろう。


 しかし、その願いは果たされることなく(つい)えたのだ。

 見ればルドルフも拳を固く握りしめ、うなだれている。


「……あら? もう一枚ありますわ」

 リベリアが、一番最後に添えられた紙を見て言う。

「それだけ、別に書かれたものね。紙の質が違うわ」

 クルティラの言葉に、リベリアが不安そうにうなずく。

「ええ。しかも、筆跡が乱れていますわ。

 たしかにベルタさんが書いたものですが、

 とても焦っているか、感情が高まっていたようです」


「なんて、書いてあるんだ?」

 ルドルフが心配そうに、リベリアに詰め寄る。


 リベリアは眉を寄せたまま読み始めた。


 ************


 ルドルフ様。

 私は、ここで何が起こったのかを知りました。


 ヴァレリア王妃やフェデル様から

 カタコトのラティナ語で聞き出したのではなく。

 ()()()が、それを()()()()()()のです。


 ライオネルに呼ばれ、鏡の前に行くと、

 そこには最初、私が映っていました。

 走り回ってくたびれた、地味で不細工な娘が。

 しかしそれが少しずつボヤケると、

 全く別のものが映ったのです。


 それは癖のある長い黒髪をなびかせ、銀色の鎧に身を包み、

 大剣を天にかざす壮麗な美丈夫の姿でした。

 ”黒獅子王アレクサンド”。


 横に立つヴァレリア王妃のほうを見ると

 彼女は両目から涙をあふれさせ、

 愛しげに夫の名をつぶやいていました。


 私が鏡に視線を戻すと、そこには遙か遠方から

 敵の大群が押し寄せてくるのが見えました。


 そうです。この鏡は、ここで何が起こったのか、

 私に見せてくれたのでした。

 そして私はこの城で起こった悲劇、

 いえ、惨劇を知ったのです。


 なんという、残酷で、卑劣で、むごいことを。

 こんなに誰かを憎いと思ったのは生まれて初めてでした。

 いま私にあるのは、悲しみだけではなく激しい怒りです。

 こんなことが許されて良いわけありません!


 マリーたちには”地下には絶対に行くな”と言われたけれど

 私に出来ることはないか、探してみようと思います。


 ************


 乱れた字で、長い長い追伸を付け足したベルタさん。


 私たち4人は考え込んだ。

 何か怪異を目の前にしても、

 相手を想う気持ちを忘れない優しい彼女が、

 こんなにも(いきどお)り、憎むとは。


 それは誰に対してなのか。

 その者は何をしたのか。

 もしかして、”ドレスを着た魔物”のことなのか?


 私は顔を上げ、他の三人に言う。

「あの城について、出来る限り調べましょう」

 全員がうなずく。


 なぜならそれは、エルロムたちの悪事や

 古代装置にも、必ず関わっている予感がしたからだ。


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