第十一話「お山の恋の物語」
ほたか先輩の家の前のインターホンを鳴らすと、先輩のお母さんらしき人の声に出迎えられた。
「あの……。登山部の後輩の空木ましろと申します」
『あら~、こんにちは! あなたが登山部のお友達? ほたかがよく話をしてるのよ~』
『ママ! 恥ずかしいからやめてよぉっ!』
そんなやり取りがインターホン越しに聞こえてくる。
先輩はお母さんのことを「ママ」って呼んでいるんだなと、そんな些細なことがわかるだけで先輩がなんだか身近に思えてくるようだった。
バタバタと走る音が近づいてきたかと思うと、勢いよく玄関が開き、私服姿のほたか先輩が現れた。
真っ白のワンピース。
半そでとふんわりと広がるスカートが可愛いくて、先輩にとても似合っている。
セーラー服のような四角い襟と黄色いリボンがポイントで、先輩の周りだけ一足先に夏が来たような爽やかさに感じられた。
私が見惚れて立ち止まっていると、先輩は私の手を引いて家の中に迎え入れる。
「ましろちゃん。お姉さんのお部屋に行こっ!」
突然握られた手に、私はなんだかトキめいてしまった。
△ ▲ △ ▲ △
ほたか先輩のお部屋は黄色い小物と山の写真であふれていた。
想像通りというか……先輩はやっぱり期待を裏切らない。
ヒマワリが好きだから黄色い小物を選んでいるんだろう。
山の写真はポスターのようで、特に岩肌が露出した険しい山の写真が多かった。
「ほたか先輩って、本当にお山が好きなんですね……」
先輩に案内されて部屋の真ん中に座ると、特に大きなポスターが目に飛び込んでくる。
その圧倒的なスケールの岩山の絶景は、確かに心を揺さぶられるものがある。
女子高生に岩山は縁がないと思い込んでたけど、大自然に対する感動の気持ちは男女も年齢も関係ないかもしれない。
ほたか先輩の気持ちに近づけたような気がして、少しうれしくもなった。
「こういう大きな山って、いつまでも変わらずに存在し続ける気がしてきますね……。街の近くの山ならいざ知らず、この写真のような山は切り崩されることなく、何百年もそのままの姿でありそうです……」
その言葉に反応し、ほたか先輩の目がみるみる輝きだした。
「そうなんだよぉ! さすがはましろちゃん。そこまで分かってくれるなんて、お姉さんはうれしいなっ」
興奮気味の先輩は、立ち上がって写真を指さす。
「見て! このあたりとか、割れた腹筋みたいでかっこいいでしょ! この岩なんて、力こぶって感じがする。それとね、……これは千景ちゃんに探してもらった本なんだけど、この写真のお山なんて、おっぱいみたいな形なんだよ~」
そう言って本棚から取り出されたのは、何度か見たことのある『おっぱい山特集』の雑誌だった。
この本は千景さんの趣味ではなく、ほたか先輩の趣味だったようだ。
ぐいぐいと目の前に迫ってくる『おっぱい』の文字に恥ずかしくなって、私は悲鳴を上げる。
「あぅぅ……。照れますから、先輩の口からおっぱいなんて言葉、出さないでくださいよ~」
「あっ、ごめん! 山のことになるとついつい夢中になっちゃって……」
「で……でも、そのイメージ力が先輩のすごさの源なのかもしれませんね」
すると、ほたか先輩は嬉しそうに照れはじめた。
「えへへ……。じゃあ、大会の勉強をはじめよっか~」
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ほたか先輩による山の勉強会はとても楽しいものだった。
なんというか、オタク的思考を持つ私に向いている覚え方なのだ。
「なるほど……。山を擬人化して考えると、確かに覚えやすくなりますね。標高だってただの数字じゃなくて、キャラの身長だと思うと愛着が出てきます」
「さすがはましろちゃん! 飲み込みが早いよ~」
「いやぁ……。きっと三瓶山が覚えやすいだけですよ。いくつもある山頂の名前が『男三瓶、女三瓶、子三瓶、孫三瓶』ですもん。これは家族擬人化妄想をしてくれというメッセージにしか思えません!」
次の県大会の会場になっている『三瓶山』は、その昔の大噴火によって中央部分が吹き飛んだ溶岩ドームの塊らしく、中央のくぼ地には火口湖が存在している。
火口湖をドーナツ状に取り囲む主要な四つの山頂には「家族ですよ」と言わんばかりの名前が付けられていた。
「それにしても、姫逃池の伝説って悲しすぎますね……」
三瓶山の北のふもとにある池の名前に「姫」と書いてあったので気になっていたが、まさかの悲恋の伝説が隠されていたことを知り、なんだか悲しい気持ちになってしまった。
その昔、この地に恋仲だった姫と若者がいたのだけど、山賊に求婚を迫られた姫を助けようとして、若者は山賊と戦ったらしい。
しかし若者は山賊に討たれて死に、姫は若者の後を追って、この池に入水自殺をはかったという伝説だった。
山賊から逃げた姫が身を投げた池だから「姫逃池」となったという。
「私が若者だったら、山賊をやっつけて姫を救いますよ! 池の名前だって『姫恋池』にしてやるんです!」
そう叫んだところで、私は冷静になった。
私が若者役になって姫を助けてしまうと、それは百合な物語になってしまう。
この場合の姫役は誰なのだろう……。
そんな変な妄想が広がってしまって、私は必死に頭を振った。
なんか最近、なにかと部活のみんなの顔がちらつくようになっているので、なんだか恥ずかしくなってしまう。
「ましろちゃん、なんか盛り上がってるねっ。こういうお話は好きなの?」
「あ……はい。なんというか、キャラの関係性が感じられると興味が出ちゃいますね……」
私はなんとか平静をとりつくろう。
そんな私を少しも変な目でみることなく、ほたか先輩はやさしそうに微笑んでいた。
「じゃあ、この石の写真もよく覚えておくといいよ~。『姫逃石』っていうの」
ほたか先輩が示した写真には、高さ一メートル以上もある大きな石が写っていた。
石は真ん中できれいに真っ二つに割れている。
「この石はね、若者が山賊を斬りつけた時に二つに切れたという言い伝えがあるの。この石には占いの力があってね、石の隙間に小枝を落として、途中で引っかかって落ちなかったら恋が成就する『縁結びの石』と言われてるんだって」
「へぇぇ……。恋占いの『縁結びの石』ですか……」
二つに割れた石の間に小枝が引っかかる。
それは別れた二人を、小枝が橋渡しするようにつなげてくれるということなのだろう。
この山域はロマンチックな土地なのだろうか。
妄想を膨らませると、なんだか照れくさくなってしまった。
すると、ほたか先輩が私の目をのぞき込むように聞いてきた。
「ましろちゃんは恋占いって、興味ある?」
先輩の眼はなんだか真剣だった。




