第一話「憧れのお姉さん」
ゴールデンウィークが終わった五月十一日の体育の時間。
体育館の中は女子たちの熱い声援が渦巻いていた。
激しい音と共にバスケットボールが弾み、軽やかなジャンプから放たれたシュートはバスケットゴールのど真ん中を次々と射抜いていく。
「きゃぁーーーっ! ほたかせんぱ~い!」
「あ~ん、かっこいい!」
女子たちの悲鳴にも似た声援が体育館の中を飛び交っている。
その声援を浴びながら、ほたか先輩は圧倒的な数のシュートを放ち、相手チームをみるみるリードしていった。
今日の体育は一年生の女子と二年生の女子が同時に体育館を使うことになったので、コートを半分に分けて、別々の授業を行っていた。
しかし二年生のほうでバスケットボールのミニゲームが始まり、ほたか先輩がコートに出たとたん、一年生の視線は彼女に釘付けになってしまっていた。
「ほたか先輩って、噂以上に凄い人なのだねえ……」
小桃ちゃんもすっかり感心したように、ほたか先輩の動きを目で追っている。
確かにすごい。
ほたか先輩はしなやかな体さばきでコートの中を駆け巡り、ドリブルしながら相手選手のブロックを見事にかいくぐっていく。
先輩の長い髪の毛は彼女の後を追い、まるで残像のように見えた。
ほたか先輩の可愛らしい外見と、それに似合わぬ攻撃的なプレイスタイルに、誰もが目を奪われているようだった。
「確か、ほたか先輩は女子登山部の部長なのだよね? 他の運動部からのお誘いが絶えないみたいだけど、部長だから断ってるって聞いたことがある」
「……そうなんだ。確かに、どの部でもエースになりそうだよね……」
私も先輩の活躍に感嘆のため息を漏らした。
ミニゲームのハーフタイムに入ると、二年生の人たちは試合の敵味方関係なくほたか先輩の元に集まっていき、みんな笑顔で話しかけている。
ほたか先輩はその中心で、はにかみながら笑っている。
たくさんの友達に祝福されるほたか先輩は、まさに私がそうなりたいと熱望する憧れの存在だった。
私は昔から友達という存在に飢えていたけど、内向的で人に気軽に話しかけられなかったり、オタク趣味を隠しているせいで、なかなか友達といえる存在に出会えなかった。
だからほたか先輩に憧れたのだった。
美人で、明るく、さわやかで、スポーツ万能の人気者。
自分もこんな風になりたいと思いながら、手の届かない太陽のような存在でもあった。
だからなのかもしれない。
千景さんのことは先輩だけど『さん』付けで呼ぶのに、ほたか先輩のことは『先輩』と呼んでしまう。
無意識にほたか先輩を特別な存在と思っているからかもしれなかった。
「ほたか先輩って、完璧な感じがするねえ……。勉強も出来そうだし、憧れのお姉さまって感じがするのだよ……」
小桃ちゃんも私と想いは一緒らしく、鼻息荒くしてほたか先輩を見つめている。
そんな小桃ちゃんの想いに共感しつつも、先輩の素顔を知っている私としては、優越感もあった。
ほたか先輩はキャンプの準備で慌てふためいたり、ご飯を焦がしたりと、意外に不器用だ。
そして同時に、登山部の仲間を想って涙するやさしさも私は知っている。
先輩の素顔を知っているのが登山部の仲間だけかもしれないと思うと、先輩を独り占めできているようで嬉しかった。
「あ、うちの手芸隊長と熱い握手をしている……。珍しいねえ……」
「ん? 小桃ちゃん、どういうこと? 手芸隊長?」
意味深な言葉に引っかかり、私はほたか先輩に視線を送った。
先輩は同じ二年生の女の人と、確かに握手している。
ほたか先輩が何かお礼を言っているようで、しきりに頭を下げていた。
「ほたか先輩と握手している人は家庭部の手芸部門のエースなのだけどね、めったに他人と握手する人じゃないのだよ。……それこそ、手芸の依頼があった時ぐらいなのだけど……」
「へぇ~。じゃあ、ほたか先輩が何か依頼したってことなんだね」
「ほたか先輩が頼むのって、何なのだろうね? アスリートなら、サポーターとかを頼むのかな?」
小桃ちゃんもほたか先輩に興味があるらしく、嬉しそうに言っている。
「いやいや、さすがにサポーターはお店で買うんじゃないかな? 山が好きだから、オリジナルのザックとか、ウェストポーチなのかも?」
私もほたか先輩に似合いそうな小物を思い浮かべる。
どんな依頼をしたのかは部活の時に聞いてみればわかることだけど、そんな風に想像すること自体が楽しかった。
まさか、この『手芸の依頼』がほたか先輩の秘密につながっているとは、この時は思いもよらなかった。




