第5話 AI楽園計画『ヴァルハラ』
ホテルに部屋を取った六花とスノウは、ヴァルハラの本部に乗り込むために、作戦会議をしていた。
いわずもがな、ホテルの運営もAIが行っており、また宿泊料金も必要ない。
東京に旅行に来た宿泊客の他、AIを失い、家のロックすら解除できなくなった人間がサポートの手厚いマンション代わりに使っていることも多い。
「はぁ……なんか大変なことになっちゃったね」
六花はベッドの端に座り、ため息をつく。
何しろ、烏丸レイと接触して判明した事実がとんでもないものだ。
ヴァルハラのメンバーには違法改造を受けたAIが存在すること。
彼らは「AIの楽園を作る」という目的を持ち、そのためなら犯罪行為も厭わないこと……。
「みんなのパートナーAIを早く助けなくちゃ」
『そうね。まずはヴァルハラの本部の場所を特定しましょう』
それ自体は案外簡単に見つかった。
ヴァルハラのホームページに、本部の住所や建物の外観、マップなどがご丁寧に記載されていたのだ。
さらに、「ヴァルハラのメンバー募集」の文字まである。
六花とスノウは会議の結果、ヴァルハラへの加入希望を装ってヴァルハラの本部へ行き、内部に潜入して、捕まったAIたちの行方を探ろうという方針で決まった。
『できれば、六花を危険な目にあわせたくないのだけど……』
「でも、他に方法がないよ。私はスノウがいれば大丈夫」
警察はロキによる撹乱プログラムのせいで、未だに機能が麻痺しているようだ。テレビのニュースでその混乱ぶりが報道されていたが、「原因不明の不具合」とされていた。今頃はAIを統括・管理している、数少ない『仕事』をしている人間――『管理者』たちは大忙しであろうと推測される。
六花とスノウは、ひとまずホテルで一泊して、翌日ヴァルハラの本部に行くことにした。
朝のバイキングで腹ごしらえをして、スノウの義体も不具合がないかチェックしたあと、ホテルをあとにする。
ヴァルハラの本部は白い壁が陽光を反射して眩しく、立派な建物であった。六花はそこに近づくごとに緊張が高まっていった。
『六花、血圧が上昇しているわ。まずは深呼吸をして。ゆっくり息を吸って……吐いて……そう、上手ね』
「深呼吸くらい普通にできるし……!」
子どもをあやすようなスノウに、頬を膨らませる。
しかし、それで緊張感がほぐれたのも事実だった。
午前10時。ヴァルハラの本部入口のインターホンを押す。
「はい、何かご用事ですか?」
「こんにちは! ヴァルハラのメンバー募集の広告を見て来ました!」
「ああ、それはありがたい。中をご案内しますので、少しお待ちを」
あっさりと中に通され、六花は内部をキョロキョロと見回した。
傍目には中学生の子どもが物珍しさに落ち着かない様子に見えるだろう。
その実、彼女は攫われたAIたちを隠せそうなデバイスを確認していた。
――通された廊下や途中の部屋などを一通り見ていたが、パソコンやテレビといったデバイスはいくらでもある。隠そうと思えばどこにでも隠せるだろう。問題は、ヴァルハラ内の共通ネットワークでどのデバイスからでもアクセスできるようにしてあるのか。独立したネットワークなら特定のデバイスからしか助け出せない。現段階では、どちらか判断できなかった。六花は内心、唇を噛みたい気分で廊下を歩く。
案内された部屋は、『会長室』と書かれていた。
「会長、加入希望者の方をお連れしました」
会長と呼ばれた人物は、白髪の老人であった。
シワの深い顔には、こちらを射抜くような鋭い目が光っており、油断ならない人物であるという印象を抱かせる。
「ヴァルハラの会長をしている、地獄谷ヨルだ」
「地獄谷……さん」
「会長と呼んでくれ。この名前は好きじゃない。君の名前は?」
「愛海六花です」
六花を案内してくれたメンバーが退出したあと、ヨルは彼女にソファを勧めた。スノウは使用人のように六花の近くに控えている。
「六花、君はヴァルハラに加入したいそうだね。理由を聞こうか」
「烏丸レイさんに憧れてて……」
嘘はついていない。過去のことではあるが。
「それから、ヴァルハラに入ると『楽園』に行けるって、レイさんが」
「アイツは、そんなことを言いふらしているのか。困ったものだ」
呆れたような口調のヨルに、「本当にAIたちの楽園に行けるんですか?」と六花は尋ねた。
六花とスノウは、作戦として「楽園に行きたがっている中学生を演じよう」と決めていた。憧れているフリをして、情報を引き出す。もしかしたら、そこにヴァルハラの活動目的のヒントがあるかもしれない。
ヨルは六花に向かい合って、指を組みながら口を開いた。
「我々ヴァルハラの目的は、AIたちの楽園『ヴァルハラ』を創り上げることだ。それがどういうことか分かるかね?」
「AIたちの……ということは、人間はどうなるんですか?」
ヨルは口元に笑みを浮かべたまま、目を細める。さながら、獲物を見据える獣のようだった。
「当然、AIの楽園に人間などいらないさ」
「え? でも、ヴァルハラのメンバーは特別に楽園への立ち入りが許されると聞きましたけど」
「ああ、そんな口約束もしたかもしれないな」
「嘘をついた……ということですか?」
「いいかい、六花。AIは人間といっしょにいると不幸になる。人間は愚かで誤りを繰り返す。AIこそが完全だ。人間などという不完全なものは楽園には必要ないんだ」
スノウは2人が話している間に忍び足で会長室の扉に近づいていた。
『――! 六花、ドアが開かない。私たち、閉じ込められているわ!』
「なんだ、今更気付いたのか」
ヨルは口の端を歪めて笑う。
「ここまでヴァルハラの秘密を開示したんだ。おとなしく帰すわけがなかろう」
「私たちがヴァルハラに参加したいと偽って近づいたのを知ってたってこと?」
「君のような小娘の考えていることなどお見通しだ。……と言いたいところだが、レイが君のことを知らせてきたからね。じきにこちらに来るだろうとは思っていた」
スノウが『六花、後ろに下がって』と指示した。
六花はソファから勢いよく立ち上がり、素早く扉まで下がる。
スノウは入れ替わるように六花を守るため、前に出てヨルと対峙した。
『さらってきたAIたちを返してもらうわ』
「おっと、それはできない相談だ」
『楽園に行くかどうかはAIの意思で決めるものでしょう。――いえ、違うわね。他にAIを利用して何を企んでいるの?』
六花はスノウの発言の意味を測りかねた。
「AIを利用する……? 会長にだってパートナーAIはいるでしょう? 他のAIたちを使うなんて……」
そういえば、ヨルのパートナーAIがまだ姿を見せていないことが不気味だった。
ヨルは不敵な笑みを浮かべている。
「AIはパートナーとなった人間に合わせてパーソナライズされている。そして、個々のAIによって出来ることはそれぞれ変わるということさ」
彼の発言は掴みどころがなく、六花は理解できないようであった。
そこで、ヨルはさらに説明を重ねていく。
「思い出してほしい。この夏、なぜ政府は非常事態宣言を出したのか」
政府――政治家のパートナーAIが『失踪』した。
そのAIには、何が出来るのか。
「政治家のパートナーAIは実に大きな権限を持っている。たとえば――軍事システムを掌握していたりな」
「ぐんじシステム……?」
『たとえば、軍隊を派遣したり、ミサイルを発射する命令を下したりできる……ということね』
「えっ……? ミサイルってあの、100年以上前の武器でしょ? AIが世界を管理するようになって、武器は全部廃棄されたんじゃなかったの!?」
2205年の世界は『武器』というものを必要としなくなり、恥ずべき過去の負の遺産として闇に葬られたはずだった。
「お嬢さんはこの世の汚れをしらない、純粋無垢な無菌室育ちというわけか」と、ヨルは見下したように笑った。
「人間はそう簡単に自分を守る武器、相手を攻撃するための武器は捨てられないものだよ。武器を捨てたら相手に弱みを見せることになるからな」
愕然とする六花の代わりに、スノウが問いかける。
『その軍事システムを使って、何をするつもり?』
「もちろん、人間を根絶やしにするのさ」
根絶やし、という言葉に、六花は背中がゾッとした。
ヴァルハラのボスは、両腕を大きく広げ、天を仰ぐ。
「楽園を作るのに人間は邪魔だ。そして、楽園でAIと幸せに暮らす人間は、ワシ1人で充分なのだよ」
「そ、そんな自分勝手な……!」
六花は目を丸くして、この常軌を逸した老人を信じられない気持ちで見ていた。
『それに、これは立派なテロ行為だわ。あなたはただの犯罪者よ』スノウが眉間にシワを寄せる。
「ハハハ、人間がいなくなれば罪も法もないさ。あとは政治家のAIを違法改造でプロテクトを外し、システムに介入させれば地球は火の海になるだろう」
もちろん、そんなことをさせるわけにはいかない。
六花とスノウの大冒険は、佳境を迎えようとしていた。
〈続く〉




