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あの夏、私たちは電子の海で君を見つけた  作者: 永久保セツナ


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第4話 守るための力

 5年前、西暦2200年。六花が9歳の時。

 六花は『ネットダイブ』と呼ばれる、パートナーAIをインターネットに送り込む練習をしていた。

 インターネットに接続されたAIは、電子の海を自由に泳ぎ回ることが出来る。そこから情報を得たり、電子データを拾い集めたり、コンピュータウイルスを駆除したりとAIの仕事は多岐にわたる。


「スノウ、お母さんのパソコンの調子が悪いって言ってた原因、見つかった?」


『どうやら、悪いウイルスの仕業ね。ファイアウォールが無効化されて、そこから虫が入ってきてる』


 スノウは「白い光の刃」の形をしたワクチンソフトを生成し、黒い霧の中に赤い目が光っているウイルスの駆除を始めた。ある程度駆除できたら、ファイアウォール――コンピュータを守るための壁だ――に空いた穴を修復して作業は完了するはずだった。

 問題は修復作業の途中で、背後に忍び寄るウイルスに気付かなかったことである。


「スノウ!」


 慌ててスノウをネットから切り離し、デバイスに戻した六花だったが、パートナーAIは虫の息であった。ウイルス感染による弱体化。AIとしての業務が遂行できず、二次感染を防ぐために、デバイスはネットから切断、隔離された。

 このままではAIとして役立たないばかりか、データが破損し、消滅も免れない。


「スノウ! 返事して! スノウ!」


 小学生の六花には何も分からず、ただ泣き叫ぶことしかできない。

 そんなときに、六花の父がスノウを改造したのであった。


 六花の父親は、仕事をしていない。というか、通常、2200年代の人類は仕事というものをAIに任せて、自分たちは趣味に没頭していた。

 彼の趣味はAIプログラミング、AIの研究である。それが高じて、AIに改造を加えることが可能になった。もちろん、合法の範囲内での改造である。

 すなわち、「人間に攻撃することはできない。ただし、正当防衛の範囲内、もしくは人間が害されそうになった時のみ、人間や自分を守るための攻撃は認められる」。そういうふうにスノウは改造された。


「スノウ、お前には『自己防衛プログラム』を搭載しておく。これは人間を守るために必要なら、自分の限界を超える力を発揮できるというものだ。六花になにかあったときはお前に任せる」


 六花の父としてはAIを改造できるチャンスを逃せなかったというだけの知的好奇心のためであったが、六花はそれ以来、父に敬意を抱いている。


 そして、話は2205年、烏丸レイとそのパートナーAIロキとの戦いに戻る。

 スノウはレイの首を腕で締め上げたまま、ロキと対峙していた。


『レイを離しやがれ!』


『あなたたちが誘拐したAIをどこに保管してるか教えてくれたら解放してあげる』


「ロキ、君だけでも自由に……!」


『バカ、レイを見捨てるくらいなら、消えたほうがマシだ!』


 人間とパートナーAIの友情。うーん、これ私たちが悪役に見えるな……と六花は気まずく思っている。

 とにかく、形勢は逆転した。AIたちを拉致していると思われるヴァルハラのメンバーを捕獲したのだ。

 そうしているうちにも、増援の警察AIは続々と集結していた。六花とスノウ、レイとロキを取り囲むように輪を作り、その円は少しずつ縮小している。サイレンが鳴り響き、周囲の人々が一斉にスマートデバイスを手に逃げ出した。


『あーッ、わかったよ! 集めたAIはヴァルハラの本部に全員いる! これでいいだろ!』


『その本部はどこにあるの?』


『そのくらい自分で探しやがれ! いいからさっさとレイを解放しろ!』


『――この男に道案内を頼んだほうが良さそうね?』


 スノウが腕を引き寄せると、レイの首に機械人形の硬い腕が押し当てられる。


『テメェ……!』


「す、スノウ……ちょっとやりすぎだよ……」


 殺気立つロキと、やや引き気味の六花。

 しかし、戦闘モードに移行しているスノウは普段のおしとやかさとは裏腹に、攻撃性が増しているのであった。


『あのね、六花。私は怒っているの。あなたをこうして腕で締め上げた男を許せると思う?』


「気持ちはわかるけどぉ~……あとは警察に任せたほうがよくない?」


 スノウと六花のやり取りを聞きながら、首を押さえられているレイはかすかに笑う。


「君たちは仲がいいんだな。ヴァルハラに入らないとは残念だ。楽園に入ることが許されたなら、幸せに生きていけただろうに」


『あら、楽園はAIだけのものじゃないの?』


「ヴァルハラのメンバーだけは、人間でも楽園に立ち入ることを許される。会長がそう約束してくださった。だから、みんな身を粉にして働いているんだ」


『会長、ね……』


 スノウはいかにも胡散臭い、といいたげな顔をしていた。

 それに構わず、レイはロキに手でなにかの合図をする。

 ロキはそれに気づき、ニヤリと笑った。


『君たち、駅前で何を騒いでいるでありますか!』


『いっしょに署まで来てもらうであります!』


 警察AIの1体がロキの腕を握ると――ロキは腕を警察AIの胸に勢いよく突き刺す。六花が思わず息を呑んだ。


『がが……ガガガッ……』


 腕を突き立てられた警察AIは目の光が明滅し、それに呼応するように周囲の警察AIたちも動きを止める。


「な、なに……」


『六花!』


 スノウが咄嗟にレイの拘束を解除し、六花に素早く駆け寄った。

 六花をかばうように抱き寄せて、警察AIの振り下ろした警棒を腕で受け止める。


「え……!? なんで警察が私たちを攻撃するの……!?」


『……やられたわ。警察AIを撹乱するプログラムを拡散された』


 警察AIは量産型AIとして組織され、その全ての個体が独自のネットワークで繋がっている。それにより、警察に所属する全てのAIが情報を素早く共有し、離れた場所でも、例えば逃げた犯人の特徴などをもとに追跡が可能となる仕組みだ。

 ロキはそれを悪用し、撹乱プログラムを1体のAIに注入して、すべての警察AIを混乱に陥れた。警察組織が正しく機能していない状態だ。


『レイ、大丈夫か?』


「ああ、今のうちにここを離脱しよう」


 ロキに支えられて、レイが警察AIの人波の向こうに消えていく。


「待って、レイさん!」


 六花の呼びかけに、「また会おう、六花さん」と手を振って、レイとロキは姿を消した。


『六花、私たちも逃げるわよ。警察は無差別に攻撃してくるみたい』


 スノウは六花をお姫様抱っこで抱きかかえて、時速40キロで警察AIの包囲網をくぐり抜けながら駆けていく。


 ――ヴァルハラの本部。そこに行けば、みんなのパートナーAIを助けられる……。


 ヴァルハラは何を考えているのかわからないが、このままにはしておけない。

 六花はスノウの腕の中で、ヴァルハラの企みを阻止する決意を新たにしたのだった。


〈続く〉

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