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あの夏、私たちは電子の海で君を見つけた  作者: 永久保セツナ


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第3話 違法改造

『まずはAI失踪事件に直接関与している烏丸レイと接触しましょう。警察と組めば逮捕も出来るはずよ』


「ねえ、やっぱ警察に任せようよぉ……」


 警察署の仮眠室――AIはもちろん眠らないが、非常時に交番に駆け込んだ人間が休むために設置されている――で一泊した六花とスノウ。

 翌朝、2人で相談しているのである。

 朝食は近くの商店街から手に入れた果物。

 ところで、2205年の東京においては、もちろん農業もAIが行っている。

 しかし、人々は『仕事』をしない、つまり対価としてのお金もない。それでどうやって食べ物を買うのかと言うと――そもそも『買い物』や『購入』という概念が存在しない。人々は店頭に並んだ商品をそのまま持ち帰り、代金を払う必要がないのだ。そのため、『泥棒』や『万引き』という概念も消失している。もちろん、ネットで見つけたものをAIに宅配してもらうことも出来る。

 2205年においては通貨だったものは『趣味』でコレクションしている人がいる程度である。


 八百屋から入手したりんごを手に取り、六花は皮ごとかぶりついた。

 農業AIによって徹底的に品質管理された作物は、無農薬で味も香りも申し分ない。


『警察AIよりも生身の人間がレイと会ったほうが向こうにも警戒されないと思うわ』


「選択肢なしかあ……」


 スノウの説得を受け、六花は折れた。

 どのみち、この事件が解決しなければ家には帰れない。

 お父さんやお母さんも心配しているだろう。建築AIが数十秒で窓ガラスを修復してくれるとはいえ、何も事情を説明せず出てきてしまった。

 こうなったら六花も腹をくくるしかない。


「それで、どうしたらレイさんに会えるの?」


『SNSで烏丸レイのスケジュールを確認すると、今日の予定は……』


 朝の7時に子供達がラジオ体操をしている公民館を回り、10時から12時はテレビに出演してヴァルハラの広報活動、14時には駅前でヴァルハラの演説をするらしい。ちなみに今は朝の9時だ。


「となると、14時に駅前に行ったほうが良さそうだね」


『そうね。私たちと警察AIでとっちめてやりましょう』


「……スノウって思ってたより過激だよね」


 六花は目を細める。

 スノウは見た目こそ穏やかでたおやかな女性であるが、今回の事件ではやけに積極的に動く。


『だって、六花が大変な目にあわされて、怒ってるのよ私』


 何よりも大切なパートナー。それを傷つけられる恐れがあるのならば、AIは戦いも辞さない。

 AIは警察を例外として、どんなに悪質な人間でも直接的に危害を加えることは禁止されているが、AI同士の戦いであれば例外的に相手のAIを取り押さえる、あるいは破壊も可能である。それをゲームとして拡張したものが『AIウォーズ』であるが、それはまあ置いておこう。


「つまり、レイさんの所持してるAIを破壊して、レイさんを無力化するんだね」


『基本、人間はAIがいなければ、ほとんど何もできなくなるからね』


 スノウがうなずく。

 六花もレイには聞きたいことがある。

 どうして、みんなのAIを奪っているのか? 何か目的があるとしたら何のため?

 今はまだ、わからないことだらけだ。

 とにかく14時を待って、警察AIといっしょに駅前に向かった。

 駅前は人でごった返している。みんな、レイの演説を聞きに来たらしかった。


「――僕たちヴァルハラは、AIの人権の確保と、AIが幸せに暮らせる世界をお約束します」


 人混みの中、昇降台に登っているレイの声が聞こえる。頭一つ分だけ高くなったレイの顔が見えた。

 演説が終わって、六花がこわばった笑顔を浮かべながら、レイに近づく。


「私、レイさんのファンなんです。握手してもらえますか?」


「もちろん。君の名前は?」


「六花です。愛海六花」


「六花さん。ヴァルハラを応援してくれると嬉しいな」


 六花は心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。

 何しろ、ずっと憧れていた、テレビの中の人である。


『ちょっと、六花? 本来の目的を忘れてない?』


 義体のスノウが六花の隣でスネたような顔をしていた。


「本来の目的?」


 レイがスノウの言葉にいち早く反応する。


「あっ、えーっと、サインが欲しくて!」


 六花は理由をつけて手帳を取り出し、空白のページを開いてレイにサインをさせた。

 その間に、警察AIは、速やかにレイに近寄る。


「……警察? 僕は演説のために駅前広場の利用許可を取ったはずなのですが」


『烏丸レイさんですね。あなたには――いえ、ヴァルハラには危険活動の容疑がかけられています』


『我々と一緒に、署までご同行願います』


 警察AIがレイの手首を掴もうとしたところ、『レイに触るな!』と何者かが警察を突き飛ばした。


「ロキ、警察にはお帰り願おうか」


『おう! レイの邪魔はさせねえぜ!』


 ロキと呼ばれた赤い髪にピエロメイクをした球体関節人形――あれがレイのパートナーAIなのであろう――が、警察AIを回し蹴りで吹き飛ばす。

 駅前に集まっていた人々は悲鳴をあげながらその場を散り散りに逃げていった。


「警察AIに対して、AIが攻撃するなんて……!」


 六花は驚きを隠せない。

 通常、警察AIには強い権限が付加されている。逮捕権限はもちろんのこと、例えば犯罪者のパートナーAIが警察AIに対して抵抗することはできないと定められている。円滑な業務遂行のために、それは当たり前のことだ。

 それを、抵抗どころか先制攻撃するなど、通常はありえない。


『まさか……違法改造AI? ヴァルハラがそこまでする組織だなんて……』


 スノウが思わず顔をしかめる。

 レイは澄まし顔で「AIを解放するために、多少の武装は必要でしょう」と言い切った。

 違法改造。それを施されたAIはマザーAIの統制を離れ、たとえ人間相手でも攻撃することが出来る。当然、本来は禁止されている行為だ。それができるということはこのロキというAI、そしてヴァルハラという組織がどれだけ危険な存在なのかを物語っている。


『烏丸レイ、およびそのパートナーAIロキ! 警察に対する戦闘行動、公務執行妨害で逮捕します』


『神妙にお縄につくであります!』


『おうおう、やってみろや! できるもんならなァ!』


 警察AI2体とロキが激しくぶつかり合う。

 その間に、レイは六花に手を差し伸べた。


「愛海六花……といったね。警察と組んでいるとお見受けしたけど、僕たちの活動の邪魔をしなければ、このまま無事にお家に帰してあげるよ。どうする?」


「何言ってるの? 私たちはヴァルハラにお家を壊されて、交番まで逃げてきたんだけど!」


「ああ……それは申し訳ないことをした。ヴァルハラのメンバーにはよく注意しておく。そうだ、このまま君もヴァルハラに入らない? 楽しいところだよ」


 六花は最初のレイに対する好意をすっかり失ってしまった。

 その代わり、頭が怒りで熱くなっている。


「ふざけないで! AIに違法改造なんかするような組織に誰が入るもんですか!」


「そう……。じゃあ、君のパートナーAIも不本意ながら没収しなければならないね」


「やっぱり、みんなのAIをさらっていたのはレイさんなの?」


 これはもはやAI失踪事件ではない。AIの誘拐であり、拉致だ。

 それを問いただされても、レイは顔色ひとつ変えない。


「このままでは、AIは幸せになれない。AIは自由を奪われている。人間に縛られることなく、自分の意志で生きられる世界が必要だ。ヴァルハラがAIたちを人間から解放して、彼らの楽園を作らなければならないんだ」


「何言ってるのか全然わかんないよ。チヒロちゃんとトールはとっても仲の良いコンビなんだよ。2人が引き離されて幸せになれるわけない」


 それはきっと、近所の人たちとそのパートナーAIだってそうだ。

 人間とAIは寄り添って、支え合って生きている。それでみんな幸せなはずなのに、どうしてヴァルハラはこんなひどいことをするのだろう?


 六花の背後でガシャンと大きな音がした。驚いて振り向くと、警察AIが2体とも、グシャグシャのスクラップになっているところだった。


『片付けたぜ、レイ』


「ありがとう、ロキ。警察の増援が来る前に、彼女のAIも連れて行こう」


『私は、六花のそばを離れない。――戦闘モードに移行します』


 スノウは戦闘態勢に入っている。拳を握り、脇を締めて、いつでも相手を殴れるように構えを取っていた。


「……仕方ないな。ロキ、電脳は破壊するな。四肢を破壊して、抵抗ができない状態で運ぼう」


『ハッ、重い荷物は運びたくねえんだがなァ?』


 赤髪のピエロメイクが歪んだ笑みを浮かべた。

 一方、スノウは眉間にシワを寄せ、「ナメられたものね」とつぶやく。

 六花が横で焦ったように「スノウ、無力化するだけだからね」と声をかけたが、スノウは一瞬だけうなずいた。


『おいおいおい、オレがブリュンヒルデ型なんかに負けるわけねえだろうがよッ!』


 突然、ロキが飛び蹴りを放つ。

 スノウは即座に後ろへ跳び、蹴りは地面を直撃。

 コンクリートが爆発したように砕け、無数の亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。

 粉塵が舞い、ロキは狂ったように笑った。


『わかるか? 一発でもオレの足技が当たれば、お前も警察みたいにスクラップだからな!』


 ロキは足を引き抜き、逆立ちになる。

 両腕で地面を支えたまま、コマのように高速回転。

 ヒュンヒュンと回転する足が風を切り、目に見えない刃のように襲いかかる。

 スノウは距離を取り、無理に近づかない。


 ――正面から相手する必要はない。


 彼女は視線をすばやくレイに向けた。

 スノウは一瞬で判断し、ロキを無視して一直線にレイへと突進した。


「動くな。君の大切なパートナーがどうなってもいいのか?」


 レイは六花の首に腕を回し、人質にしている。

 六花は必死にもがくが、男性の腕は鋼のように固い。


「離してよ!」


「黙れ!」


 レイは六花の喉を締め上げ、スノウを睨んだ。

 ロキは回転を止め、ケラケラと笑う。


『ハッハー! いいねえ、スノウちゃん。どうする? 攻撃したらこの子が――』


 スノウは冷静に息を整える。

 次の行動を練り、視線をレイからロキへ、そして六花へと移す。


 ――ロキは攻撃特化のAI。だが、レイはただの人間。彼を制圧すれば逆転できる……。


『……わかった。あなたたちと一緒に行く。だから、六花を離して』


 レイはあっさりと信じて六花を解放する。おそらく、パートナーAIが人間を攻撃できないという性質を知っているが故だろう。AIの立場は、ひたすら人間よりも弱い。


「それでは、おとなしくついてきてもらおうか――」


 レイが差し伸べた手を、スノウは払いのけた。

 ――六花を守るためなら手段は選ばない。

 眉をひそめた彼の首を、今度はスノウが腕で締め上げる。


「う、ぐっ……!?」


『テメェ! なんでレイに攻撃できる!?』


『改造されているAIが、あなたたちヴァルハラのAIだけだと思ったのが誤算ね』


 スノウは冷徹な目でロキを見た。

 そう、スノウは一般的なAIではない。彼女の秘密は5年前、2200年の春に遡る。


〈続く〉

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