囚われの女帝
4時間後、俺とシリウスは食事を終えた後に女帝の元に戻っていた。
魔法を解除し、様子を確認すると非常にぐったりとした様子だった。
「お~い。生きてるか~」
俺がそう声をかけるとピクリと反応した後ゆっくりと顔を上げた。
何もしていないのに少しやつれているように見える。
「……食事か」
「ああ。だがその様子だと先に着替えさせる方が先かもな」
女帝の様子は非常に汚くなっている。
服を着たまま拘束されているわけだから股は小便と大便のシミが出来ているし、足元も漏らした小便によって小さな水たまりが出来ている。
「……なんだ。貴様が綺麗にしてくれるとでもいうのか?」
「まさか。てめぇの汚いもんに触れたかねぇよ。世話をするのはこいつらだ」
そう言って現れたのは女帝の部下5人。シリウスに頼んでメイド服を着させた。
こいつらなら同じ女性として身体を拭かれたり下の世話をされる事に少しは抵抗感を薄める事が出来るだろう。
しかし女帝は自虐的に言う。
「……ふふふ。……私の部下に下の世話をさせるとは、どこまでも鬼畜だな」
「何だそれ?女同士なら見られてもあまり気にならないだろ」
「……今まで凛とした姿を見せ続けてきたというのに、こんな情けない姿を部下に晒させるとはな」
「それじゃ情報教えてちょうだい」
「……できぬ」
「そんじゃお前ら、メイド1号から5号。こいつを洗った後に着替えさせて飯を食わせろ」
女帝の部下達に自由意思はない。
なのでただ俺の命令に従って檻の中に入る。
先に服を脱がし、濡れタオルで身体を拭き、その間に床にこぼれた糞尿を処理する。
その後用意させていた食事を小さく切ったりちぎったりして女帝の口元に運ぶ。
女帝は渋々ながらも食事を出されると素直に口にした。
「意外だ。てっきり食わないと言うと思っていた」
「……食わねば逃げる事すらままならない。それに毒も入ってなさそうだな」
「そりゃ自白剤みたいな便利なもんが使えれば楽だが、お前には効きそうにないからな。効くんなら混ぜるけど?」
「……私には毒は効かんぞ。おい、少し早い」
話している間もメイド達は食事を女帝に差し出すのでタイミングが合わないことを部下に言った。
だが今は完全に生きた人形状態なのでただ機械的に動く事しかできない。
それでも心なしゆっくりになったのは気のせいか?
「ところで服はどうする?漏らすなら着ないでいるか?」
「……着るに決まっているだろ」
「だろうね。それからもうしばらく拷問は続くけど、拘束に関しては解除しといてやるよ。その檻の中でゴロゴロしてな。次ぎ合うのは明日の飯の時間だ」
「…………」
「それじゃお休み」
メイド達を檻の外に出し、再びカギをかけた後拘束を外した。
そして再び魔法を使い女帝を隔離した。
ずっと空気だったシリウスは言う。
「女帝の事はナナシ様にお任せしてもよいでしょうか」
「俺は構わないよ。慣れないところにいたし、船旅と言うちょっと身体の負担になる移動手段だったしな。それに元々この時間までに移動しないといけない理由もない。しばらく滞在させてもらうぞ」
「よろしくお願いします。それでこの者達はどうします」
俺の後ろを黙って歩いている女帝の部下5人に視線を送りながら言う。
「こいつらは女帝の世話、それからユウの訓練に使う」
「ユウ殿に?」
「ユウはいまだに対人戦を不得意としてる。無意識にだが人を傷付けないようにしているんだ。普通なら優しいって言葉がふさわしいんだろうが、俺から見れば甘いという他ない。人を殺せない奴にこの世界は生き残れねぇよ」
「ではユウ殿にこの者達を殺させると」
「多分そこまでは無理だと思う。だから訓練としてこいつらと対人戦を繰り返させる。そしてもちろんこいつらにはユウの事を殺すように命令する」
「……よろしいので?」
「そうじゃないと訓練にならない。それにレベルだけ見れば20も離れてる。女帝と比べるとレベル差はあまりないけどな」
「女帝は人間の中ではかなり特異な存在と言っていいでしょう。法王を守る四騎士に数えられているかもしれませぬ」
「レベル72で法王の護衛か。俺が法王を殺した時は当たり前のように90超えてたって言うのに、楽な時代になったもんだ」
愚痴をこぼしながらもきっと俺の時はあれだけの鬼畜難易度でよかったと思っている。
あれだけの高難易度でなければ大罪スキルを求めようとはしなかっただろうし、旅にも出ていなかっただろう。
ある意味あの高難易度クエストは俺が今の状態になるためのきっかけだ。
レベルだけは足りない戦闘能力を必ずどこかで得る必要がある。
たとえ人を殺す気がないとしても、得ておかなければならない。
「くく」
「どうしたシリウス。笑ったりして」
「いえ、懐かしい表情をなさっていると思いまして」
「?よく分からないが……」
「いえ、これはきっと話しても分からないでしょうからお気になさらず」
そんな事を言われると余計に気になるのだがまぁ別にいいか。
――
「ふ、はぁ!!」
5人のメイド達はメイド服のまま木剣を使ってユウを追い詰める。
ユウも木剣で対応しているが、やはり急所などを狙わないようにしている。
これはもうダメだ。
意識して急所を避けているのだから下の下としか言いようがない。
その間にもメイド達は俺の命令に従い、ユウの事を確実に殺すために首や心臓、鳩尾など容赦なく木剣で叩き伏せる。
もちろん木剣であっても打ちどころが悪ければ簡単に人は死ぬ。
階段で落ちて頭を打っただけで死ぬことだってるのだから、明確な殺意を持って振り下ろされる木剣であればなおさらだ。
「そこまで」
俺はメイド達に命令するとピタリと動きを止めた。
「整列」
そう言うとメイド達は俺の後ろに整列して静かに待つ。
その間に俺はユウに言う。
「ユウ。そのままだとお前、本当に殺されるぞ」
「す、スキルさえ使えれば誰の攻撃も通じないもん」
「お前の結界の弱点は展開するのに0.1秒かかるところだ。俺やレナなら簡単に突破できる。そうでなくてもジラントの超長距離攻撃に対応できるのか?どのタイミングでどの魔法を使ってくるのか分からない魔法攻撃を食らう前に結界を張る事が出来るのか?」
「…………」
「それに今みたいに連携されて結界を張る暇もないときはどうする。小さな結界を張るか?それでもいいがお前の結界は張った後に広げる、みたいなことは出来ないだろ。1度張った結界は張り直さないといけない。それもお前の結界の弱点だ。まぁこれは全ての結界に言えることだが」
「…………」
俺が言っている事はすべて戦闘の上では正論だ。
でも正論はあくまでも頭の中だけで理解できたとしても、感情では納得できない事が多い。
だから俺は考えさせる。
「ユウ。そのままだと本当に誰も守れないぞ。他人どころか自分自身の命もだ。人を傷付けたくない、戦いを避けたい、立派な目標だよ。でもな、この世界は甘くない。全員自分の夢や理想を叶えられるくらい現実は甘くねぇんだよ」
これはどちらかと言うと俺にとって元の世界での経験を元に言っている。
あの世界では俺が求めているもの、欲しい物があったとしても客観的に見てしまえばしょうもないと言えるものしかなかった。
ゲームも漫画も、全部金さえあればいくらでも手に入るものばかり。
そんなしょうもない物ではなく、もっと自分が頑張った、本気を出せたという感覚も実績もない。
だから俺はあの世界を捨ててこの世界を選んだ。
この世界で生きている方が本気を出せて、頑張っているという実感が俺を満たしてくれたから。
でもこの世界も結局厳しい。
実力がなければ簡単に死んでしまう世界。
人を殺す覚悟がなければ自分が殺されてしまうクソな世界。
そこで生き残るためには、やはり武力が必要不可欠なのだ。
「ユウ。お前の甘ったるい理想を現実にしたかったら力を得ろ。俺を超えて、自分こそが頂点だと周囲に知らしめろ。そうでなきゃお前の理想は叶わない」
「っ!」
ユウはただ悔しそうに黙って剣を握っていた。
俺はメイド達を連れて女帝の朝食に向かう。
わざと決まった時間ではなく毎日時間をずらすことで時間の感覚を狂わせ、恐怖を与えるためだ。
現在の時刻は大体10時頃、腹は減っているだろうがおとなしくしていると良いな。
女帝がいる檻の結界を解除すると、ベッドの上でうつろな目で天井をただ眺めている女帝がいた。
「飯の時間だ。1人で食うか?」
「……1人で食べられる」
檻についている小さな穴から食事を与える。
俺の後ろにいるメイド達は相変わらず生きた人形のように反応しない。
食事をしている女帝に対して俺は少しだけ聞いてみる。
「なぁ。お前にとって世界平和を実現させたいって思ったときどうすれば叶えられると思う?」
「……大罪人が平和について語るか」
「そりゃ大罪人だからね。お前らにとって平和と言う物を知らなければ平和を乱した、なんて言えないだろ。だから聞いてみたくなった」
俺はそう言うと女帝は無視したように食事を続ける。
食べ方には品があり、食器を鳴らしたり咀嚼音が響く事もない。
ナイフとフォークを置いた後、話し始めた。
「私達の平和とは善の神に祈りを捧げ、穏やかに生きる事。善の神は必ず我々を救済してくれる。だから祈りを捧げ、神の言葉に従い日々を過ごすのだ」
「宗教家らしい発言だな。俺とは全く違う」
食器を回収した後再び魔法で閉じ込める前に女帝が待ったをかけた。
「なら貴様の平和とは何だ。私にとって平和を語ったのだ。お前も答えろ」
「…………多分理解できないぞ」
「それでもいい。答えろ」
俺は女帝に俺にとっての歪んだ平和を語る事にした。




