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隠者の視線

 俺達は港で1日休みと積み荷の準備が終わった後、再び海の上にいた。


「……ねぇナナシ。何でまた海の上にいるの?」

「そりゃ獣人の国に行くために決まってるだろ」

「私、てっきり陸路を行くとばっかり思ってたんだけど」


 つまり俺達は輸送船に乗船していた。

 海の上も一応危険はあり、その大半はモンスターに船を襲われるっと言う物だが大丈夫だろう。

 俺らの敵になるのはモビーディック・ムーンクラスだし、そんなモンスターが当たり前のように出てくるものではない。

 海域とか生息分布とか関係なくあのレベルのモンスターはそうホイホイ出てくるもんじゃない。


 それにこの船にはドラゴンが2人も乗っているのだからそのオーラを感じて船に近付くモンスターはいない。

 危険だと分かっているところにわざわざ突っ込むバカはそういない。


「そんな事してたら肉が腐っちまうよ。一応氷魔法で凍らせているとはいえ、できるだけ早く運び出した方がいい。陸路より海路の方が早いんだよ。圧倒的に」

「そんなに差があるの?」

「そりゃな。自分の足で重い荷物を担いで歩くっていうだけでも大変だって言うのに、そこから檻の国を避けたりポラリスの連中を避けながらだとうまく動けない。だから基本的に獣人の国に物を送るときは海路なんだよ」

「障害が多いんだね……」

「多いんだよ。マジでな」


 檻の国は人間以外の種族を見つければ捕まえて奴隷にするし、ポラリスの連中は見つけたら殺そうとしてくる。

 しかもそれだけではなくどこに潜んでいるのか分からない山賊、肉の匂いを嗅ぎつけたモンスターなどいつどこで襲われるのか分からない連中ばかり。

 それなら少しでも敵の少ない海路を選ぶのは当然の事だ。


「でも海には山賊みたいなのいないの?」

「ユウ、海の賊は海賊って言うんだ。まったくいない訳じゃないが……そう襲ってくるもんでもないぞ」

「そうなの?」

「正確に言うとポーラ嬢ちゃんの船には、だけどな。ただの人魚同士の船だと海賊が襲ってくることもあるらしいがポーラ嬢ちゃんの船は別だ。悪名高いメルヴィルの船に喧嘩を売るなって感じらしい」

「怖がられてるんだね……」


 ユウは納得いかなそうな表情をするがそんなもんだ。

 力があるというだけでも恐れられるのだから仕方がない。

 それに俺の中ではメルヴィルの本業はマフィア業だと思っているし、怖がられるのも当然だと思っている。


「ポーラさんいい人なのに……」

「そんなもん見方を変えればいくらでも変わる。気にするな」

「でもポラリスの敵って多すぎない?こんなにあっちこっちに嫌われてて大丈夫なの?」

「さぁ?大丈夫だから喧嘩売ってんだろ」


 俺に言えるのはこれくらい。

 それにしても俺を倒したあの6人がこんなことになっているとは思わないだろうな~。

 自分達の子孫が俺の隣にいる事も、ポラリスがここまで大きくなっている事もだ。

 そう言えばほかのプレイヤーらしき人は全然見つからない。

 あの悪の神が何か言っていたわけではないが、もしかしたらもうすでにプレイヤーはいなくなっているのだろうか。


 一応俺が死んで矛盾が生じないように300年後と言うタイミングで転生、蘇生の方が正しいのか?

 とにかく他のプレイヤーらしき人を全然見つからないというのはただ単に人気がなくなったのか、それとも違法ゲームであることがばれて消されたのか、多分どっちかだろう。


「ナナシ?どうかした?」

「ん?何でもない。それにしても意外と暇だな~」

「そうだね……あとどれくらいで到着するんだっけ?」

「1週間かかるって言ってたから……あと3日か?」

「まだかかるね……後ネクストは大丈夫かな?」

「大丈夫……とは言い辛いな。あいつ本当に乗り物に弱いな」


 ネクストは1人船酔いに倒れていた。

 4日経った今日は少しは慣れたようで顔色は戻りつつあるが、あまりものを食べれていないので心配だ。

 口に運べるのは味の薄い野菜ばかり。

 タンパク質も適度に取らないとさらに体調崩すぞ。


「ああいうの治す薬とかないの?」

「酔い止めは飲ませた。吐くほど気持ち悪くならないように抑えるのが限界っぽい」

「もっと強力な奴ないの?」

「その場合薬の副作用で結局気分悪くなりそうだから作ってない」

「良い所だけ取るのって難しいね……」

「所詮そんなもんだって」


 誰だってできるだけ良い所だけを取りたいと思うのは自然な事だ。

 俺だって楽してレベルを稼げる方法を最初から知っていれば最初からそうしている。

 美味しい所だけ綺麗に切り取って、不味い所はそこらへんに捨てておきたいと思うのが人間だ。

 でもそう言うことは出来ないから多少の不味い部分を我慢して食べるのが現実と言える。


「そう言えばユウ。お前結局善悪についてどう考えてる?結論付いたか?」

「……ついてない。ナナシは悪い事の方が多くやってると思うし、人を躊躇ためらいなく殺せるのはやっぱり普通じゃないと思う。でも私はそのナナシに生かされてるし、服をもらったり食べ物をもらったりしてる。ナナシは……ただ悪いだけの人じゃない。今の私に言えることはそんな感じ」

「多分そんなもんでいいと思うぞ。無理に答えを出さなくてもいい事はある。でも、無理やり答えをだなきゃいけない時もきっとくる。その時が来るまで悩めばいい」


 俺自身この世界を現実として捉えてから300年前ほど好き勝手していない。

 もし当時と同じ感じだったらユウの事を生かしてはいないだろう。

 希少な美徳スキルを『強欲』で奪い、スキルがなくなった状態で殺していた。

 でもそれをしなかったのは、多分殺したくないっという気持ちがあったからだ。

 あまりにも無垢な子供、大きな赤ん坊を前にした時のように殺したら後悔するとなんとなく感じた。


 他人から見れば気まぐれと言われればそれまでの感情。

 でもそんな無垢な存在を殺すのはさすがに気が引ける。


 本当に、本当にあの時ユウと戦ったとき、まるで機械と戦っているかのような違和感を覚えた。

 攻撃が正確だとか、表情を変えないことなどと言うしょうもない事ではない。


 本当に意思がなかった。

 殺すという意思も、殺されるかもしれないという恐怖も、戦わなければならないという奮起も、一切感じなかった。

 言ってしまえば俺が『怠惰』で操っていた奴隷達のように、ただ命令されたことだけをこなしているような感覚。

 それがあまりにも異常に感じ、命令されているだけで自分の意思が一切ない奴を殺していいのか迷った。


 その結果が現在であり、感情を持ち、味覚も普通の人と変わらない感じにまでなった。

 ただ暇そうに水平線を眺めるユウに向かって俺は聞く。


「なぁ。獣人の国に着いたら何食いたい?」

「何って……どうせお肉しかないじゃん」

「それでもさ、陸に着いたら何食いたいくらいは聞いておいた方がいいだろ。ちなみに俺はレバ刺し食いたい」

「え~。あれ血の塊食べてるみたいでなんかヤダ。せめてちゃんと焼いたお肉食べたい」

「だから聞いてんだよ」

「血の塊で思い出したけど、結局モビーディック・ムーンの心臓ってどうなってるの?まだ食べてないよね」

「あとで食うぞ。今は保存兼熟成中。獣人の国に着いたらみんなで食うぞ」

「ナナシって内臓系本当に好きだよね……しかも生で」

「だって美味いじゃん。血も甘いし」

「こわ!?その発言本当に怖いよ!!」

「そうか?どうせ肉を食うなら上質な血がしたたり落ちるくらいレアな方が――」

「血が垂れてくるって本当の生じゃん!!ちゃんと火を通してよね!!」

「ナナシ様。申し訳ありませんが少々お話よろしいでしょうか」


 なんて感じでギャーギャー騒いでいるとレナが話しかけてきた。


「ん?ここではダメか?」

「少々込み入った話になりますので来ていただけると助かります」

「分かった。悪いが少し外すぞ」

「あ、ならジラントさんの所に行ってくる。将棋のついて教えてもらう約束しているから」

「相手するって言い出した時は気を付けろよ。あいつ初心者でも容赦なく叩き潰してくるから」


 そう言ってから俺とユウは離れ、俺はレナと一緒に人気のない部屋に向かった。

 ベッドしかない薄暗い部屋でレナは真剣に話し出す。


「ナナシ様。追手の気配はありません。やはりポラリスは諦めておりませんね」

「当然だろうな。あいつらが国の象徴である勇者様を放っておくとは思えない。それにもうヒントは手に入れた。そのための海路だしな」


 エルフの国を出た後辺りからずっと俺達の事を尾行している連中がいた。

 いや、連中と言うのも多分おかしいのだろう。

 利用されている、と言った方が正しいのかもしれない。

 そして共通点も発見済みだ。


「どうやら『怠惰』はポラリス側にいるみたいだな」

「申し訳ありません。ナナシ様に言われるまで気付く事すらできませんでした」

「仕方ねぇよ。多分同じ『怠惰』を所有しているからこそ気付けたんだと思う。そうなると敵の居場所を特定するのはやっぱり難しそうだな……」


 どうやらポラリス側に『怠惰』の所有者がいるようだ。

 首輪を付けた連中、つまり奴隷達から妙な視線を感じ、『嫉妬』で変身して情報収集すると『怠惰』によって奴隷化された連中の仕業だった。

 おそらく命令は非常に簡易的な物で、自由意思を認められている。

 どこかで奴隷になった後、条件付きで仮初かりそめの自由を認められ、冒険者をしている者。

 そして檻の国の貴族からも同じ反応が出た。


 だがこれらの情報を収集しても本体、『怠惰』所有者の居場所を特定することは出来ない。

 魔剣の時のように逆探知できればいいが、そう簡単に許さないのが大罪スキル。

 伊達に最強スキルの1つになっていない。


 なんにせよこれから先は危険な潜入作戦が必要となるかもしれない。

 何せ顔も居場所も分からないままなのだから結局どこにいるのか特定するところから始めなければならない。

 前のように『嫉妬』で変身していちいち確認している暇なんてない。

 下手をすればポラリスの中枢に潜入する必要だってある。

 さすがに誰1人として正体が分からない状態だとは思いたくないが、知っている者は非常に少ないだろう。

 確実に知っているとしたらそいつの上司くらいか。


「ユウにはこの事言うなよ。愛の国でベレトにユウの保護を求めるかもしれない」

「護衛として同行してもよろしいでしょうか」

「ダメだ。ポラリスの中枢近くで人間以外の種族は目立ちすぎる。それにサマエルの事もある」

「サマエルに対してはナナシ様が対処したのでは?」

「確かに。覗き見、盗み聞きに関しては妨害したがあいつは広い意味ではホムンクルスと変わらない。俺達が予想もしてなかった機能を搭載させられていて、あいつの意思とは関係なしに裏切る可能性が高い。そうなった場合戦えるのはお前とベレトだけだ。ジラントとズメイは相性が悪すぎる」

「…………承知しました。その際は全力を持ってユウを守らせていただきます」

「よろしく頼む」


 さて。

 本格的にポラリスとの戦いを想定していかないとダメだな。

 前に発見した『戦車』と『塔』。

 あいつらも参戦してくるだろうがもっとヤバい奴がいるかもしれない。

 警戒しておいて損はない。


 そして俺は俺の物を奪う奴、犯す奴、壊す奴は気に入らない。

 ユウは俺のお気に入りなんだ。

 奪うというのであれば、殺す。

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