偽物と追いかけっこ
ユウの寝坊によって女王様の着替えやら何やらが遅れるという事はなく、戴冠式が始まった。
一応ここの警護をしている近衛騎士に交じり俺達も女王様を守っているが、ぶっちゃけ敵は俺の偽物だけだ。
だからそれ以外の連中に関しては近衛騎士団に任せる。
『ナナシ様。見つけました』
隷属の首輪に付属されている通信機能を利用してレナが連絡してきた。
『どうだ』
『視認は出来ていませんがフードを深くかぶった何者かからナナシ様と同じ匂いを嗅ぎ取りました。間違いないでしょう』
『分かった。そいつの相手は俺がやる。ユウ、ジラント、ズメイ、ネクストはこのまま女王様の護衛を続けてくれ。俺とレナが殺しに行く』
全員から了解の返事を聞き、俺とレナは先に動いた。
レナの嗅覚によって特定された奴と俺、レナを転移で一気にこの都市の真上、つまり海上に転移した。
俺とレナは事前に準備していたので足元に防御用魔方陣を展開する事で足場を作る。
しかし俺の偽物はそんなこともできずに海に落ちた。
「な、なんだ!?」
俺でない奴が俺と全く同じ声と顔をしているというのは思っていた以上に気持ち悪い。
何よりこんな情けないのが俺だと思いたくもない。
極夜を抜いて居合の要領で偽物の首を斬りおとしてから言った。
「死ね」
あっさりと首と胴体が離れ離れになったのを確認し、やはりこいつは俺のスキルを使いこなす事が出来鳴いていないことが判明した。
おそらく女王様が死んだのは単純なレベル差によるものだったのだろう。
これだけでこいつはかなり弱いと分かる。
だがまだ油断はできない。
『嫉妬』の能力に関してだが、他の誰かに変身しているときに死んだとしてもまだ生きている。
ゲームで言うならライフとでもいうべきか。
コピーしていた誰かが破壊される代わりに本人は生き残る事が出来る。
なので本体を殺すには最低あと1回は殺さないといけない。
殺されてから生き返るというか、別の奴になるまで約5秒。
人魚の女になったところでもう1回殺した。
そして5秒後、おそらく本体だと思われるみすぼらしい爺さんの首を片手で掴んで持ち上げた。
「で、なんで人魚の女王殺そうとしたの?」
「2回も殺しておいて言うと思ったか!!」
爺さんはガリガリで皮と骨しかない。
歯は黄ばんで歯があちこち抜けていて小汚い。
その爺さんの首を少しだけ強く締めると苦しそうにもがく。
「老い先短い爺さんにせめて理由くらい聞こうと思ったが、聞く必要はなかったみたいだな」
片手で首の骨をへし折ってから俺は海に捨てた。
これで終わりかと思っていたが、反応がまだ消えない?
少し気になっていると殺したはずの偽物が今度は若い男の人魚の姿になって首都に向かって泳ぎ出した!!
「な!」
「ナナシ様!これはいったい!?」
「まさかそんなことできたのか?いや、出来たから生きてるというべきか。もう1回捕まえてもう3回殺しなおすぞ!!」
流石に水泳で人魚には勝てないので魔法を使って偽物に近付く。
偽物の前に転移し、捕まえようとしたが逃げられた。
『ちなみにですがどうやって3度目の殺害をあの偽物は回避できたのですか?』
レナが通信機能を利用して聞いてくる。
流石のレナも人魚より速く泳ぐのは無理なので足元に防御用魔方陣を展開して空中を跳ぶように水中で追いかける。
それに水圧の影響を受けないように覇気で身を守った状態ではあるが水の抵抗はやはり重い。
『あいつ二重で『嫉妬』を使ってたんだろうよ』
『そんなこと可能なんですか?』
『出来てたから可能って見るしかない。俺もできるとは思ってなかったから油断してた』
つかり偽物は『嫉妬』を使って俺に変身した後、改めて『嫉妬』を使用したと言う訳だ。
だが最初に俺のコピーを殺したのに俺に変身した状態の効果が残ってるなんて思ったことなかった。
意外とまだまだ知らないこと多いな~。
俺達の攻撃を避けながら偽物が狙うのはもちろん首都。
もうすぐ着くかもしれないときに俺はブラックホールを使用した。
これで足止めすれば確実に捕まえる事が出来るだろう。
周囲の海水と魚を飲み込みながら偽物をとらえたかと思うと、意外な相手に変身した。
変身した相手は女王様。つまり護衛対象だ。
偽物は意外にもブラックホールに耐えきり、また泳いで逃げ出した。
また転移で捕まえようとしたが、明らかにさっきまでの動きと違う。
おそらく女王様の予知能力を利用しているんだろう。
それで俺がどこに転移するのかをあらかじめ予知し、そこを避けていると思う。
偽物は首都の排水溝のようなところから入り込み、細い道を泳いでいく。
これは首都に戻った方が早いと感じた俺達は転移してユウ達の元に戻って話をする。
「ナナシでも失敗することあるんだね」
「ムカつくがその通りだ。今回は舐めてただけじゃなく情報不足だった。戴冠式はどうなった?」
「今終わって新女王になったばっかり。護衛の人達はこれで終わったと勘違いしてる」
「…………こっちも搦め手使うか」
「搦め手?」
「まぁ搦め手って言ってもかなり王道だけどな。ちょっと女王様にも協力してもらう」
――
式典後、正式に新女王となったアナーヒターは別室でメイドたちに着替えさせられていた。
この後貴族達と顔を合わせ、立食会を行うからだ。
そのためのドレスに着替えているとノックされた。
「どなたですか」
「ユウです。開けてもらってもいいですか」
「少々お待ちください」
護衛を頼んでいた1人のユウがやってきたのでメイドは扉を開けた。
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと確認がありまして、よろしいですか?」
「女王様」
「構いません。どうなさいました」
次のドレスに着替えた新女王はユウの前に来た。
静かに女王らしい覇気に満ちている。
戴冠式を終えたことで女王としての風格が増したような気がする。
「例の男がまだ捕らえられていないのでその護衛に来ました」
「分かりました。よろしくお願いします」
そのまま新女王とユウ、お付きのメイド達は立食会の会場に向かう。
新女王が先頭を歩き、ユウが続く。
「すみません。戴冠式は終わったのにまだ終わってなくて」
「構いません。犯人はどうやらしつこいようなので仕方がないかと」
「そう言ってもらえると助かります。まさかナナシとレナさんが逃がすとは思ってなかったので意外ですよ」
「ですがこれで私は新女王としてこの国に立ち、お父様たちの意思を継ぐ事が出来ます」
「継げると良いですね。前の王様達の意思」
そう話している間に新女王の背中に衝撃が走った。
何だと思って振り返ろうとしたが背中と腹が熱くて振り向く事が出来ない。
先に腹の違和感を確認しようと顔を下げるとそこには剣が身体から生えていた。
剣の周りから血が滲み、ドレスを赤く染める。
新女王は口から血を流しながら頭だけを動かしてユウの顔を見る。
「な……ぇ」
「すみません。私がその偽物なんです。ずっと、ずっと、この瞬間を待ち続けた」
その笑みはユウの者ではないと分かるほど歪んだ笑みを浮かべる。
目的を達成したと言えば聞こえはいいが、ユウの姿をした何者かの表情からそんな風に感じるものは誰もいないだろう。
メイド達は悲鳴を上げて逃げ出し、刺された新女王は床に倒れこむ。
それを見ていた偽物は狂ったかのように笑いながら喜びを表す。
「やっと、やっとだ。やっとこの悪政を敷いていた王族に復讐する事が出来た!!これ、これで!!俺達はどこにでも行ける!!これでようやくこの首都を捨てられる!!よくも今まで苦しめてくれたな!!」
しかし偽物は微妙な変化に気が付いた。
刺した新女王が床を這ってどこかに向かおうとしている。
微かに「た……すけ……。生き…………なっと」と切れ切れに言葉を発しているのも聞こえた。
とどめを刺そうと新女王に刺さっていた剣を引き抜くと、新女王は一瞬大きくはねたかと思うと動かなくなった。
これで確実に終わった。
そう思って踵を返すと衝撃と共に気怠そうな男の声が聞こえた。
「やっと捕まえた~」




