side ポーラ・メルヴィル
「サマエル!!」
彼はそう言って荒れ狂う海に向かって飛び降りた。
私、ポーラ・メルヴィルは上から叩き付けられたような感覚がなくなってから慌てて彼の姿を探すと彼は新たなドラゴンの背に乗りモビーディック・ムーンに向かって攻撃していた。
彼が無事であることを確認してほっとする間もなく船は落ちる。
奇妙な浮遊感を感じながらもユウ殿が張ってくれた結界のおかげで無事に着水した。
「船の被害を確認!その後出るぞ!!」
「ほ、本気ですか社長!?あんなのと戦ったら俺達全員食われちまいますよ!!」
「当然だ!!我々がナナシに頼んだのに我々が何もしない訳ないだろ!もちろん戦える者だけでいい。無理に戦えとは言わん。戦えないものは船で後方支援を頼む」
自分で言いつつもこの荒れ狂う波では照準を合わせる事すら難しい。
しかも海の中はいくつもの渦潮が出来ており人魚の泳ぐ力でもこんな潮の状態で泳げるはずがない。
だが私は目の前の海に向かって泳ぎださなくてはならない。先祖を知るあの男に私が海に飛び出さなければ先祖に申し訳が立たない。
私を含めともに海に出ると言ったのはわずか20名だけ。
予定では50人で弱点を探るつもりだったがほとんどの者が臆病風に吹かれたらしい。
だがこんな海を見れば当然か。
空は暴風と雷、海はいくつもの渦潮で潮の流れが全く読めない。
無理に泳げばどこまで流されるか分からないこんな海は初めて見た。
ナナシが言うには魔法でこの嵐を起こしているような事を言っていたが、天候を操作できる魔物なんて聞いたことがない。
「ユウ殿。結界の一時解除お願いします」
『え!この嵐の中行くの!?』
指令室からユウ殿の驚いた声が聞こえたが関係ない。
「それが約束ですから」
『分かった。でも本当に気を付けてね!』
そう言われた後結界が解除され、暴風と雨が私達を襲ってくる。
雨はすでに石のように固くなっており、顔にぶつかるたびに痛い。
これならすぐに海の中に入った方がマシだと判断して飛び込んだが、やはり海の中もひどい。
潮の流れがあまりにも複雑で少しでも気を抜けば上下左右も分からなくなる。
だがそれでも私は必死で泳いだ。
彼がいくら強いと言ってもこれほどまでに巨大な化け物を相手に勝てるわけがない。
勝てるとしたら私達が弱点を早急に発見し、貫く事だ。
だがその時、潮の流れが一気に変わった。
引きずり込まれると思い必死にい泳いでその場に残り、海面に顔を出すと巨大な津波が船を飲み込もうとしていた。
私の肝は冷え切ったがユウ殿の結界のおかげで流されるだけで済んだようだ。
ユウ殿がいなかったらもうすでに私達は終わっていただろう。
とっくの昔に船は転覆され、多くの仲間を失っていたに違いない。
そして彼女とナナシ殿に頼りっきりでないと証明するには弱点を発見し、貫いて殺すしかない。
先ほどよりも気合を入れて、少しでも流れが穏やかなところを発見して私はようやくモビーディック・ムーンの真下に潜り込んだ。
下から見上げるとその巨大さは圧巻としか言いようがない。
遠くから見れば雄大と言う感想が出るのかもしれないが、あれを仕留めようとしている私達からすればただの脅威。
でも私達には先祖が残した弱点と言う希望がある。
他の仲間たちと共に弱点を発見する事が出来れば!?
な、なんだ今のは。まさかマヒ!?
ヤバイ!!
これだけ荒れる海流の中で泳げなくなったら簡単に流される!!
もし海流が深海の方に向かっていれば呼吸が出来ずに死んでしまうかもしれない!!
私はマヒに耐性があったから今回は大丈夫だったが、ほとんどの者が動けずに波にさらわれ――
更に上からモビーディック・ムーンの頭が迫っていた。
何故?なぜ上からモビーディック・ムーンが落ちてくる?
潜った様子ではない。
攻撃を食らった瞬間目を離してしまったが、まさかあの時に跳んでいた?
モビーディック・ムーンが飛び込んだ事によりほとんどの者が大ダメージを受けた。
まだマヒから回復する事も出来ず海に浮いている者もいる。
私は弱点の発見を後に回し、近くにいる者の救助に向かって泳いだ。
『大丈夫ですか!』
1人目を助けようとしたときにサマエル殿が飛んで仲間を掴んで海から引き揚げてくれた。
「協力感謝する!他の者達の回収も任せてもよろしいか!!」
荒れる海の中叫びながら話をしている。
『それは構いませんが……一度引いた方がいいかもしれません』
「何故!?」
『ご主人様の……ギアが入りました』
「それはどういう?」
よく理解できていない言葉に戸惑っているがサマエル殿は私の事も引き上げた。
「サマエル殿!?」
『すみませんが一度引きます。他の方はジラントさん達が回収するので船まで引き返します』
私の言葉を遮り船にまで戻った私達。
まさか弱点を突かない状態で倒せるとでも?
私はともかく2回目のナナシ殿にはそれが可能だとでも??
船まで戻ってくると全員一応無事であったことを確認できた。
だが一応だ。
ほとんどの者がマヒとダメージによって動けない状態だったし、仕方ないと思う面もあるがサマエル殿の言葉には少し違和感を感じる。
あの時話しながら向かっていた視線はモビーディック・ムーンではなく別の何かを見ているような気がしたからだ。
「ぷはぁ。ちょっと休憩」
そう言いながらジラント殿たちも仲間を連れて戻ってきた。
「サマエル殿、ジラント殿。なぜ船に戻ったのです?早く弱点を見つけてナナシ殿の助けに――」
「あ~今は止めといたほうがいいよ。あれ自分の世界に入っちゃってる」
「それはどういう――」
意味と聞こうとしたところで世界が漆黒に包まれた。
これはいったい何だと思っている間に覚める殿が疑問に答えてくれる。
「『ザ・デス』。久しぶりに見ました」
「こ、これがザ・デス!?待ってください!使ってもこんな現象は――」
「本物はなるよ。ほんの一瞬だけど」
そんな事聞いたことがない。
実際この船に積んでいる主砲から発射される『ザ・デス』の試運転で1度だけ発射させたが黒い魔力の残滓が少し残った程度だったはず。
それなのにナナシ殿が放った『ザ・デス』はこちらと比較するのもおこがましいくらいの威力。
本当に同じ魔法なのか?
それ以前に1人で放つ事が出来るのか??
あまりの光景に放心しているとモビーディック・ムーンがナナシ殿に向かって跳びかかったのが見えた。
ナナシ殿は正直小さすぎてほとんど目に映っていないがそれでもモビーディック・ムーンが攻撃する相手はナナシ殿しかいない。
そんなモビーディック・ムーンが逆にはじき返されたような姿を見せるとナナシ殿は雲の中に消えた。
すると嵐は渦を巻き始め、少しずつ小さくなっていく。
「ま、まさか……」
嵐を消した?
そう表現するしかない現象に私は戦慄した。
あれは本当に人間か?
本当に実在していい人間なのか??
その時先祖の手記に書かれた言葉を思い出す。
『ナナシは悪党だが気は悪い奴じゃない。俺の無謀な夢に付き合ってくれるような気のいい悪党だ。だが戦いとは関係のないあいつの言葉、態度、性格だけを信じてはならない。あいつの本性は戦いの中でしか見つける事が出来ない。決して戦うな。決してあいつを本気にさせるな。本気になったら世界は終わる』
まるで先祖に直接語り掛けられているかのような感覚になった。
そしてそれは正しい。
今の状態が本気なのかもしれないが、あのまま任せていたら世界が滅ぶのではないかと考えてしまうのは納得だ。
そして嵐が収まった後、私はみんなに言う。
「総員攻撃態勢!!船からの支援を中心に私は弱点を再び探る!決して巻き込まれるな!!」
そういうだけ言った後海に飛び込んだ。
嵐の影響がないだけかなり泳ぎやすくなっている。
それにモビーディック・ムーンがナナシの事を恐れて注目している今ならしっかりと弱点を見つける事が出来る。
船から魚雷や砲撃が行われる音を聞きながらモビーディック・ムーンの下にもぐり、弱点を探す。
弱点そのものは普通のクジラとあまり変わらない。
普通のクジラなら何度も仕留めてきた。その経験と自信を持って私は突貫した。
穂先に水の魔法を使って威力を高め、私自身にも身体強化と海流を操作する魔法を使う。
それは自分自身を1本の銛のように突貫する先祖が編み出した捕鯨方法。
私は勢い良くモビーディック・ムーンに突貫し、身体の半分がモビーディック・ムーンの肉に埋まるほど深く銛を突き刺した。
モビーディック・ムーンの悲鳴が私を包む肉からも伝わりながら少しでも深く、確実に仕留められるよう踏ん張っていると、誰かに足を引っ張られ青空が見えた。
私の足を掴んでいたのはナナシ殿で、その表情はいつもの通りの顔だった。
「お疲れ。やっぱ弱点突かないと倒せなかったか~」
残念そうに言う彼の雰囲気は先ほど感じた異様な気配は一切なく、いつも見ていた悪党とは思えないほどの気の抜けた表情である。
本当にさっきまでモビーディック・ムーンと戦っていた同一人物なのか疑い、顔を覗く。
「ん?どうかしたか?」
「あ、嫌なんでもない」
「もしかして顔に血が付いて視界悪くなっているんじゃないか?海水じゃ顔洗えないから船に戻れ」
「ナナシ殿はどうする?」
「このまま乗っかって腐らないように魔法を使うのと、他の魚につまみ食いされないように見張ってる。さすがにこの大きさじゃ船で解体できないだろ?」
「そうだな。さすがにこれほどの大きさとなると解体して船に積むこともできない。そうしていただけると助かる」
「それからいくつかわがまま言ってもいいか?」
「……できる限り叶える努力はする」
「そんな気を張る必要はねぇよ。ただ早く帰る事と、こいつの心臓食わせてくれってだけの話だ」
「…………それだけか?」
「それだけ。こいつの心臓結構美味いんだよ。だから頑張ったご褒美って事で」
そう言いながら頼んでくる彼は子供がおやつをおねだりするときの様な表情に似ていた。
その差がどうしても不思議で、やはり同一人物なのか疑ってしまう。
でも……
「ん?どうかしたか」
「いえ……先ほどまで死ぬかもしれない戦いをしていたというのに……モビーディック・ムーンを食べたいからすぐに帰ろうだなんて言われるとは思ってなかったからな」
少し私は笑ってしまった。
だが最大の功績者が早く帰ろうと言っているのだからそうするべきだ。
「では急いで港に戻るとしよう。流石にモビーディック・ムーンほどではないだろうが、肉を求めて魔物がやってくる可能性は非常に高い。よろしく頼む」
「おう。一口も食わせてやらねぇから安心しな」
私は船を呼び尻尾に縄を括り付けて港まで運ぶのだった。




