いただきます
ドラゴンは想像以上に速い。
少し残っているバイクのハンドルのような部分を掴んでいるがそれでもこの加速には身体が一瞬引っ張られる。
しかしそれで離れてしまっては元も子もないので左手と両足でしっかりと踏ん張って耐える。
それにただ耐えているだけではいられない。
右手に持つ極夜を振るい、つららの攻撃を切り裂いて身を守る。
劣化版魔剣と言っても切れ味だけは本物。斬れないものは存在しない。
それにドラゴンが小柄という事もあり軽く避ける。
まるで戦闘機にしがみついているような感覚で四方八方からGが襲い掛かってくる。
それを気合とレベルによる補正で現実では絶対に耐えられない力に抵抗する。
「ドラゴン!!横頼む!!」
俺がそういうとドラゴンは俺の意思を組んでモビーディック・ムーンの横を飛んでくれる。
そこで俺はモビーディック・ムーンの横っ腹に魔剣を突き立てた。
そのまま極夜を両手で握って巨大化した劣化版魔剣に持っていかれないよう必死に柄を持ち続けた。
少しでも力を緩めればこの硬い皮に持っていかれてすっぽ抜けてしまいそうだ。
「ぐっがあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自分でもよく分からない叫び声をあげながらドラゴンの動きに任せて少しでも長く、深くモビーディック・ムーンを切り裂く。
非常に長い一瞬を抜け、ようやく振りぬけた。
モビーディック・ムーンは悲鳴を上げるが致命傷には程遠い。
………………致命傷?
そういえば俺は何故致命傷を与えてはいけないと勘違いしていたのだろう。
確実に仕留める方法が小さな弱点を突く事だけだから?
それをポーラ嬢ちゃんに任せたから俺は時間稼ぎ??
………………辞めだ。
そんなつまらない事はもうなしだ。
仕留めるチャンスがないのなら自分で作りだせばいい。
弱点がないのなら作り出せばいい。
俺1人で仕留めるつもりで行って何が悪い。
「ドラゴン。極夜。思いっきり行くぞ」
ドラゴンは改めて咆哮を上げ、極夜は漆黒に染まる。
モビーディック・ムーンが血を流し怒りのような感情をぶつけられながら、俺は冷静に、静かに呼吸を整えた。
いつもの殺すときの感覚。
獲物に向かって真っすぐ視線を向け、それ以外の事はほとんど目に入らず音も聞こえない。
肌に感じる感覚も冷たい雨と吹き付ける風による不快感もどこかに消えた。
脳に入ってくるのはモビーディック・ムーンを殺すための情報ばかり。
確かに今頭からひれの根本あたりまで斬ったがダメージとしては低いだろう。
結局深く斬れたわけではない。
致命傷になったわけではない。
もっと深く。
もっと確実に。
もっと命に届くように――
「――いただきます」
自然と口から出た言葉とともにドラゴンは飛び出した。
同じくらいの速度のはずなのに、先ほどとは違い強烈なGを感じない。
すっと出るとモビーディック・ムーンは中級の雷魔法を連発で発動させる。雷魔法は小さな槍状の雷が相手に当たるまで追尾する厄介な魔法だが、『暴食』で食らう。
ドラゴンは逆さの状態で飛行し俺は巨大魔剣でまた背中を斬る。
今回はただの斬撃ではなく『暴食』を込めた攻撃。モビーディック・ムーンの肉を食らったことでHPも回復する。
先ほどより大きなダメージを与えたことによりモビーディック・ムーンは完全にキレている。
だが俺のスキルをフルで使った場合敵はいない。
敵になりそうな奴は……1人だけか。
しかしモビーディック・ムーンもバカではない。
どうするかと言うと答えは簡単だ。
海に潜った。
流石のドラゴンも海の中まではこの速度を保つ事が出来ない。
おそらく空中に向かって攻撃するよりも水中の方が得意なのは目に見えている。
だが別に無理合わせてやる必要はない。
嵐の影響で視界が悪いとはいえあまりにも巨大な魚影はその姿をはっきりと捉える事が出来る。
さて、あのクジラに本当の魔法と言う物を見せてやろう。
滅多に使わない魔法。
と言っても海には人魚達もいるわけだから雷系は使わない方がいいだろう。氷系も巻き込む可能性が高いか。
それなら……ザ・デスでも使うか。
コスパ最悪、命中率最悪の技がなぜ最上位魔法なのか教えてやる。
俺はドラゴンの上で立ち、魔法を使う。
「極光は全てを塗りつぶす――『ザ・デス』」
たったこれだけの詠唱。
そして俺の掌から放たれるのはあたりの暗闇よりも暗い漆黒の光。
あまりにも黒いためにあたりの暗闇より黒い光は光の吸収率100%。肉眼でもただ黒いという事しか分からない。
モビーディック・ムーンに着弾すると漆黒の光はほんの一瞬だがあたり一帯を漆黒に染める。
それは光と言う物が一切ない空間。
時間にすればほんの1秒程度の余波だが一切目に見えない漆黒の世界と言う物は、経験したことのない者からすれば非常に大きな恐怖となる。
まぁ普段から海の中にいるあのクジラに暗闇の恐怖なんてものがあるのかどうか分からないが。
だがそれでも直撃したのは事実だ。
どれくらい弱ったか待っているとモビーディック・ムーンは海から飛び出して俺の事を噛み付こうとした。
それに対し俺は左手に力を込めた。
ドラゴンは俺の意図を読んでモビーディック・ムーンの頭に移動してくれる。
そして俺は思いっきり殴った。
空中と言う足場のない状況でありながら打ち勝ったのは俺だ。
モビーディック・ムーンは海に激突する。
それにしてもあいつ本当にタフで賢い。
おそらく『ザ・デス』の攻撃を少しでも深く潜る事でダメージを軽減。さらに思いっきり泳いで飛んで食い掛ってきたのだから見事な不意打ちだ。
それに落ちていくときに気が付いたが傷が修復されていた。
おそらく魔法ではなくスキルだろう。
回復系の魔法は高い知識が必要だ。
簡単に言えばどのように傷を治す必要なのか知識が必要となる。
どのように治療すれば早く治せるのか、膿が出来たりしないのか、そんな知識が必要となる。
と言ってもあまり難しく考える必要はなく、単に雑菌が入らないように血肉を修復させるというイメージで問題ない。
モビーディック・ムーンの知識が高いとはいえそこまで理解できているかどうか不明だ。
だがスキルによる回復ならそう言った知識を必要としない。
言ってしまえば生存本能で元の正しい形に修復されるというのが正しいと思う。
なのでおそらく『高速再生』でも持っているんだろう。
でもまぁ俺には関係ない。
確実に仕留めるためならなんだってする。
『暴食』によってMPの上限がないとはいえそれなりに削ったのだから、あとであいつの魔法を食らう事で回復にあてよう。
いや、そうだな。
そうするか。
ドラゴンに頼んで俺は一度モビーディック・ムーンから離れ、雨雲に突入する。
そして雨雲は予想通り魔法によって作られたもののようだ。
確か水と風の混合最上位魔法、『ウェザー・ルーラー』。
この魔法は天候を操作し自分にとって有利な環境を作りながら下位魔法を好きに使えるという感じだったはず。
つまりさっきから下位の魔法を中心に使っていたのはこの『ウェザー・ルーラー』による恩恵だったのだろう。
だが面倒なのはこの『ウェザー・ルーラー』で作り出された下位魔法はほぼ無尽蔵に使う事が出来る事だ。
元々『ウェザー・ルーラー』の消費MPが膨大なのでちょうどいいと言えばそれまでかもしれないが、一般プレイヤーの中では先に使った方の勝ち。なんて言われるほどの魔法だ。
その代わり常にMPを消費する持続型であり、MPが尽きれば魔法も終わるという弱点がある。
だからこの魔法。すべて食らってやろう。
『暴食』の弱点は以前にも話したように対象に直接触れる必要がある事だ。
だが言い方を変えれば触れてしまえばどうとでもなるという事。
だから俺はこの魔法そのものに触れた。
そうなるとどうなるか。
答えは簡単。魔法の影響がなくなり天候は晴れになる。
流石にモビーディック・ムーンの泳ぎによる潮の流れの変化はどうしようもないが、『ウェザー・ルーラー』による海流の流れがなくなったのだから今まで以上にやりやすいだろう。
モビーディック・ムーンもさすがに発動した最上位魔法を食われると思っていなかったのか、逃げる祖びりを見せたが俺がそれを許すわけがない。
追撃しようとしたところにモビーディック・ムーンの下腹部が爆発した。
感知すると船の方から魚雷を発射したようだ。
魚雷には電爆と言われる魔法が付与されている。雷と炎系の混合中位魔法であり爆発によるダメージと確率で相手をマヒにする効果がある。
それを使って潜るのを邪魔したというところだろう。
『ウェザー・ルーラー』を消したことで船も攻撃可能となった感じか。
砲台から打ち込まれる中位魔法の中では攻撃力の高い魔法を発射し、下からは魚雷をぶち込んでいるという事だろう。
もちろんモビーディック・ムーンは逃げるために攻撃するがそれは俺が許さない。
魔剣をまっすぐ構え、ドラゴンに突っ込ませる。
そしてようやくできた比較的深い傷。致命傷には届かないが俺と言う存在が逃がさないと分かれば俺を殺さなくては逃げきることは不可能だと知るだろう。
そして気に入らないが、ラストアタックは譲ってやるとしよう。
「ユウ!!こいつを閉じ込めろ!!」
俺の言葉でモビーディック・ムーンはユウの結界に閉じ込められた。
大きさはモビーディック・ムーンの大きさちょうど。身じろぎすらできないほど狭く、ろくに動けない。
モビーディック・ムーンはこれにどんな意味があるのか分かっていないようだが、俺はお前に確かに言ったはずだよな?
『いただきます』ってな。
その次の瞬間。モビーディック・ムーンの悲鳴が聞こえた。
それは海中にとどろく様な大きな声であり、確かに仕留めた証拠として十分だった。
俺は目を閉じてゆっくり長く息を吐きだした。




