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モビーディック・ムーン

「サマエル!!」


 俺はそう呼びながら船を飛び降りた。

 真下にいるモビーディック・ムーンは俺の想像をはるかに超える巨大。俺がひきつけなければポーラ嬢ちゃんが弱点を突くのは不可能だとはっきりと分かる。

 サマエルも俺の言葉に即座に反応して出会ったときの姿に変化する。


 サマエルの本来の姿は下半身は蛇、上半身は天使のようだが頭はドラゴン。

 まるで天使の下半身と頭を斬りおとして代わりに蛇の身体と頭をくっつけたような姿。

 サマエルはこの姿を非常に嫌っているがこちらの方が強い。

 身体は全体的に白く、翼だけが黒い。

 サマエルのこちらの姿はひょろ長く、少し他のドラゴンより小さく8メートルくらいだ。


 そのひょろ長い姿でも人間から見れば十分デカく、俺を頭の上にのせるくらいは大したことない。

 俺はサマエルを踏み台にして思いっきり跳び、モビーディック・ムーンを殴った。

 殴った感触は確かに生物の感触だったが、あまりにも巨大、そして分厚い皮と覇気に守られているためにダメージをろくに与えられていない。

 サマエルはすぐ俺を回収し、頭に乗っけた。


 俺が飛び出す瞬間に結界を解除、そしてすぐまた結界を張り直したユウだがこのままじゃ危険すぎる。

 おそらくモビーディック・ムーンから見れば結界で守られた船はプールの上で浮かぶボールのような物。このまま放っておけばいいように遊ばれている間に破壊されてしまう。

 俺だけではなくジラントとズメイがブレスで攻撃するが、覇気を突破する事が出来ずダメージを与えられていない。

 船よりも先に着水したモビーディック・ムーンは俺達ではなく結界に守られた船をまだ見ている。


「こりゃ今回の仕事はかなり大変だな」

『どうしますご主人様?私の毒を使って少しでもダメージを与えるべきだと思いますが』

「何度も言うが倒すしかないと判断してからだ。お前の毒が入ると刺身で食えなくなる」

『それは認めますが……一応400度以上の高温を与えれば分解できますよ』

「それにお前の毒は蛇の毒、傷を作って血管内に直接毒を注入しないと効果が薄いだろ。目や鼻に入れば効果出るかもしれないが、身体の表面から効果出るもんじゃないだろ」

『確かにあの覇気の分厚さを突破して毒を注入するのは難しいと思います』


 本当に防御に特化したクジラだな。

 ドラゴンから見てもデカいと言わせる大きさ、分厚い皮膚、そしてそれを覆う覇気。

 おそらく覇気の種類は俺と同じ覇王覇気、自分自身限定の代わりにステータスを大幅に上昇させる覇気。個人向けと言ったらやはりこれが1番いいのだろう。

 だが本当に面倒くさい。

 普通ドラゴン2体来たら過剰戦力と言われてもおかしくないのに平然と耐えるこいつは何者??


「全く。本当に久々だよ。野生の魔物相手に本気を出すのは」

『予定通り私が足場になります。なので自由に戦ってください』

「なら遠慮なく!」


 俺はモビーディック・ムーンに対して突撃する。

 今度は本気、『憤怒』に『暴食』、『覇王覇気』を使用して極夜を抜く。

 そして早速この間手に入れた魔剣の力を使い劣化版魔剣を一気に掃射した。


 モビーディック・ムーンは初めて俺の事を敵として認識したのか、始めて魔法を使う。

 非常に基礎的な魔法、水を発射するだけの魔法だが規模と量が全く違う。

 流石の魔剣でも水の質量には勝てず押し流されてしまったが問題はない。

 その隙に『傲慢』でモビーディック・ムーンの背中に転移した俺は0距離で極夜を振り下ろす。

 これなら斬れるだろうと思ったが、思っていたよりも浅い。

 確かに斬ることは出来たがうっすらと血がにじむ程度でろくにダメージが入っていないことは見て明らかだ。


 だがそれでも攻撃を食らったことに驚いたのか、モビーディック・ムーンは大きくはねた。

 俺は『傲慢』でサマエルの頭の上に戻ったが、必要以上にはねたような気がする。

 高さは大体50メートルほど、何をする気なのかと考えている間に目的が分かった。


「あの野郎!サマエルはブレス準備!!」

『モビーディック・ムーンにですか?』

「違う!!あいつが起こす波にだ!!」


 予想通りモビーディック・ムーンははねた後水中に潜り込み、波を起こした。

 その波はただの波ではなく津波と言うべきほどの規模だった。

 そしてその目的はおそらく結界を解除してある船を狙っての行為だ。

 俺達を狙うのであれば魔法で攻撃した方が攻撃が当たる。

 だがあの船を狙ったという事はあの船に乗っているのが俺達の仲間だと認識しているのだろう。

 少しでも津波の勢いと威力をそぎ落とすためにサマエルとジラント、ズメイがブレスを放つ。

 津波に穴をあけてどうにか威力をそぎ落とした。

 ブレスはそのままモビーディック・ムーンに当たったが目に見えるダメージは一切ない。

 これはこれは……マジで今までにないくらいの防御特化。ここまでタフな奴がただの魔物とかバグってる。


「船の方はどうにか転覆せずに済んだか」

『ですが何度も守っていたらこちらが攻め切れません。どうしますか』

「いや、あとはユウに任せる。あの様子じゃ船からの攻撃は期待できない。それならいっそ結界の中にこもってくれている方がやりやすい。それにポーラ嬢ちゃん達は動いてるみたいだ」


『森羅万象』で海の中を泳ぐポーラ嬢ちゃん達を確認。やはり少数精鋭で行くのが正解だったかもしれない。

 だが今更作戦を変える余裕はないし、うまく注意を引くことは成功している。

 それならこちらは派手な攻撃を続けて急所を見つけてもらうしかない。


 ジラントとズメイはブレスを使って攻撃しているが、なかなか『覇王覇気』を突破できずにいる。

 威力は十分だがモビーディック・ムーンがデカすぎる。

 サイズの大きさによる防御力の高さは経験しているつもりだったが、俺もまだまだ弱かったらしい。

 もう少し気を引き締めていくか。


「サマエル、頼む!」

『はい!!』


 サマエルは咆哮を上げた後モビーディック・ムーンに向かっていく。

 その時モビーディック・ムーンの目が光った瞬間攻撃が来ると察した。

 その攻撃は、上!


 劣化版魔剣を上に向かって放つと雷が劣化版魔剣に直撃した。

 まさか水、氷系だけじゃなく雷系まで使ってくるとは思わなかった。

 そうなるとこの天候を操っている風系の魔法も使えると考えておいた方がいいな。


 モビーディック・ムーンは完全に俺とサマエル、嫌もしかしたら俺だけか?

 ジラントとズメイの事は意に介さずこちらに向かって攻撃を集中させる。

 基礎の氷魔法、複数のつららを放つだけの魔法もサイズが違うせいで上級魔法にまで至っているし、おそらくこの嵐を操る事でつららの速度を加速させるだけではなくこちらの動きを阻害している。

 サマエルもつららを避けながら近づくが、つららの多さとサイズに苦戦してあまり先に進めていない。

 それでも避けきれないつららはブレスで破壊するが、すべてギリギリと言うところか。


『……申し訳ありません。思うように近付けていません』

「気にするな。モビーディック・ムーンを相手にするとは言ったが、さすがにあれは規格外だ。ここまで強いモビーディック・ムーンが存在するとは思ってなかった。それにポーラ嬢ちゃん達も思うように動けていなさそうだ」


 海の中を進むポーラ嬢ちゃん達もかなり苦戦している。

 嵐による読めない海流、さらに乱されるモビーディック・ムーンの泳いだ余波による波と潮の流れがすぐに変わる事。これらによって思うように近付けていない。

 これは超長期戦を覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 そうなると拠点となる船が……ちょっとずつ近付いてるな。


 どうやら船にいる連中も自分達なりにできる事をしようとしているようだ。

 船は上下に大きく揺れているがどうにか近付いている。

 見ていて危なっかしいが、何もしないよりはマシか?

 とにかくこの勝負、攻め時を見誤ればポーラ嬢ちゃん達に大きな損害を与える。

 かといって全く攻撃しなければポーラ嬢ちゃん達に攻撃が向けられる可能性が非常に高い。


 これだからチーム戦は好きになれない。

 だが、自分で選んだことだから最後までやる。

 とりあえず今は攻め時ではないから目と鼻は避けてどこを攻撃してやろうかな。

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