捕鯨船と言うよりは戦艦だと思う
次の日、ポーラ嬢ちゃんとその仲間たちはモビーディック・ムーンを仕留める準備をしていた。
もちろん最初から泳いでいくわけではなく、当然捕鯨船に乗っていくわけだがそのサイズは脅威と言えるだけの大きさである。
「ずいぶんでかいの造ったな」
「これでもモビーディックを仕留めるのには小さいだろう」
「いや、俺とメルヴィルが仕留めに行ったときはもっと小さかった。まぁ普通のクジラを仕留めるのにはちょうどいい大きさだったが」
「では小さい方がいいか?」
「正直戦った感想から言うとただデカいんじゃなくて安定した足場が欲しいって感じか。まぁお前らには関係かもしれないけど」
「関係はある。私達も挑んだが、先代が言うには最低でもこれくらいの大きさは必須だと強く主張した」
「その辺はプロに任せるが、これが最低限か。海の向こうのどこかの国と戦争でもするのか」
「ある意味戦争と変わらない。それだけの戦力が必要だ」
俺は巨大すぎる捕鯨船を見上げる。
真っ黒な捕鯨船は正直に言うと捕鯨船とは言えない。これは戦艦と言うのが正しい。
普通捕鯨船と聞けば船の先端に銛を発射する装置が付いているだけで他に攻撃する装備は持っていないイメージをするだろう。
しかし俺の目の前にある船はそんなものではない。
いくつもの黒光りする武骨な砲台が前後にいくつもの並べられ、上下に連なりいくつも弾を発射できるように備えている。
ぱっと見は宇宙戦艦ヤ〇トに似ている。
特に主砲と分かる船の先端にある大砲が。
「ずいぶん砲台があるが、打ち出すのは砲丸か?」
「砲丸も出せる。ですが主要目的は上級魔法の発射台としての目的が大きい。主力は上位雷魔法サンダージャベリン、次に光上位魔法レーザーキャノン、さらに次が風上位魔法バーストストーム。防御面では結界を張れるようになっいる」
「マジで技術力が上がってるな。てっきりメルヴィルの時からあまり船は進歩してないと思ってた」
「私達メルヴィルの子孫は常に次のメルヴィルにならんと船の技術を発展させてきた。確かに盟友殿が言うように人魚から見ればただの乗り物、漁が出来るところまで行くだけの道具。だが船の上からも攻撃できるとなれば仲間のサポートもより強固なものになるだろう」
「前回はこれ使ったの?」
「使えなかった。まだ建設途中だったのと先代達の貴重な意見から改良しましたから自信はある」
「そうか。それであの明らかに主砲っぽい所からは何が出るんだ」
「最上位魔法、ザ・デスを使用する」
「おいおい正気か?あれぶっ放せるだけの魔力量を詰め込む事が出来るのか?」
最上位魔法ザ・デス。
名前はかなりおっかないがぶっちゃけると超圧縮した魔力砲である。
当たれば貫通し確実に殺せることから言われるようになったが、あくまでも当たればの話。外せば大量の魔力をあらぬ方向に無駄使いするだけのコスパ最悪魔法だ。
当てる事が出来れば大ダメージを与える事が出来る。
だがそれ以上それ以上にコストがかかりすぎるのだ。
そのため攻撃が当たった相手だけではなく使用した本人も魔力を使い切り、倒れてしまう事からこのような名前になったらしい。
「波の上と言う安定していない状況で使えるのか?」
「本当にこれは最終手段だ。これを使えば理論上はモビーディック・ムーンを仕留める事が出来るがコストと命中率があまり良くない。1発使えば船の機能はすべて停止し、本当にただの巨大なオブジェになってしまうだろう。それ以前にモビーディック・ムーンの攻撃を防ぎ、攻撃している間に使用する事が出来るほどの魔力が残っているかどうかも分からない」
「それじゃ本当に最後の最後って事か」
「そうだ。だが確実に攻撃が通ると言える攻撃はザ・デスしかない。一応撃てるだけの魔力は残しておく予定だ」
「まぁいざって時のとっておきは持っていた方が安心できるからな。しくじるなよ」
「分かっている」
そう言いながらドッグを出た。
その後もモビーディック・ムーンをどう仕留めるのか相談しながら屋敷に戻る。
「それでそちらの準備の方はどうだ」
「こっちはそれなりに進んでる。まずユウとレナ、ネクストは完全に防御専門だ。ユウは強力な結界を張れるからやっぱりそっちに回す方がいいし、レナとネクストは海の上ってのもあるから十分に戦えない。だからこの3人は防御に回ってもらう。それから俺、ジラント、ズメイ、サマエルは一応攻撃する。と言ってもサマエルは俺の足場役になってもらう感じだけどな」
「その理由は?」
「サマエルが1番得意としている攻撃は毒や呪いといった状態異常系、呪いはいいけど毒を使われたら肉が食えなくなる。そういうのを防ぐためにも中距離で俺の足場役と後方支援を中心にしてもらうつもりだ」
「なるほど。では他のジラントさんとズメイさんは攻撃での支援という事か」
「ああ。だがこちらから聞いておくぞ」
「何だ」
「誰が潜ってあいつを仕留めるのか、決まってるんだよな」
最大の問題はそれだ。
モビーディック・ムーンの1番厄介なところはタフさだ。
巨大な身体、高すぎるHP、高い防御力に状態異常に対する耐性。
つまりモビーディック・ムーンは防御に全振りした究極の防御力お化けなのだ。
海中という事もあり攻撃方法は限られており、いろんな意味で防御力が高すぎるので一撃必殺でしか仕留める事が出来ない。
その一撃必殺で仕留める事が出来るのは海の中に隠れている腹部にある。
つまり戦闘中モビーディック・ムーンが起こす津波や渦潮の中を泳いでその弱点を突かなければならない。
メルヴィルは長い時間をかけてその弱点を発見し、300年前に共に仕留めたわけだ。
流石に個体ごとに弱点が違うという事はないと思いたいが、大きさが違えば狙う弱点の位置は変わる、さらに巨大であればあるほど見つけるのに時間がかかる。
いくらメルヴィルが見つけた弱点を知識で知っていたとしても正確にその弱点を突くのは難しい。
あの何百メートルと言う巨体で弱点となる場所は約1メートル程度の場所だ。
ぶっちゃけ見つけるだけでも時間がかかる。
しかも探知系のスキルでも全体を知ることは出来ても小さな弱点をとらえるスキルは現在判明していない。
よってスキル頼みで弱点を発見することは出来ず、経験と知識から弱点を発見するしかない。
弱点を見つけて確実に殺す役を人魚達の中から選ぶのは彼女の役割だ。
その危険な役を誰が行うのか知らずに勝負に出るわけにはいかない。
「それは私がやる。メルヴィルの子孫として」
ポーラ嬢ちゃんがまっすぐした目で言うが、俺は全く信じていない。
「それはただの意地か。それともちゃんと客観的な視点で見てか」
「どちらもだ。子孫として先祖に頼りない姿を見せるわけにはいかないし、この日のためにモビーディックを仕留めてきた。モビーディック・ムーンも必ず仕留めてみせる」
「どれくらいの規模でどれくらい大きさのを仕留めた」
「私1人で950メートルの若いモビーディックを数匹、10人ほどのメンバーで1200メートルのモビーディックも仕留めたことがあったが、どれも若い個体だ」
「……悪いがメルヴィルと比べて経験が浅い気がする。あいつはムーンかそうでないかの間くらいの奴を1人で仕留めてた。もちろんあいつが50過ぎても捕鯨を続けてきたからこその技術と力なのは理解しているが、ちゃんとお前だけの強みはあるのか」
「ある。先祖の誇りと銛にかけて」
「…………ならせめてお前の銛と手を見せろ」
「分かった」
ドッグの近くにある整備された物置部屋に入り、1番目立つところに懐かしい物があった。
「あれ、メルヴィルの銛か」
「ああ。我が家の家宝であり、偉大な先祖を忘れないために飾ってある。ここにはモビーディックに挑んできた先祖たちの銛を保管している倉庫だ。私のはこれだ」
そう言って恥ずかしそうに手渡してきた銛は少し特別な銛だ。
メルヴィルが使っていた捕鯨用の銛は大きく固いアダマンタイト製の銛だが、ポーラ嬢ちゃんが使っている銛はミスリル合金だ。
「形だけは先祖同様に三又の銛なのだが、私は女で先代やご先祖様に比べるとどうしても力が弱いために軽いミスリルの銛を使っている。恥ずかしい事にな」
俺はそのミスリルの銛をよく見てみるとポーラ嬢ちゃんが握っているであろう場所に血の匂いがした。
海水の中にいるために匂いは薄いが確かに染みついている。
それにはっきりと握っていた部分が分かるほどに柄の部分が少しくぼんでいる。
それほどまでにこの森を握って漁をしてきたのだろう。
「お前、普通のクジラはどれくらい仕留めてきた」
「普通のか?普通のクジラなら年に平均で……35頭ほどか」
「いつから続けてる」
「10歳の頃からだ。運悪く私には兄も弟もいない。だから幼少のころから私は普通のクジラを仕留める事を努力してきた。いつかモビーディック・ムーンを仕留められるように」
「手記にメルヴィルがどうやってムーンの弱点を発見したか書いてあったか」
「いや、書かれていない。ただ大雑把にここでおよそ1メートル程度の範囲を攻撃しなければならないという記述だけだった」
「実はな、モビーディック・ムーンの弱点と普通のクジラの弱点は同じだ」
「お、同じ!?そんなことどこにも書いてなかったぞ!!」
「お前らはお前らでモビーディック・ムーンの事を神聖視しすぎだ。あいつらも殺して俺達が食うようにただのでかいクジラの魔物だ。その事に気が付いたメルヴィルはだからこそ俺に話を持ち掛け時間稼ぎを頼んできた。急所が同じなら勝てるという確証を持ち、実行した」
「………………」
「だから俺達はモビーディック・ムーンを仕留める事が出来た。俺の時間稼ぎと行動を注目させていたとはいえ確かに仕留めたのはあいつの捕鯨をしてきた技術と勇気だ。お前にあの巨大クジラを倒す勇気はあるか」
俺は聞きながら銛を返すように突き出すと、ポーラ嬢ちゃんは銛を奪い取りながらはっきりと言う。
「当然だ。私はポーラ・メルヴィル!偉大な先祖の跡を継ぐものだ!!」
「ならよし。それで就航予定は」
「明日だ。明日出港する」




