300年前の伝
人魚の国。
色々ぶっちゃけると人間が行けるのは首都以外の地上にある貿易拠点だけである。
その貿易拠点と言うのが今俺達が向かっている海岸の町だ。
その人口は人魚が半分、あとは人間かドワーフであることが多い。
獣人とも仲良くしているが距離的な問題もあまり見かけない。
それじゃ首都はどこよ?と聞かれたら海を指さすしかない。
人魚達の首都は海の中に建設されている。
イメージだけで言うなら竜宮城とか、SF系のアトランティスとかそんな感じ。
とにかく海の中に眠っている資源を元に建設されたという話だ。
さてここからが問題。
人魚の国の首都は海の中にあるので物理的に侵入するのが難しく、さらに水中で人魚と戦うというのは無謀。追撃とばかりに入国許可書がなければ即座に追放。
リブラほどではないが結構面倒な国なのだ。
「そんな国にどうやって行くの?」
「いや、国にはもう入ってる。一応この港町から一定の海が人魚の国だし」
俺達は現在その港町にいる。
ドワーフの国を突っ切って到着した港町は活気があり、あちこちから潮の匂いがする。
久々に潮の匂いを嗅いだな~っと思いながらもユウに言う。
「一応300年前に知り合った連中と会ってみるつもりだが……300年前だからな……」
「それって悪い人達?」
「悪いっていうよりは怖い人達だ。まぁ町の治安部隊みたいな人達だ。表沙汰にできないような事ばっかりやってるから怖がられてるけど」
「表沙汰にできないって……」
「まぁ規模は違うがポラリスの暗部みたいな感じだ。ただ問題は合言葉何だよな」
「合言葉?」
「そう。当時使ってたやつがまた使えるとは思えないけど、今使ってる合言葉を聞き出すのも結構面倒だ。レナの方は使えないだろ?」
「はい。あくまでも国同士のつながりを強めるため、ですので個人的に使えるようなものではありません」
「そうなると300年前の伝でも頼っていくしかないんだよ。これ食ったら行くぞ」
港町の海鮮丼を腹の中に収めながら言う。
「……よく生魚食べられるね」
「ちゃんと新鮮な奴だから食えるって」
ユウが海鮮丼を見ながら言う。
この世界醤油もあるから普通に美味いんだけどな。
でもこの世界の内陸部の人達は海鮮丼を食べない。
正確に言うと生魚だが、川の魚は火を通すのが常識だから仕方ないと言えば仕方ない。
飯を食い終わった後300年前に俺が世話になった連中の所に行く。
流石に300年前と同じところにいるとは思えないが……他に情報がないのも事実だ。
なので300年前と同じところに行くと、意外な建物が立っていた。
「ここが300年前にお世話になったところ?」
「そのはずなんだが……ずいぶん変わったな」
当時ただの集合住宅が立っているだけの場所に巨大な食品加工工場が出来ていた。
おそらく漁で手に入れた魚を加工していると思うが……マジでデカい。
当時この辺は俺が世話になった連中が住んでいるだけでこんな多くの人が集まるような場所は一切なかった。
それがいつの間にか超巨大な食品加工工場になっているのだから驚きを隠せない。
「おいあんたら、うちに何か用かい?」
工場を眺めていると門の所で受付をしている少し白髪の入ったおっさんが声をかけてきた。
少しだけおっさんの事を見て、一応世話になった連中と同じ人魚の種族であることを確認してから聞いてみる。
「なぁこの工場いったいいつからあるんだ?」
「あ?うちの工場は300年前からある老舗だよ。なんでも伝説のモビーディック・ムーンを仕留めたという鯨王が建設した工場だ。もしかして見学客か?」
「あいつそんな風に言われてるのか。なぁあんた、この言葉に聞き覚えがないか?」
「あ?言葉??」
「『我ら深海より深き者。狙うは純白の月なり』。この言葉を知って――」
「ちょっと待ってな。工場長に今連絡するから」
おっさんはそういうと黒電話を上げた。
どうやらここで問題なかったらしい。
「ねぇねぇ。今のなに?」
「あれが秘密の合言葉ってやつだ。300年前にまた漁に誘うときはこう言えって言われてたんだよ」
300年前に約束した言葉。
それがまだ生きているとは思ってなかった。
おっちゃんは電話を下すと俺に向かって言う。
「もうすぐお迎えが来る。ちょっとだけ待ってくれ」
「それにしてもまさか合言葉がまだ使えるとは思ってなかったよ。よく残ってたな」
「ここの門番をするときに最初に教えられることだ。いつか今の言葉を言われたときに今の社長に必ず伝えろってな」
「あいつ、そんな事言ったのか」
「なぁ何でその合言葉を知ってるんだ?もしかして盟友の子孫か??」
「盟友??」
何ともかっこよく伝わったものだ。
俺とあいつは酒飲み仲間のくだらない、非現実的だと言われていたことを実現してやろうとちょっと協力しただけだ。
「何だ違うのか」
「そんな風に一度も言われたことがないからそう思えないだけ。多分俺で合ってる?」
「不思議そうに言われちゃ説得力がないな。ほれ来たぞ」
おっちゃんがそういうと工場の奥から工場職員とは思えないきっちりとしたスーツを着たガタイの良いサングラスをかけた男が2人やってきた。
それを見てビビるユウ。
その他は体格良いな~ぐらいの反応であっさりと流す。
「君が例の合言葉を言った人か」
「そうだ。名前はナナシ」
「ではみなさんこちらに。社長が直接お話しします」
そう言われて工場の奥に通される俺達。
想像以上に丁寧な対応に少し驚きながら進むとユウは確認するように言う。
「あの、本当にこの人達でいいんだよね?この人達で合ってるんだよね??」
「合ってるはずなんだけどな……さすがに300年前と比べると色々変わるだろうしな……でもだいぶ柔和になったな」
「あ、あれで?」
「あいつらの種族元々体格に恵まれてるんだよ。人魚の中でも特に戦闘が得意な連中で、獣人の国に例えるならレナみたいに先頭に特化した種族だ。昔は見たまんまギャングだったのにな~」
「ギャングって何?」
「おっかない商売してる人達」
あの時は違法ギリギリの事も当然のようにやっていたのに、今じゃ足洗って工場でもやっているんだろうか?
なんて思いながら工場の奥に行くにつれてなんだか博物館みたいなところを通る。
博物館の中には300年前の資料とモビーディックを捕まえるときの当時の武器、船の模型なども飾られていた。
「何だこの博物館?」
「こちらの博物館は300年前、初代鯨王様の伝説を伝えるための施設です。当時使っていた銛や船の模型を代表にモビーディック・ムーンの模型もあります」
「え、あのクジラの模型もあるのか?かなりデカいだろ」
「はい。ですので残念ながら上半身だけの展示となっておりますが、資料を元に正しく再現したので当時のモビーディック・ムーンを再現できたと自負しております」
「ほぉ。確かによく似てる」
博物館を突き抜けるかのように吊るされたモビーディック・ムーンの模型はよくできている。
博物館の4分の3を占める巨大さにユウ達は驚く。
「こ、これ本当に仕留めたの?」
「仕留めたぞ。でもまぁ本物の威圧感に比べると少し小さく見えるけどな」
「大きさを想定。平均的なドラゴンよりも巨大であったと予想されます」
「なるほどね~。確かにこれだけ大きければドラゴンの仲間だと勘違いされるわけね」
「我々ドラゴンにだってできますよジラント様」
「マスターはやはり特別なのですね」
「ナナシ様はどのようにして子のモビーディック・ムーンを仕留めたのですか?」
「簡単に言うと俺がモビーディック・ムーンと戦って俺に攻撃を集中させている間に爺さんが一撃必殺で決めた」
「一撃必殺ってホント?」
「ホントホント。爺さん、メルヴィルが銛を持って急所をぶち抜いたんだよ。俺が気を引いてたとはいえ本当によく一撃で仕留めてくれたもんだよ」
モビーディック・ムーンはデカいというだけで脅威だ。
遠くから眺めている時は浮ているかのようにおとなしいのに泳ぐという行為だけで潮の流れを変え、近付けば泳いだ際に出る波が津波のように襲い、海中では渦を巻いて洗濯機状態。
そんな中をメルヴィルは泳ぎと今まで培ってきた技術を使ってモビーディック・ムーンを一撃で仕留めた。
同じことをやれと言われたら無理だ。
「やはりお詳しいのですね」
「そりゃ一緒に仕留めに行ったからな。もし墓があるなら墓参りもさせてくれ」
「分かりました。しかしその前に館長室にご案内します」
「そこに行けば話が出来るんだな」
「はい。もうすぐそこですのでもう少々お待ちください」
そう言われて黒服2人について行き館長室の前に来た。
「館長。お客様をお連れしました」
『通してちょうだい』
奥から声が聞こえ、黒服が扉を開けると巨大なデスクに腰かけた人がいた。




