砥ぎ師のおっちゃんとおばちゃん
寝台列車に揺られてドワーフの国の首都に到着した。
相変わらずあちこちで鉄を打つ音が響き渡り、武器を買いに来た冒険者などでにぎわっている。
「あ~着いた~」
「ここがドワーフの国なんだ……なんか色が黒いね」
「鉄製の家とか岩の家とかが多いからな。なんだかんだで戦闘民族みたいなところが多いし、人を殺せる武器を作れて一人前の国だし、血の気多い連中も多いからな」
機関車の中で固まった身体をほぐしながら俺はみんなが降りるのを待つ。
みんな大丈夫かな~っと思っているとネクストだけがちょっと顔色が悪い。
「大丈夫かネクスト?」
「……申し訳ありません、マスター。どうやら、乗り物に弱かったようです」
どうもそうだったらしい。
生まれて数ヶ月しか経っていないからなのか、はたまたそういう体質なのか分からないがネクストは乗り物に弱かった。
「気にするな。ネクストにとってほとんどの事が初めて経験する事なんだから」
「ありがとうございます。しかしこの国の空気は淀んでいます」
「それはエルフなら必ず通る道だな。どうしても鉄を打つために火を使うから空気が淀むらしい」
エルフがドワーフの国に行きたがらない理由の1つだ。
エルフは森に囲まれた場所で生まれ育つため木々のない場所を危険と感じて避ける。
そのためどうしてもエルフにとってドワーフの国は苦手意識を持つ者が多い。
だが別に仲が悪いと言うわけでもない。
お互いに得意な事、好きな事が違うだけなので喧嘩するほどではない。
駅から俺達はおっちゃんの店に向かう。
ドワーフの国は相変わらずのようで街並みはあまり変わらない。
石造りの階段、ごちゃごちゃした街並み、活気のある店。
あっちこっちで商人もしている女性のドワーフなどが呼び込みをする。
変わんねぇな~。
「それで、ナナシのいうおっちゃんってどこにいるの?」
「もうちょい先のさびれた店だ。本当につぶれてないといいんだが……」
さびれている理由はまぁ色々あるが、あのおっちゃん本当に生きてるかどうかちょっと心配になってきた。
先に魔剣の研ぎから頼もうと思ったが、ダメだったらどうしようかな……
そう思いながらあまり人気のない道を歩く。
その先には看板も出ていない研ぎ専門の店がある。
「なんだか……ボロっちぃね」
「やっべ~……マジで今もやってるかどうか不安になってきた。すんませ~ん」
俺が店に向かって言ったが返事はない。
「すんませ~ん!」
「ごめんねぇ~ちょっと待ってね~」
女性の声が聞こえた。
少し待つと店の奥から1人のドワーフの老婆が現れた。
その老婆の顔に俺は見覚えがあったし、老婆も俺の事を覚えていた。
「ナナシちゃん?ナナシちゃんかい!?」
「おばちゃん久しぶりだな!」
研屋のおばちゃんは身長差から尻を叩きながら再会を喜んでくれた。
しかし300年前に比べると皺も増えたしちょっと痩せた?
そう思っているとおばちゃんは2階に向かって声を上げる。
「あんた!ナナシちゃんが来たよ!」
「ナナシだ?あいつは当の昔に……」
「おっちゃん久しぶり!」
「……お迎えが来たか……」
「その反応はひどくないか!?」
「その話し方。まさか本当に生きているのか!?」
「生きてなかったら砥ぎの依頼に来ねぇよ!!」
俺が研ぎの話を口に出すとおっちゃんもおばちゃんもそっと寂しそうな顔をした。
どうしたんだろうと思っているとおっちゃんが手招きをしながら店に入れてくれる。
「とりあえず入んな。お嬢ちゃん達も」
招かれたので店に入ったが、以前入ったときのような雰囲気がない。
どの道具も埃をかぶっており、あまり使われていないことが分かる。
「それにしても死んだと聞いていたのによく生き残っていたな。300年も雲隠れしてたのか?人間にゃそこまで生きられなかったと思ったが……」
「300年前に死んだのも本当。そして最近生き返らせてもらった」
「生き返るって、そんなことできるのかい?」
「俺を生き返らせた神様曰くポラリスへの嫌がらせだそうだ」
「なるほど。あいつらちょうどナナシが死んだときから調子に乗ってたからな。まさか神様にまでそう思われるとは、ここまでくると誰にも止められないのかしれねぇ」
「それでおっちゃん。この間ドラゴンと一戦やり合ったときに使った魔剣の砥ぎを頼みたいんだが……出来るか?」
店の様子を見ながら言うが、多分ダメそうな気がする。
そしてその予想通りおっちゃんは首を横に振った。
「残念だが今の俺には無理だ。年のせいで目が悪くなっちまってな。100年前に店をたたんだんだ」
「うちの人も年だから仕方ないけど……ごめんねナナシちゃん」
「いや、年のせいなら仕方ねぇよ。他に魔剣砥げる人に心当たりないか?」
俺はそう聞くとおっちゃんはしばらく黙り込んだ後、静かに首を横に振った。
「残念だがいない。魔剣や聖剣と言った特殊な武具を作るどころか整備する者すらいなくなった。こう言っては何だが、伝説は本当にただの伝説として語り継がれるだけになっちまった」
「で、でもここはドワーフの国で、武器の国だろ?本当にいないのか?整備できる人」
「いない。息子も昔は俺の跡を継ぐなんて言ってくれたが、今はもうただの鍛冶師だ。普通に武器造って、普通に売って金にしてる。正直俺のような魔剣聖剣ばかり砥いでるよりもよっぽど金になる。俺達はもう時代遅れなんだとさ」
時代遅れか。
初めて魔剣を手に入れた時の事を思い出す。
あの時はとあるクエストである人物を殺せと言う内容だったが、その人物は魔剣に取りつかれていて真犯人は魔剣だったと言う所見殺しにもほどがあるクエストだった。
その魔剣は俺が手にした後無理やり手懐け、記念の一振りとして改良し、より強く多くの者を殺せるように改良し続けた結果、今も俺の腰にいる。
確かに平和な時代に魔剣のような人を殺すためだけの武器と言うものは求められないのかもしれない。
それに魔剣より聖剣の方が圧倒的に扱いやすい。
聖剣は様々な条件、例えばレベルが一定以上だとか、特定のスキルを所有しているのかなどの条件が揃えば誰にでも使用することが可能となる。
魔剣はそういった制限がない代わりにデバフがかかる。
デバフは様々で戦闘に大きく関係する。
魔剣によって攻撃力が上がる代わりに防御力が下がる、これは序の口で酷い物は本当に酷い。
例えば全ステータスを2倍に上昇させる代わりに意識なくなって暴走しているとか、そんなのが多い。
まぁ俺は何ともないんだけど。
ぶっちゃけ魔剣は人殺しさえできればいい。
前にも言ったかもしれないが魔剣はもともと戦争で活躍した騎士や英雄たちが使っていた武器。
それが勝手に意思を持ちまだ自分達は使える、戦場で使ってほしいと言う感情のようなものが呪いとして武器に残っているだけだ。
だから俺のように普通に武器として人を殺したりしている間は意外とおとなしい物だ。
「だがそうなると……覚えるしかないか。砥ぎ方」
俺がそういうとおっちゃん達は驚いたように俺の事を見る。
そんなに不思議な事か?
「いや、だって他の人に頼めないんだろ?それなら自分で出来るようになるしかない。ぶっちゃけおっちゃんがいれば研ぎは任せればって思ってたし、おっちゃんが年で出来ないっていうなら堂々と俺1人で砥ぐ事が出来る」
「だ、だが難しいぞ。相手は意思を持った魔剣。砥ぐ技術もなにも経験不足だろ?」
「だから教えてもらうんだよ。一から鉄を打つならともかく、砥ぎだけならそれなりに時間をかければ習得できる。誰もできないなら自分で出来るようになるしかない」
「…………」
「あなた」
おっちゃんは考えているようだが、おばちゃんは俺の事を任せてくれてるように感じる。
頭をバリバリかいた後おっちゃんは仕方なさそうに言った。
「仕方ない。お前の言うとおりだ。教えてやる」
「おねがいしま~す」
「ただし!俺が納得するまで続けてもらう。100年かかっても文句は言うなよ」
「分かってるよ。極夜やみんなの事を変な風にはしたくないからな」
そう言って俺は砥ぎの仕方を教えてもらう事にしたのだった。




