『色欲』の大罪
『色欲』の効果を付与した機材によりクローンエルフの生産は一気にオリジナルのエルフと変わらないまでの品質に向上した。
ただしクローンエルフと通常のエルフの違いは一応存在する。
1つは魔力が弱い事。
人間から見れば大したことないが、クローンエルフは通常のエルフの魔力量、つまりMPが半分程度である事。
2つ目は子孫を残せない事だ。
あらかじめクローンエルフの精子と卵子は遺伝子を操作されて奇形であるように設定されている。
つまりクローンエルフは子供を残せない。
この2つが大きな違いだろう。
今後このクローンエルフをどうするかはエルフの国次第だが、その結果どうなろうが知ったこっちゃない。
それよりも俺はここにある機材を使って最大の禁忌を犯してみたいと思っている。
サマエルに助手として手伝ってもらいながら俺はユウにその作業工程を見られていた。
いや、見張っているという言葉の方が正しい。
「サマエル、世界樹の樹液取って」
「どうぞ」
「…………」
使う材料は世界樹の樹液、セフィロトの果実、蟠桃の種、ユニコーンの角の粉末、ディアン・ケヒトの泉の水…………
どれも貴重であんまり無駄遣いしたくないんだよな~、素材取りに行くのマジで面倒くさい。
どれもこれも回復アイテムで有名な物ばかりだが、それらをすべて使って正しく調合するとできる薬が蘇生薬だ。
つまりこの世界ではできないと言われていた死に戻りが出来るようになる薬だ。
他のゲームなどではあって当たり前の薬だが、この世界では存在してはいけない薬であり、存在しているとゲームのコンセプトの1つである1度きりの人生と言うものが崩れてしまう。
そのためこの蘇生薬を製造できるのは『色欲』を手に入れたプレイヤーだけの特権だ。
と言っても当時『色欲』を手に入れたのは俺だけだし、現在はベレトが『色欲』を持っているが蘇生薬の開発に興味がないらしい。
まぁそれは俺も300年前は同じように作らなかったから同じだと言えるんだけど。
実はこの蘇生薬、素材の回収だけではなく今使っている機材をそろえるという点でも面倒な事が多いのだ。
今使っている機材は本当はクローン製造機などではなく、最上級の錬成工房だ。
この最上級の錬成工房、作るのにめっちゃ金はかかるしドワーフのお偉いさんと繋がらないといけないしと手に入れる工程が多すぎる。
プレイヤー個人で持っているとしても大抵は上級が限界だと思う。
俺にぶっ殺された賢者はこの最上級錬成工房を持っていたが、その時はホムンクルスの製造をしていたんだよな。
何でだろ?
「お、綺麗なピンク色になって固まってきた」
「ところで蘇生薬の色ってどんな色なんですかね?」
「さぁ?俺も初めて作るし、他に成功した奴なんて聞いたことないから知らね」
「ですよね……完成品なんて誰も見たことがありませんから」
「サマエルも見たことないのか」
「ありません。だって僕達には必要のない物でしたし、他の天使達だって他の個体が壊れたら新しい個体を投入すればいいって考え方の方が強かったですから」
「だよな……とりあえずこれで完成か確認してみるか」
液体が固まり薬と言うよりは某錬金術師の漫画に出てくる石のようなピンク色のいびつな石を確認してみると表示される。
――アイテム『蘇生薬』――
死んだ誰かを生き返らせる事が出来る。
「あ、出来てた」
「おめでとうございます!!世紀の大発明です!!」
サマエルはそう言いながらよいしょするが、実験が終わっていないため何とも言えない。
例えばこの蘇生薬、自分が死んだ際に自分に使用する事が出来るのだろうか?自分自身で持っていても誰かに使用してもらわないといけないというのであれば微妙なところだ。
その辺りの実験をこなさない限り本当に使えるのかどうか実験しないと。
「どうやって実験してみるかな……誰かに持たせて殺してみるか?」
「このクローンたちを使うべきでは?殺しても問題ありませんし、効果の確認もできます」
「それもそうだな。こういう時クローンは便利でいいな」
「それじゃ今度1体もらって実験してみましょう」
そんな俺達の会話に頬を膨らませているのがユウである。
俺はため息をついてからはっきりと聞く。
「ユウ。何が気に入らないのか分からないがはっきり言ってくれないと分かんねぇんだよ」
「…………なんとなくヤダ」
「なにが?」
「そのクローン?っていう子達の事を物みたいに扱ってること」
そう言いながらさらに頬を膨らませる。
サマエルは不思議そうに首を傾げ、俺は何となくだが共感できなくもない。
多分ユウは俺が人に対して優しく接しているところしか見たことがないからそう感じているのだろう。
だが俺から見れは俺はこんなもんだ。
元々はゲームだから、と言う免罪符があったがすでにこれが現実であると分かっていながらクローンの製造を止めようとしない。
むしろどのように利用するかを考える。
元の世界なら狂っていると言われても否定できない事だ。
でもこの世界では、いやこの国ではそれが認められている。
「そうだな……他の連中から見れば頭おかしいという奴の方が多いだろうな。でも俺はこれを止めるつもりはないし、止める権利もない。仮に権利を持っているとすればこの国のエルフ達だろう」
「それじゃ他のエルフの人達に言う?」
「やめとけ。たとえ自分自身の血を使っているわけじゃなくても人工的に作られたエルフを犠牲にしていた、なんて聞いてどう思うかは分からん。お前のように良くないという奴もいるかもしれないが、それで自分たちが守られるのなら、と思う奴だっているかもしれない。余計な混乱を招くだけだ。部外者は黙っている方が賢い」
「む~」
「……それでも言いたいのであれば革命だな」
「革命?革命ってどうするの?どうなるの??」
「革命を起こすっていうのは簡単に言えば武力で自分のしたい事を押し通すことだ。大義名分を前に出して、内乱を起こす。味方同士で殺し合うしょうもない最低の喧嘩だ。俺は革命をそんな風にしか見ていない」
「それって悪い事なんじゃ……」
「だが革命に成功すればクローン生産は中止させる事が出来る。本当にそれを実行するかどうかはそいつ次第だ。大きな犠牲を出しながらもダメな事はダメと戦いを挑むかどうか、自分で考えな」
俺は他国の事、正直ちょっと興味があるだけの外国に対してそこまでの感情は持っていない。
遠い国の誰かが困っている。
大変だね~、悲しいね~っと同情しているふりをするのは簡単だ。
でも本当にそう思っているのなら行動すればいいし、行動しなければ口だけだ。
俺はそう思っている。
だから俺はエルフの抱えている問題に対してあまり首を突っ込まない。
今回は手土産として奴隷になっているエルフを奴隷商から奪ってきたがそれ以上の事はしない。
特にクローン問題なんて国際的な問題に首など突っ込んでたまるか。
「……意地を通すために暴れるか、おとなしくしてるかって事?」
「俺に言わせてみればな。ま、その辺は歴史の教科書でも読んで勉強しな。さすがにそんなことまで教えられねぇよ。あとサマエル、どうせなら蘇生実験に使うクローンエルフを1体購入ってできるか?」
「え、多分できるとは思うけど……買ってどうするんですか?」
「俺好みに魔改造する。と言ってもエルフの身体にちょっと改造して魔力量を増やしたり、身体能力や知能レベルを上げておくくらいだ」
「魔法を使う人と言う意味ではジラントちゃんがいるから魔法メインの子は十分だと思いますけど」
「なら回復系にしようぜ。うちのパーティー回復役いないから」
「回復役……要りますかね~?」
サマエルは首をかしげているが回復役はゲームじゃ必須ポジションだと思うけど?
レベル差がありすぎて回復必要ないと言われたらそれまでだけど。
それでもサマエルはクローンエルフの購入のために研究所を出て行った。
その間蘇生薬の量産及び材料をより簡単に手に入るもので代用できないか考えていたが、ユウに突かれる。
「どした?」
「……ナナシは悪なんだよね」
「そりゃそうだ」
「なら、正義がどういうものか分かる?」
「…………」
これまた何といえばいいのか分からない事言うな。
正義と一言で言ってもどのようなものがそれに当たるのか俺にはよく分かっていない。
困っている人を助けるのが正義?
悪人を倒すのが正義?
罪人を裁くのが正義?
正直どれも俺にとってしっくりこない。
きっとこの世界に本物の正義なんてものはないと心の中でそう思っているからだろう。
子供から大人になる過程で綺麗な物よりも汚い物の方が目に行くようになった。
誰かの動きを善意ではなくただの計算で動いているように見える。
そんな風にひねくれてしまったのはいつからだったのだろう。
「悪い。やっぱ分かんねぇわ」
「そう……」
「でもまぁ人間にできる最大の正義はこれかな~っていうのはある」
「それって何?」
「誰かを傷付けない事。それしか思いつかなかった」
「誰も傷付けない……」
「人間ってやつはどこまでも繊細でな、ちょっとした何気ない言葉でも簡単に傷つくんだ。肉体的に、精神的に傷付けないようにするのは、正義なんじゃないかな……」
俺も考えながら言うので正直あやふやだ。
悪に関しては簡単に誰もが指をさしていえるだろに、正義や善と言うものになると言葉が見つからない。
本当に正義と言う奴は面倒だ。
でもユウは俺の言葉を何度も繰り返して自分で考える。
それでいい。
誰かの答えに共感するんじゃなくて、そこから自分の答えを考えろ。
どうせ人の感情と言うものはあやふやなんだ。
好きなだけ考えればいい。
好きなだけ考えて、自分だけの答えを出してほしいな。




