少年のスキル訓練
その日の夜のうちにおっさんの部下たちは闇に紛れながらギルドに帰っていった。
今ならポラリスの警備は薄いし、ザル状態なので簡単に抜けられるそうだ。
そんな密猟組で残ったのはおっさんと少年だけ。
少年は俺が引き留めたので当然だが、おっさんは保護者として残った。
信用がないから当然と言えば当然だけど。
「という訳で、初心者向けレベリングと暴食の制御訓練を始めます。礼」
「「お願いします」」
ノリの良いユウは少年と一緒に言う。
それを見てレナは欠伸、おっさんはまだ不審な目で俺の事を見ている。
「では初めに少年の暴食の制御から訓練を始めます。と言っても制御方法に関しては慣れが1番大事だから途中からは実戦方式でやるからその時は気を付けてな」
「先生!暴食の制御について教えてください!!」
「積極的なのは良い事だ少年。では暴食の制御はぶっちゃけ覇気系の制御と同じだ。全身を覆うオーラを手や足に集中させるだけ。口で言うのは簡単だがこれが結構難しい。最初は失敗するだろうけどその時はすぐ手を掴むから思う存分失敗しな」
「はい!」
と言ってもまぁぶっちゃけ本当はこんな事をする必要はあまりないのだが。
今回はいきなり暴食と言うチートスキルを最初に手に入れてしまったからこその授業と言っていい。
先程言ったように暴食の原理としてはオーラ系のスキルと変わらず全身を覆う攻防一体のスキルだ。なので本当は扱いが簡単な方と言える。
どうしてそのように言えるのか、それはオーラ系のスキルは初期に手に入れる事ができるスキルの1つだからだ。
もちろんレベルが低いうちはぼんやりと全身に膜みたいなのが出来ている程度の物で、攻撃力と防御力が誤差程度に上昇するだけ。
だがレベルが上がっていくとそれなりに強固になるし、オーラを自由に操れる様になればオーラを伸びる手足のように使う事だって出来る。
まぁそんな風にオーラを操るのはかなり難しいが、制御して足の裏だけオーラを回さない様にするのは簡単な方だ。
だがそんな初期スキルも持っていない少年がいきなり最強のスキルの一角を手に入れた。
幸か不幸か分からないが苦労するのは目に見えている。
と言う訳で始まった少年のスキル訓練。
最初のうちは前みたいに地面を食べてしまい落っこちるを繰り返していたが、すぐにONOFFはできるようになったので尻もちで済んでいる。
「う~、上手くいかない……」
「ぶっちゃけると最初はオーラって言うスキルを覚えるからそれで練習出来てたら良かったんだけどな……」
「そうなの?」
「少年はいきなり強力過ぎる力を得た。苦労しているのはそのせいだ」
「それじゃ兄ちゃんも苦労したの?」
「いや。本当に最初の最初だけだ。既に覇気は使いこなしてたから特に苦労しなかったな。比較的使いやすいスキルだったし」
「え~、それなんかズルくない?」
「ズルくない。俺は最初っから大罪スキルを持ってた訳じゃない。ズルいのは少年の方だ」
そう言ってもよく分からないという感じで繰り返し足に暴食の効果を伝えないように練習を繰り返す。
普通は全身に纏うオーラを維持するのが最初のスタートなのだが、いきなりオーラをコントロールしろと言われているのだからこの難しさは仕方ないのかも知れない。
で、そこで自分は何をするんだろうと期待しているユウには悪いが、お前はあんまりコントロールするメリットはないだろ。
と言うかお前オーラ系のスキル持ってたっけ?
「ユウ。お前オーラ系のスキル持ってたっけ?」
「持ってるよ!!ほらこれ!『勇気』!!」
――スキル『勇気』――
美徳系スキルの1つ。
自身にレベルによってより強固になる強力な覇気の膜を纏わせる。
他者の心を奮い立たせ、勇気を与え少し強くする。
精神状態異常を無効化する。
「これ英雄覇気の亜種じゃね?あんまし強くは無いような……」
「え!?で、でもこの精神状態異常を無効化するのは強いよね!!」
「確かに有用な能力ではあるが、ぶっちゃけ英雄覇気に精神状態異常無効をくっつけただけだ」
「で、でも強いでしょ?」
不安そうに言うが確かに強いとは思う。
だがどんなスキルも状況によって扱いは変わる。
「ユウ。状態異常無効を持ってるのは誰?」
「え?ナナシしか持ってないよね?」
「それじゃ次に俺達のパーティーは何人だ?」
「…………3人……」
「たった3人を強化した所で意味ないから。しかも俺もレナも状態異常に対して高い抵抗力あるから」
「な、何で!?レナは精神状態異常を無効化するスキル持ってないのに!!」
「レナは常に覇気を纏っている。あの状態だと常にMPを消費するからあまり使えないが、そこを『覇気操作』でMPの消費量を軽減してる。上手い事考えたよ」
「もしかして、覇気って結構万能?」
「種類にもよるけど万能だな。レベルの高い奴が覇気を纏えば大抵の状態異常系攻撃は無効化出来るし、目に見えない鎧を常に着ている様なもんだ。それが弱い訳ないだろ」
「そ、そんな……」
「それにダメ出しすると精神系の状態異常だけって言うのはかなり中途半端だ。状態異常全てなら強いと思ったけどな」
ここまで言うとユウは崩れ落ちた。
でもまぁそれなりには強いと思うよ。
でもやっぱりどうせなら状態異常無効の方が楽だし、精神だけだと火傷や毒、麻痺などは防げないからな……特に石化とかは厄介だし。
人の捉え方にもよるが、混乱や魅了、怒り、眠り、気絶などの精神系状態異常の方が多い。
物理的な状態異常は毒、麻痺、火傷、石化と種類が少ない。
それに物理的な状態異常は鎧などの装備によっていろいろ調整が出来るので精神系状態異常の方を怖がるプレイヤーの方が多かった気がする。
例えば火傷や毒なら肌をさらす部分を少なくすれば1回くらいは状態異常にならない事が多い。
これは文字通り服が毒などから身を守ってくれた事を指す。
と言っても対策しやすいだけでモンスターによっては噛みついて直接毒を流し込んできたり、魔眼系スキルで物体とか関係なく状態異常にしてきたりと相手による。
あとは環境ダメージ。
暑い場所で砂漠地帯の人が来ているような服を着れば熱ダメージを軽減できるし、寒い所でちゃんとダウンなどを着ていれば寒冷ダメージを受ける事はない。
ちなみに状態異常無効はそれらの状態異常、物理状態異常無効、精神状態異常無効、環境状態無効の3種類を統合して生まれるスキルだ。
この辺初心者は物理と精神の2つで取得できると勘違いしているのが多いのでそこは注意しよう。
まぁこんな事言ってもそこまでする奴は滅多にいないけどね。
俺はソロプレイヤーだったから1人で対応するために解毒剤とか状態異常無効系の薬を全部持ち歩くのは非現実的だったから、全ての状態異常無効系スキルを手に入れる事にしただけだ。
実際そのおかげで持ち物はうんと減ったし、どこに言っても今の完全装備のまま冒険が出来た。
状態異常無効にするにはかなり時間掛かったけど。
それに普通はパーティーを組んで必ず状態異常を治す人は普通はいるから。
いない俺が異常なの、お分かり?
「兄ちゃん何泣いてるんだ?」
「ちょっとね、自分で言ってて悲しいな~って思っただけ。いや自業自得なんだけどさ」
「ふ~ん。うわ!?」
あ、また落ちた。
でも何度も落ちている事でONOFFに関してはすぐにすぐに使えるようになったようで何より。
いざって時にスキルを使用するのが遅くて死にました、はあまりにも情けない。
なんて思っていると少年が聞く。
「ところでさ、間違って土を消す度に体力が回復してるのは何で?」
「あ、それが『暴食』の効果だ。ありとあらゆる物質を食べればHPが回復して、魔力を食らえばMPが条件なく回復し続ける。これが1番のメリットかな」
「えいちぴぃ?えむぴい?」
「あ~……生命力は食べれば食べる程増えるし、魔力を食べれば食べる程魔力が増えるって事だ」
「土でも?あと魔力を食べるってどうするんだ??」
「こんな感じ」
俺はいきなり少年にしょぼい魔力攻撃をすると、少年は慌てて魔力に触れた。
ちゃんと『暴食』は発動していたみたいで魔力はあっさりと捕食された。
「それが魔力を食べるって行為だ。ぶっちゃけ状態異常系の魔法以外はほぼ無敵だぞ」
「そ、そうなの!?」
「そうだ。ただし暴食の弱点を教えておく。これも重要だからな」
「こんなに強いのに?」
「完璧なスキルなんてこの世のどこにもないんだよ。良いか、暴食の弱点は触れないといけない事だ」
「……触れる?触ればいいの?…………それそんなに大きな弱点に聞こえないけど……」
「いや、意外とデカいぞ。それじゃ聞くけど鬼ごっこした事あるか?」
「そのくらいした事あるよ」
「それじゃ足の遅い奴が足の速い奴を捕まえるのどう思う?」
「それはもちろん……あ」
「気付いたみたいだな。そういう事だ」
必ず触れないといけない。
つまり相手に攻撃するなら必ず近付かなければいけないという事。
どのように相手に接近するかはそれぞれのやり方によるだろうが、もし自分が相手より足が遅いのであればいろいろ工夫しなければならない。
相手を自分の思う方向に誘導するとか、気付かれないように接近するとか、まぁ色々だ。
「それじゃ……足が速くなるよう頑張らないとダメ?」
「それも手段の1つではあるが、頭も使えよ。それからさっきのは良かった」
「え?」
「さっき俺が魔力弾で攻撃した時ちゃんと手にだけ暴食使えてたぞ。その調子でうまく使いこなせるよう頑張れ」
無意識だったのは分かっているが、それでもがんばれよ~少年。




