聖域
聖域はポラリスから見て南西の草原が聖域に指定されている。
草原が6割、林が3割、残り1割が大きな湖となっている。
大きさは大体四国くらいでかなり広大だ。そこに様々な聖獣と呼ばれるモンスターが穏やかに暮らしている。
ぶっちゃけ聖獣と魔物の差は人間に有益であるかどうかくらいの差しかない。
1番多いユニコーンは最も薬の材料になりやすいし、他の聖獣に関しても有力なアイテムを作れるからくらいの理由だ。
そして必ずいる密猟に関しては闇ルートで高額で売買されているからだ。
正規の値段で販売されている聖獣の素材を使用した薬は非常に高価で王族しか買えない。
貴族や大商人であったとしても買うためには全財産を投資しなければならないと言う噂まである。
それなら闇ルートで素材を買い、自分達で作った方が安くなるため需要は結構高い。
「でもポラリスだって黙ってみてる訳じゃないでしょ?」
「そりゃそうだ。貴重な収入源の1つだ。黙ってみてる訳がない」
俺は愛車にサイドカーを取り付け、俺の後ろにユウ、サイドカーにレナが座る形で爆走している。
北から南西まで結構距離があるので愛車をかっ飛ばしているが、このポラリスの領域内では結構目立つ。
なんせポラリスの首都から離れれば離れる程田舎になっていくのは当然だが、貧富の差が激しい事は見て分かる。
無理矢理現代の言葉で例えるなら、平民は社会主義、上流階級は資本主義みたいな感じで階級によって扱いが変わる。
平民と呼ばれる彼らはとにかく農業に力を入れさせ、小麦などを大量に生産させる。それを国で買い取りパンにして配る。
金に関しては非常に少ない額で支払われるが食ってはいけるので不満は今のところ見られない。
それに田舎過ぎて金を使う場面が非常に少ない事も理由だろう。
服は自分で作るか古着を直して着るのが一般的だし、薬屋だ、雑貨屋だ、宿屋だ、なんてものは一切ない。
ぶっちゃけ村の中で農業をする事と神に祈りを捧げる教会しかない。
本当に何もない。
「……こうして感情を持ってポラリスの村を見てみると、本当に何もないね」
「あるのはパンと水だけ。肉なんて年に1回食えるかどうかくらいじゃないか?」
「前に行った所はギルドとかあったけど、どうしてこの辺りにはないの?」
「聖域が近いからだよ。あくまでも300年前の知識だが、まだ聖獣を普通に狩っていい頃はこの辺にもギルドがあって結構人の出入りが激しかったんだが……聖獣を狩り過ぎていつか絶滅するんじゃないかと噂されるようになってからギルドも冒険者も近付かなくなった。その後取り仕切っているポラリスの介入とかでこの辺にはギルドはないんだろ。それに魔物が出て倒して欲しいと言う金もないこんな村じゃ依頼も出せないだろうよ」
俺がただのプレイヤーであった頃はもっと盛り上がっていたんだけどな……
ギルドがあって、プレイヤーやNPC達が集まってどんちゃん騒ぎ。そんな頃もあったんだけどな。
「ポラリスの聖獣独占のせいであちこちに影響が出ています」
「え、マジ?」
「はい。治療に必要な物に聖獣の力を利用した薬などが使用できず、死に絶える者が急増したのです。こちらの調べではすでに聖獣はかなり数を増やし、そろそろ溢れ出るのではないかと予想しています」
レナが面白い情報を提示してきた。
「それって正しい情報か」
「我が国の調査団による結論です。草原にはかなりのユニコーンが草を食んでいたとの事です。他の聖獣に関してはもう少し様子を見ておきたいと報告されていましたが」
「となると、どうやら聖域はユニコーン牧場に変わってるみたいだな。それなら少しくらい間引きしても問題なさそうだ」
俺は唇を舐めながらユニコーンをどう食べるか想像するのだった。
――
聖域の近くに到着した俺達はこれからどう侵入するか相談する。
「さて、どう忍び込むかな」
「やっぱり忍び込むんだ」
「当然です。ここはポラリスが管理している土地ですから、完全に不法侵入です」
レナがきっちりツッコミ入れるな。
俺には『傲慢』と『森羅万象』によってどこに誰が居るのか分かる。
と言ってもビーコンのように表示されるのでそれがポラリスの騎士なのか、それとも密猟者なのかは分からないが。
「……多分これいくつかの集団に分かれてるな」
「どれくらいの集団ですか?」
「10人の集団が6組、5人の集団が1組、あとは境界線の上に100人の集団と30人の集団が固まってる」
「10人で1組……それポラリスの騎士達かも」
「そうなると5人の集団は密猟者か?ポラリスの連中がいるのに頑張るもんだな~」
索敵担当はいるだろうがそれでもポラリス相手に挑む連中が居たのは驚きだ。
俺みたいに圧倒的なレベル差があるのならともかく、同じ、もしくは低かった場合はあっと言う間に討伐されてしまうだろう。
「レナさん。密猟者って頻繁に出てくるものなの?」
「少し前まではいましたが、最近だと珍しい方です。ポラリスがおそらくナナシ様の事を警戒していると思われるので聖域に力を注いでいるのはそれが理由だと思われます」
「警備が強化された状態なのに侵入する、か。金のためなのかどうか分からないが、こっちはこっちであいつらよりも派手に動く事になるだろうからこっちはこっちで気を付けるぞ」
「ちなみに見付かったら?」
「口封じに全員ぶっ殺す」
「それはそれで見付かる気がしますが、仕方がありませんか」
「ちなみにユウは殺さなくていいぞ。レナに殺させる」
「……うん。分かった」
ユウはまだ人を殺すことにためらいがある。
それが普通と言えば普通だが、この世界では自分の身に危険がせまったら相手を容赦なく殺す世界だ。
ぶっちゃけユウはその中で異端と言ってもいいくらい人を殺すことをためらう。
どっちかって言うと元の世界の住人に近い感情を持っていると言っていいだろう。
魔物相手になら遠慮なく殺せるのに、やっぱり人と獣の差か?
そう思いながら『傲慢』と『森羅万象』の同時使用でポラリスも密猟者もいないルートを選出し聖域に侵入する。
先に進むが辺りにはすでに聖獣たちがおり、やはり普通の森とは違う雰囲気が出ている。
聖獣と言っても大きさは様々で小さなリスの様な聖獣が俺達の様子をうかがっていた。
「……何かに見られてる?」
「多分見てるのは聖獣たちだ。あまり気にしなくていい」
「でも私達聖獣を狩りに来たんでしょ?気にしないっておかしくない?」
「聖獣って言っても狙うのは増え過ぎたユニコーンだけだ。どうせ狙うなら多い方が良い」
「そういう物かな?」
ユウが不思議そうにしているが所詮こんなもんだ。
それにあんな小さい聖獣食っても腹の足しにもならない。
まぁ暴食の条件を満たすにはあのくらい小さいのを乱獲するのも悪くないが、マジであれくらい小さいと回復系消耗品アイテムにもならないからな……
俺達は森を抜け、草原に出ると居るわ居るわユニコーンの群。
これだけ増えていたら狩り放題になるのは当然だし、管理しきれないのも納得だ。
これは良いと思いながら俺はユウに指示を出す。
「ユウ。これはお前の経験値稼ぎでもあるからお前がやれ」
「それは良いけど……どうすればいいの?」
草むらに隠れながらそっと話す俺達。
レナは美味そうだな~っと言う感じでユニコーンたちを眺めている。
だが殺気や食欲を一切感じさせないのは流石だ。狩りの基本は当然抑えている。
「レナ。警戒心が1番薄い奴はどれだ」
「そうですね……あのユニコーンがおすすめです」
レナが指を差して教えてくれたユニコーンは少し遠いがのん気に草を食んでいるので丁度いいかも知れない。
「ユウ。レナが教えてくれたユニコーンに向かって魔法で狙撃しろ。一撃で仕留めるんだ」
「一撃って……やっぱり心臓?」
「出来れば顔、正確に言うと目玉の所を狙うと良い。食える部分が多く残る。でも角には当てるなよ?あれ回復アイテムの中でもかなりの上位だから」
「……初心者には難し過ぎる注文だよ……」
文句を言いつつも指先でレナが教えてくれたユニコーンの頭を捕らえ、呼吸を落ち着かせながら指先から光の魔法を使った。
光の魔法はユニコーンの頭を撃ち抜き、他のユニコーンたちは突然仲間が死んだことに驚いて散らばって逃げだす。
その間に俺は空間魔法で死んだばかりのユニコーンを回収し、アイテムボックスにしまった。
「これで良し。逃げるぞ」
「え?もうおしまい?」
「1日1頭倒せば十分食える。あとは拠点の確保をした後に飯にしよう」
狩り生活1日目、順調な出だしである。




