ネクスト対『吊るされた男』後編
男の特に厄介なところは純粋な防御力と馬鹿力だ。
まずはあの防御力を突破する方法を見つけ出さなければいけない。
現在のように毒だけでは決定打を撃つことは出来ないだろう。
ベレトのようにその場で毒を調合することなど、スキル構成的にもそんなことは不可能だ。
そうなると技の技術、もしくは純粋に力で押すか。
今の攻防で分かっている事だが力で押すのは不可能だ。
力で押す事が出来るのであればとっくに対応できている。
そうなると技を今まで以上に鋭くさせるしかない。
その場合普段以上の集中力が必要となる。
何より時間がかかる。
ナナシから教えてもらったルーティン。
決まった所作をすることで集中力を高め、技の精度を高める事が出来る所作。
それは人によってそれぞれで、人によってどのような所作で集中力を上がるかは変わる。
ネクストの場合はそのルーティンが非常に長い。
所作も複雑で15秒ほど時間がかかる。
スキルの効果で相手の意識がこちらに向いていなければ5秒くらい距離を置けばできるだろう。
だが今回は相手が悪い。
15秒稼ぐ前に追いつかれて攻撃されてしまうだろう。
だからまずは確実に15秒稼げるだけの作戦を作る。
その後技を最大の力を発揮できる状態でその攻撃を確実に当てる。
言葉にすれば単純だが、相手が悪いだけに難しい。
何せどんな状態異常も強制的に感じない状態にされるのだから厄介だ。
その状態でどのように突破するかと言われれば、さらに強力な麻痺毒を使うか、拘束系の魔法を使うしかない。
取り合えず魔法系から試してみる。
ネクストは男を風の檻に閉じ込めた。
もちろんただの檻ではなく、風に触れれば切り刻まれる風の檻。
だがそれは普通の人間の場合だ。
普通ではない男は風の檻など無視してまっすぐ走って噛み付こうとする。
後ろにジャンプしながら様々な拘束系、そして防御系の魔法を壁代わりに使う。
光の拘束系魔法は地面から光の鎖が現れ、手足を拘束してつなぎとめる。
その次に炎の檻を出し、そして土の壁で男を覆った。
そしてダメ押しとばかりにベレトからもらった最も強力な麻痺毒を塗った矢を放つ。
流石に拘束魔法3つは引きちぎるのに時間がかかるのか、これなら15秒稼げるかもしれない。
そう思いルーティンを始めようとすると、土の壁が勢いよく破壊され、それが散弾のようにネクストを襲った。
予想外の攻撃に土の破片がネクストに食い込み、大きな打撲を作ってしまう。
何事かと思って男を見ると、オーラに近い何かが身体からあふれていた。
オーラのように体を包んでいるものの、なんとなく覇気やオーラとは違う雰囲気。
何より男の表情が明らかに異常だ。
血走った眼に、口からダラダラと垂れる涎、真っ青な表情。
明らかに異常としか言いようがない。
それなのにオーラからはすさまじい力を放ち、ナナシ達とそう変わらない実力を感じる。
ネクストは危険だと感じた瞬間、男はネクストに向かって襲ってきた。
身を守ろうとするのをやめ、距離を取ろうとした瞬間に男は目の前にいた。
先ほどよりも明らかに速い移動に防御から逃げようとする前に攻撃が届く。
届いたと言っても指の先がほんの少し肩にかすっただけだが、それでも大きな衝撃がネクストを襲う。
たったそれだけの攻撃がネクストを激しく回転させる。
かすっただけなのにきりもみ回転しながら地面に激しく激突した。
意識が飛びそうなほどの衝撃に必死に耐え、起き上がろうとするときにはすでに男が拳を振り上げていた。
ただの移動では間に合わない。
風魔法を使って自分自身を砲弾のように飛ばして緊急回避する。
適当に飛ばしたので上空に自分自身を放り出しながら男を再確認する。
男の表情はさっき確認したように明らかに悪い。
普通ならとっくに倒れているであろう状態異常でなぜあそこまで動けるのか再び考える。
いくつかの可能性を考え、導き出した答えはナナシの言っていた非常に稀なスキルの事を思い出した。
そのスキルの種類は『逆境』系。
簡単に言えば自身が不利になればなるほどスキルの力が増すスキル。
ナナシが言うには自信が状態異常になった際に効果を発揮したりするスキルがあるらしい。
ただしそう言ったスキルを得た場合、『状態異常無効』系のスキルは邪魔になってしまうのでその辺りは使用者次第だという。
防御ではなく攻撃に特化するという面では優れているが、防御及び長期戦には向いていないスキルだと聞かされていた。
仮にそのスキルを持っていた場合、今までと違う急激なパワーアップにも納得が出来る。
おそらく男は逆境系スキルで毒を受けて力を増したのだろう。
そして男の足の傷、火傷の後もパワーアップに関係しているかもしれない。
ナナシの言う逆境系スキルは自身の治療を後回しにする代わりに非常に攻撃的であり、使い勝手が悪い。
何せ状態異常になり続ける必要があるのだから、常に自分を傷付けているようなものだ。
状態異常になっていてもそれを治せば力は出ず、放っておいたとしても体力がギリギリまで削られていくのは恐怖だろう。
そうなると毒などによる長期戦が最も楽なやり方かもしれないが、それでも自分で倒すとレナに向かって言い切ったのだから言ったのだから、自分で決めたい。
ネクストは空中で再び自分に風魔法を使い更に上空へ向かう。
十分な高度を得たネクストは痛みに耐えながらルーティンを始める。
空中で落ちながら、目を閉じてルーティンをしながら確かに男を確実に倒すイメージを強める。
手を頭の上に伸ばし、ゆっくりと落としながら呼吸を整える。
その後も拳を作って腕を引き、またゆっくりと前に出す。
ルーティンをしているとさっきできた痛みが他の事に集中している事で紛らわされる。
そして男を確実に倒すイメージを作りながら落ち続ける。
男の方もネクストの事を見逃していないのか、空中に向かって思いっきりネクストに向かって特大ジャンプした。
男が確実にネクストを殺そうとしているのに、敵対者の顔もはっきりと見れなくなり、まるで世界に自分一人しかいないかのような、そんな錯覚を覚える。
男が迫ってくるなが、ネクストはゆっくりと目を開け、右手の短剣に風の魔力を乗せながら強く握りしめた。
「剣技、『かまいたち』」
ネクストがナナシに教えてもらった魔法剣技、『かまいたち』。
風魔法を完全に制御し、目に見えない刃が短剣に纏う。
ネクストの身体は風よりも速く、男の目に映ることなく隣をすり抜けた。
男はネクストを見失い、空中で探している時にはもうすでに地面に降りている。
小さく、短く息を吐き出したネクストは、確かな手ごたえを感じた後元の仕事に戻る。
男を殺したという確かな手ごたえがネクストにあった。
男はネクストを見つけて、倒そうと地面に降りる前に、視界が落ちた。
男は奇妙な視界の落ち方に違和感を持ち、首を動かそうとしても動かない。
その代わり男は落ちながら気が付いた。
今目の前に映っているのは自分の身体だと。
魔法剣技『かまいたち』。
これはナナシがスピードに特化した攻撃は出来ないかと模索して作り出した技だ。
最も早い攻撃は光魔法だが、自分自身の移動という点で考えると最も早いのは風魔法を利用した攻撃である。
限界まで風魔法で加速し、相手に気付かれる事すらなく首を斬り落とす。
そして斬られた相手は斬られた自覚はなく、数十秒後にようやく斬られたことに自覚するのだ。
かまいたちとナナシが名付けた理由は、妖怪の鎌鼬から来ている。
現在では自然現象、つまり風によって切り傷が生まれる現象の事を指すが、それ以前はかまいたちという妖怪が行っていたと言われていた。
その妖怪が持っている鎌に斬られても人間は気付かず、いつの間にか斬られている事に気が付く事が多かったらしい。
そこから名前をもらって剣技として定着させた。
そして男は後から斬られたことにようやく気が付き、意外にも穏やかな表情をしながら落ちたのだった。




