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光の神、現る

 深夜、ユウは教皇に言われた愛されているっと言う意味を考えていた。


 もちろん愛について知りたいという最初の目的は忘れていないし、今も理解できていないので知りたいと思っている。

 だがあくまでも知りたいのは自分が誰かを愛するという感情だ。

 自分が愛されているという視点から考えたことがなかった。


 愛し方を知らないのに愛されているという状況に気が付く事が出来ないのは当然だと思う。

 だがナナシがユウを愛しているという点に関してはいくつか疑問がある。


 1つは他の女性達、レナ達のように抱かれていない事。

 ナナシは好きだと女性に対して必ず性行為を行っている。

 しかしユウにはそういった事は一切しない。

 ナナシにとって性行為をする相手こそ愛している相手ではないのだろうか?

 だからレナやベレト達の事を愛しているのは間違いない。


 ではユウの事は愛していないのか?

 そう問われると愛していない訳ではない。

 ナナシは子供扱いをしてくるがよく一緒に寝てくれる。

 もちろん健全な意味でだ。


 レナ達と愛し合わない夜などはただ当然のように添い寝をしてくれる。

 たまに抱きしめながら寝てくれる時は非常に温かい。

 それはただ単なるぬくもりだけではなく、心もぽかぽかとした気分になる。

 ふと見るナナシの顔は普段見る顔と違って非常に穏やかだ。

 そんな特別な表情を見つけるのが好きだ。


 一緒にお風呂に入っている時の表情は完全に油断した表情で目を細める。

 一緒に遊んでいる時は子供のような無邪気な顔になる。

 一緒にご飯を食べている時は本当に美味しそうに食べる。


 意外に思われるかもしれないが、大罪人と言われる人は表情豊かだ。

 子供のようにコロコロと表情が変わる。

 楽しい感情も冷たい感情も全て出す。


 そしてふと気が付く。

 私はユウに与えられてばかりだ。

 食べ物も、寝るところも、着る物も、感情も、全てもらっていた。


 そしてナナシと一緒に居るのがいつの間にか当然になっている。


 愛とは何だ。

 この疑問の答えにあと一歩足りない。

 言い方を変えればあと一歩で愛が何なのか、分かる気がする。

 その事に喜びつつも、情けないとも感じた。

 様々な物をもらいながらこうして捕まって何もできない事に苛立ちを隠せない。


 だがナナシの事を少し考えただけで安心できる。

 できれば……あの安心できるところにずっと居たい。

 早く……ナナシの元に帰りたい。


 ――


 次の日の正午。

 予告通り屋上の儀式場でユウは十字架に磔にされていた。

 ただし体は傷付けないように注意されている。

 だがそれでも手足を動かすことは出来ないし、当然魔法なども使えないようにされている。


「ではこれより儀式を行います。祭司長、補助をお願いします」

「は」


 教皇の言葉に従い祭司長と呼ばれた青年が教皇の後ろでこまごまとした準備を始める。

 そんな様子をユウは眺めながら教皇に聞く。


「私を使って何をする気」

「もちろん世界が平和になるための準備です。神はおっしゃいました。この儀式をもって世界は真の平和を得る事が出来るだろうと」

「そのために私を犠牲にする気?神様なのに人を犠牲にするやり方でしか平和を実現できないのなら、人間と変わらない」

「それは神が行うのではなく、私達人間だからです。人間にもできる世界平和への第一歩が今の儀式なのです。それに神はおっしゃっておりました、これ以上犠牲が出る事はないと」

「それ本当?ただの願望じゃなくて?」

「私のスキルで聞いたので詐欺師とは違いますよ。それでは始めさせていただきます」


 準備が終わったのか教皇は歌い始める。

 そして司祭長や護衛、教皇と共に来たシスター達も歌い出す。


 歌の正体は聖歌。

 自分達を見守ってくれている神に捧げる歌。


 しかしこの歌はユウも初めて聞く聖歌だった。

 いったいこの聖歌が何だと思い始めた時、ユウは頭痛と寒気に襲われた。

 何が起こっているのかは理解できないが、とてつもない頭痛により吐き気が止まらず平衡感覚が失われ、めまいが起こる。

 寒気により冷や汗が止まらず、夏場でもないのに汗で服がぐしゃぐしゃに濡れ、震えが止まらない。


 あまりの気持ち悪さについ吐き出してしまうユウだったが、そんなユウには一切気に留めず教皇達は聖歌を歌い続ける。

 あまりにも気持ち悪さによりユウは意識を失ってしまったのだった。


 ――


 教皇達が歌い終わると、ユウはぐったりとした様子でピクリとも動かない。

 その様子に司祭長は不安そうに聞く。


「教皇様、本当にこれでよろしいのでしょうか?勇者様はあんな様子ですが」

「これでいいはずです。しかし……遅いですね」


 予定していた時間を過ぎても勇者は反応しなかった。

 神託曰く、これは勇者が本来の目的を思い出させるための儀式らしい。

 これにより勇者に混じった穢れははらわれ、正常に戻るという。

 なのでその儀式を実行し、勇者を正常な状態に戻したはずだがまだ気を失っている。


 もう少しだけ待とうかと考えていると、勇者が突然びくりと反応した。

 突然起きた勇者に驚いた儀式の参加者たちだが、勇者の目は今までとは違った。


 まるですべてを見通すかのような金色こんじきの瞳をしている。

 勇者から感じられる雰囲気もかなり変わっており、年相応の少女からかけ離れた、異質な雰囲気を放っている。


「儀式は終了しました。この枷を外してください」


 勇者の口から放たれた声は勇者と同じはずなのに、誰か別の者の声のように聞こえた。

 その声に最も反応したのは教皇だ。


「ま、まさか。貴方様は」

「アナトさん。説明は錠を外した後にしましょう。どうやらもう来たようです」


 教皇が反応する前に勇者がスキルを使ってこの国を結界で覆った。

 直後結界に阻まれたが巨大な火炎が結界に当たり、周囲を真っ赤に染めた。

 その光景に驚いていたが、勇者だけは冷静にしている。


「ふむ。魔法は封じられていてもスキルは使えますか。それよりもアナトさん。早く錠を解いてください」

「わ、分かりました!!」


 教皇は慌てて勇者の錠を取り外す。

 護衛をしていた男性の教会騎士は不思議そうにする。


「教皇様。確かに勇者様は崇めるべき方ですが、そこまで慌てる事はないんじゃないですか?」

「そうです。ポラリスでは教皇様と勇者様は同格であると教本にも書かれているではありませんか」


 男性と司祭長はそういうが教皇は何度も首を横に振りながら否定する。

 随分強い否定をするなと不思議に思っていると勇者は言った。


「初めまして、『切り札(カード)』のみなさん。私は勇者に憑依した神です」


 非常にあっさりと勇者改め神は名乗った。


 あまりにも悪い冗談に教皇以外の者達は静かに怒る。

 しかしそれを慌てて止めたのは教皇だった。


「待ってください!!確かに何も分からない状況であれば当然の反応ですが、この方は本当に私達が進行する神です!!」

「何を言っているのですか!勇者様でも自らを神と名乗るなどという暴挙は止めねばありません!」

「しかしこの子他の声は確かに神託で聞いていた声と同じ、つまり勇者様に神が宿ったのです!!」

「しかし声と言いましても……」


 声が違って聞こえているのは『神託』を持っている教皇だけ、他の者達の耳には先ほどと変わらず、勇者が話しているようにしか聞こえない。

 多少雰囲気や言葉使いが変わったようには感じるが、他の者達からすればそれだけだ。

 教皇はどうすれば信じてもらえるかと考えていると、神は言う。


「ではこれより地上に楽園を作る事で証明しよう。約束通り誰も傷つかず、悲しまず、幸福に満ち足りた世界を」


 そういう神の言葉には絶対の自信があった。

 出来て当然。

 失敗なんて一切想像していない強者の言葉だった。

 神はユウの身体を現在の成長した状態から、ナナシが初めて会った時の幼い姿に戻りながら言う。


「手始めに平穏を邪魔する者の掃除から始めましょう」


 その神の視線の先には大罪人がいた。

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