囚われの勇者
ポラリス大聖堂の地下、ここにユウは囚われていた。
見張りは3体の天使達が逃げ出さないように常に見張っている。
当然この部屋には結界に守られており、ユウは外に出られない。
だが勇者を特別しているからか、普通の牢獄とは違い、ベッドやイスだけではなくテーブルや茶菓子なども用意されている。
だがユウの足には錠をはめられてあり、この部屋から出られないようになっていた。
そんな中でもユウは冷静に状況を確認しながら昔の事を思い出していた。
まるでナナシに会う前に似ているなっと。
その時は感情というものはなく、ただぼんやりと過ごしているだけだったが、感情が戻ってきた今だと非常に寂しい、悲しい、息苦しいという感情が襲ってきた。
常に天使達から見はられている圧迫感、食べ物などにも何か隠されているのではないかという疑心、そして見慣れた人達がいないという孤独感により少しずつ心が擦り切れていった。
拷問のような事をされているわけではない。
むしろ捕らえた割には鎖と結界によって監禁されているだけなので、まだマシと言えるのかもしれない。
だがそれでも恐怖がユウの心を蝕む。
最後の心の支えは首についている隷属の首輪だ。
この首輪から感じるナナシの気配が最後の砦だ。
結界の影響か、普段よりもはっきりと感じ取ることは出来ないがそれでも繋がりを感じる。
その首輪をそっと撫でると、ノックが聞こえた。
「誰」
「教皇です。お話よろしいでしょうか」
扉の奥から聞こえてきた声はポラリス教皇の声だった。
ユウの世話係をし、食事を持ってきたり体を温かい濡れタオルで拭いてくれたりする。
何故そんな雑用を教皇自ら行っているのかは分からないが、それでも希少な話し相手だ。
「どうぞ」
そう扉に向かって言いつつも警戒する。
彼女は私達の敵である可能性が非常に高いのだから。
「失礼します」
そう言いながら教皇は護衛の聖女と共に入ってきた。
その表情は今までと違い、何か大切な事がある事は想像できた。
「お伝えします。神託があり、明日の正午、太陽が最も天高く輝くときに儀式を行います。なので本日の湯浴みは共に来てください」
「……この鎖取ってくれるの」
「少しの間だけですが。しかし逃げようとした場合すぐに天使様たちが拘束いたします」
「……分かった」
それでもずっと閉じ込められていたこの部屋から少しの間だけでも出られるのは嬉しい。
そう感じたユウは大人しく湯浴みに向かう。
服を脱いでそのまま浴槽に向かおうとするとユウは止められた。
「あの、湯浴み着はご用意していますが?」
「お風呂に入るんでしょ?水着なんていらないでしょ」
「要りますよ!例え湯浴みであっても肌を不要に晒すのは破廉恥です!!」
教皇に強くそう言われたユウは渋々湯浴み着を身に付けた。
湯船はただ白くて広いだけだが、それでも足がのばせ、温かい湯につかる事が出来るだけでも心が落ち着いた。
そんなユウの隣に教皇が自然と湯につかりながら腰を下ろす。
ユウは警戒して少し距離を取った。
その姿に教皇は少し寂しげに、しかし当然だという感情を混ぜた表情を作りながら言う。
「あまり警戒しないでください。私は戦えませんから」
「そんなわけないでしょ。ポラリスは実力主義、教皇が弱いなんて思えない」
「実力主義なのは私、正確に言うと歴代の教皇を守るためにそのようになっただけです。私は本当に勇者様ほど強くありません。いえ、力で比べれば新人騎士の方が強いでしょう」
「……本当なの?」
「はい。あくまでも教皇は神の声を聞くための役職、政治的な動きと神の声を聞く事さえできれば役目は十分果たしているのです」
「それじゃ本当に?」
「戦う力はありません。魔法も生活魔法しか使えません。護身術すら大したことありませんから」
そういう教皇にユウは意外に思った。
てっきりポラリスの教皇だからナナシくらいの力を持っているのだとばかり思いこんでいた。
だが実際には一切戦えない、ただ神託を受ける事が出来るだけ。
その事実に驚愕した。
「これで少しは警戒を解いていただけるでしょうか」
「理由は分かった。でもどうして隣に来たの」
「……少し大罪人、ナナシ様に興味がありまして」
自分からナナシに関する情報を引き出そうとしていたのかと、ユウは納得した。
ポラリスにとってナナシは天敵と言っていいほどの存在だ。
少しでも戦いを有利に進めるよう情報を欲していたのだろう。
「興味ってどんな?」
「以前お会いした際にお話しさせていただいたのですが、彼は今も元気ですか?」
「……元気だと思う。何もなければ」
「彼の言葉は私に好奇心を与えました。彼にとっての神の概念、善悪の概念が根本的に違っているように感じたからです」
「……確かにそうかも」
「ですから彼からそう言ったお話をまたお聞きしたいと思っていたのです。ですから彼の価値観に関する話を聞いてみたいのです」
そう目を輝かせながら教皇は言った。
ポラリスの教皇が他の神の概念、善悪の概念に興味を持ったことに驚いたユウは質問する。
「どうして」
「はい?」
「どうしてあなたは興味を持つの?ポラリスは他の神を認めていないはず。他の神を崇めている場合、そのものは異教徒として極刑に処されるはず」
「ああ、それですか。それは問題ありません。私が崇めているのはポラリスの神のみ、他の神を信仰しているわけではありませんから。ただ異なる神の捉え方、これにより私達の信仰はさらに強くなるだろうと考えているだけです。教義には触れていません」
「……そう」
だとしても教義に書かれていない事に対して興味を持っている事はいかがなものだろう。
ナナシと旅をしていたからと言って、ポラリスの教義を忘れたわけではない。
まぁ旅の途中でほとんど破っているが。
「でも本当にそれって大丈夫なの?」
「神は特に何もおっしゃりませんので、おそらく大丈夫かと。それより何か聞いていませんか?」
「う、う~ん」
ユウは考えるがナナシの考えはどれも独特すぎてよく理解できない。
理解したいとは思っているがどうしても理解しきれない。
そう考えるとナナシの事ばかり最近考えている。
もちろん監禁されていて寂しい気持ちもあるが、それだけではなくナナシの事を心配している。
私が連れ去られたことで暴走していないか、他のみんなに八つ当たりなどをしていないか、何か恐ろしい事を考えていないか、など考えてしまっている。
「申し訳ないけど、私もナナシの事をちゃんと理解できているとは言えない。だからごめんなさい」
「そうですか。しかし冷静に考えてみるとそうですね。ナナシ様はかなり独特の考えを持っているようですから仕方がないかと。そうなると再び会ってみる方が早いでしょうか」
「会ってみるって……」
「ナナシ様が勇者様を取り戻しに来るのは目に見えています。ですのでそのあとにゆっくり聞こうかと」
「……ゆっくり聞く暇なんてなさそうだけど、本当に確信的に言うんだ」
「当然です。勇者様はナナシ様に愛されていますから」
「……愛されてる?」
ユウは何故そう思ったのか聞こうとしたが、教皇は既に風呂から上がってしまっていた。




