逆鱗
「現状は」
『天使の1体がユウを連れて消えました』
「もう少し具体的に」
俺は怒りをこらえ、できるだけ冷静にレナに聞く。
『申し訳ありません。突如現れた天使がユウに触れたかと思うと、すぐに消えていしまい感知も出来ず、追いかけています』
「どうやって追いかけている」
『天使が向かうところは予想が付きますので』
確かに。
普通に考えればポラリスだ。
だがポラリスのどこにいるのか、本当に首都にいるのかどうか、分からないのに特定する事なんてできていないのだろう。
だから俺は冷静に言う。
「ユウの事は諦めろ。深追いするな」
『しかし!!』
「神がユウの事をどのように利用するのかは分からないが、必ず奪い返せばいいだけだ。そしてポラリスに攻め入る準備をしておけ」
『はい!!』
俺はそう言ってから家に戻ろうとすると、アストライアが話しかけてきた。
「どうやら向こうも焦っているようだね」
「そのようだ。それとももうすでに準備は整っているのか」
俺の予想ではどちらもだと思う。
神側からアストライアの追求、人間側から俺の攻撃。
もしかしたら3体の天使を使っている時点でかなり焦っていたのかもしれない。
だがこのスピードはある程度準備できていたからこそだろう。
これはこちら側の油断をうまく突かれたと見るべきか。
「とにかく、必ずユウは取り返す。絶対にな」
俺はそうアストライアに言ってから家に帰った。
――
「久々に見たな。大罪人の目を」
「アストライア様。本当にナナシ様にお任せしてもよろしいのでしょうか?」
「何故そのように思う」
「ナナシ様の目です。あれは、本当に大罪人として周囲を恐怖に陥れたあの目です。あの悲劇を繰り返すおつもりですか?」
「…………あくまでもこれは予想だが、今回はあそこまで危険な事にはならないと思っている」
「その理由は」
「ユウの存在だ。彼女を救うというのであればあそこまで酷いことは出来ないでしょう」
「そうだと良いのですが……」
――
ナナシがダンジョンの家に帰ってきた際、周りの空気は張り詰めた。
それはユウを連れ去れたという失態だけではなく、ナナシから恐ろしいまでの気配を感じたからだ。
殺気すら生ぬるい、一度目を付けられたら地獄までも追っていくような凄まじい気配。
それが自分達に向いていないのに、すぐそこに死が迫っている事がはっきりと感じる。
「で、連れ去った天使は誰か分かるか」
ナナシの当然の質問にレナが答える。
「月の天使です。索敵及び隠密行動が得意なようです」
「お前達に捉えきれない時点で相当強い事は分かる。だからそんなびくびくすんな」
ナナシは言うが他の者達は全く緊張を解く事が出来ない。
その理由はナナシの目だ。
その目は血走っているわけではないが、非常に鋭く、何時でも攻撃できる状態になっているからだ。
全員覚えのあるその目は300年前、憧れたり、叩きのめされたりした、強者の目。
的確に相手の急所を狙い、勝つための最善手を繰り出し続ける、容赦のない目。
「さて、光の神は俺の逆鱗に触れた。確実にあいつは殺す。そしてあいつは俺の獲物だ。手を出すことは許さない」
「承知しました」
「それで、今回はどんな風に滅ぼすつもり?」
ベレトの質問にナナシは答える。
「来るものは全て絶滅させる。光の神の信仰心を減らすために少しでも確実に殺す」
「それは戦いに参加してない民間人も?」
「そっちは放置でいい。ただし聖騎士達は皆殺しにしろ、1人でも多く殺せ」
「了解」
その答えに意外だとネクスト以外の全員が思った。
てっきりポラリスに住む全員を皆殺しにするのだとばかり思っていたからだ。
と言っても現在のポラリスの領土は非常に広いのでポラリスを潰す、それはつまり人間が住んでいる領域全てを滅ぼすという意味になってしまう。
流石にそれは非現実的すぎる。
人間を絶滅させるには数が多すぎた。
「それじゃ主に聖騎士団を絶滅させるって事でいい?」
「基本的にそうだな。他にも協力する連中は全て絶滅させていい。協力する冒険者、天使、全て絶滅させろ」
「それじゃ最初から超長距離から魔法をぶち込んでいい?」
「構わない。だが魔力切れを起こすなよ」
「では私はジラント様のサポートをさせていただきます」
「それでいい。それからサマエル。お前も一応支援に回ってほしい」
「その理由は」
「一応お前も天使だからな、前に言っていたように何かされてもいいように俺のそばにいろ」
「承知しました」
「レナ、ベレトはそれぞれの国にこのことを連絡してあまり近付かないように言っておいてほしい。あいつらを巻き込むつもりはない」
「では巻き込まれないよう通達しておきます」
「こっちも伝えておくわね」
ナナシの攻撃に巻き込まれる。
これ以上の恐怖はない。
「そして戦いは獣人達の安全が確認出来たらすぐに行く。お前達も良いな」
ナナシの言葉に全員が「はい」と答えた。
そしてネクストが手を上げる。
「私は具体的に何をすればいいでしょう」
「お前はジラントが多くの人間を殺した後に中途半端に生きている人間を確実に殺してくれ。レベルが上がって隠密行動がさらに上がってるはずだ。そこで中途半端に生きていた奴がいたら確実に殺してくれ」
「了解ですマスター」
「俺に喧嘩を売ったことを確実に後悔させろ」
俺はそう言った後、俺は善の神と悪の女神に会う。
「光の神のとどめは任せていいんだな」
「それは私が確実にするわ。任せて」
「…………」
「善の神は不服か」
「光の神はやり過ぎた。だから戦って勝つ必要があるのは分かってる。でも人間達はできるだけ殺さないでほしいと思うのはわがままかな」
最後まで人間の事を気にかけているんだな。
だがそれなら少し作戦を変えればどうにでもなる。
なので俺は少し変わった作戦を教える。
これは俺ではどうする事も出来ない作戦であり、善の神の協力がなければどうする事も出来ない作戦だ。
その作戦を教えると悪の女神が腹を抱えながら笑い、善の神は少し考えてから聞く。
「その作戦をする理由は?君の性格を考えるとこんな作戦考え付かないイメージがあるけど」
「別に、多分あんたが考えているような切っ掛けじゃない。ただ光の神が1番屈辱だと感じる勝利方法はこれだろうなって一応考えていただけだ。作戦実行にはいくつかの障害があるし、善の神、あんたの協力が必要不可欠だった。それを俺達だけで実行するのは無理だからな。だから協力してくれるならあいつに最大の屈辱を与える事が出来る」
「それ良い!!最っ高に良い!!今すぐ原稿考えるわよ!!」
「え?ちょっと、ま!!」
そう言って悪の女神は善の神の手を引っ張って帰って行った。
俺の方は戦いの準備をしようとすると、愛車が近づいてきた。
「どうした」
俺がそう聞くと愛車は面白い事を提案してきた。
「それを実現可能になるとステータスが上がるほかに利点はあるか?」
俺がそう聞くと、光の神との戦いに非常に有利になるメリットがあった。
それなら実現して見せるしかない。
俺はさっそく準備を始めた。
ユウ。
ほんの少しだけ待っててくれ。
すぐ迎えに行く。




