新たな天使
「…………」
実験場として選んだのはポラリスにギリギリ領地内である小さな村。
被害は最小限に抑えられるだろうが、一応ポラリス内なので実験は可能だが……できれば大きめの町で実験したかったな~。
もし天使が俺の事を襲って来れば周囲にそれだけ被害を出す事が出来るし、被害が出れば出た分だけ信仰の力も衰えるだろう。
だがこの小さな村を指定したのはユウの意見だ。
実験なら小さな場所でいいだろう、そしてすぐに家に帰れるなら近い方が良いと言ったからだ。
まぁこの案に乗ったのは俺達全員だが、この説得にはいくつかの欠点がある。
それは家に帰るのに場所に遠い近いは関係ない事。
確かにダンジョンから他の町や国に行くには登録が必要だが、ダンジョン内の家に帰るには制限がない。
まぁ本当にダンジョン内に家を作ったからこそできる裏技だけどな。
普通のプレイヤーの場合、どこかの家を買ってそれでおしまい。
ギルドホーム、つまりギルドとして複数の人数で使用する場合は色々と準備するものがあるらしいが、個人の家なら家を買うだけで十分だ。
話を戻しておそらくユウがこの場所を選んだ理由は他の人達をできるだけ巻き込みたくないからだろう。
それでも人がいるところを選んだのは仕方ないから。
この本人の気に入らなそうな顔を見れば誰でも納得できるだろう。
苦くて不味い物を無理やり口の中に突っ込まれた様な不愉快そうな表情。
本当は誰かを犠牲にするかもしれない実験は嫌なんだろう。
それでも無理矢理飲み込んだようだ。
「それじゃ作戦開始。俺が堂々と村の中を歩いて天使がどんな行動をとるのか確認する。ユウはみんなに守られてろよ」
「私、守られてばかりの女の子じゃもうないと思うんだけど」
「それでもお前の事をつけ狙うストーカーがマジでヤバいんだよ。ぶっちゃけマジで監禁レベルで家の中に置いておいた方が安全なレベルだからな」
「それは……」
「前にも言ったが俺はお前をクソ神に奪われるなんてごめんだぞ。奪われたくないからできればこんなことはしたくねぇんだ」
俺がそう言うと周りからなぜか冷たい視線を浴びる。
それからユウがキョトンとした表情をした後に顔を赤くする。
「な、なんだよ」
「ご主人様……ユウの事本当は大好きですよね」
「大好きって程じゃねぇよ。ただ俺のもんを奪われるのが嫌なだけだ」
「それ私達みたいに好きな物に対してですよね」
「そりゃそうだろ。でもユウとお前達は違う。別に恋愛対象として見てないからな」
それに関しては本当。
女として見ているのであればとっくに抱いている。
でも本当にそんな風には見れないんだよな……
「とにかく、ユウを守るのは本当で、奪われたくないってのも本当。だから真面目にやれよ」
俺がそう言うとニヤニヤして見送るみんな。
ため息をつきながら村の周辺をぶらぶらしていると、前回と同じ反応があった。
超長距離からの魔法攻撃。
非常に正確な攻撃を極夜で叩き落す。
もう一度食らった攻撃だ、そう何度も食らうほど俺はおろかじゃない。
針を発射するような攻撃を極夜で軽く叩き落し、攻撃してきた方向を確かめる。
もちろん俺の目では捕らえる事が出来ないが、ジラントの目なら捕らえる事が出来る。
その後も同じ方向から撃ち込まれてくるが、やはり具体的な攻撃方法はまだ分からない。
しかし昨日の天使の攻撃は、魔法メインでありながら近代兵器で補助を行っていた。
今回も近代兵器で補助を行っていると仮定して……やっぱり使っているのはスナイパーライフル系か?
『ナナシ、敵を捕捉した。相手は天使2体』
『2体?』
『片方の天使がスナイパーライフルでナナシの事を狙ってる。もう片方の天使がナナシの事を捉えてるみたい』
つまり片方はあくまでも射撃するための補助って事か。
それに前にやりあったザ・サンを名乗る天使が見当たらない。
今回だけ表れない?
おそらく前回も3体の天使で来ていたと考えると、今回だザ・サンがいない理由が分からない。
もしてクソ神がそういう制限を行ったのか?
だがザ・サンがいないのなら、この間のような周囲への大きな被害はないのかもしれない。
ぶっちゃけあいつがいないと周りへの被害が出せねぇんだよな……
こっちから攻撃しようものならユウの目が鋭くなる。
まぁとりあえず敵の数を把握できただけでも良しとするか。
『ジラント。頼んだ』
『ええ』
そう言ってジラントは魔法を使った。
超長距離の魔法の打ち合いならジラントと比べた場合どうなるのか、俺は少し興味がある。
ジラントは動く核ミサイル発射台のような物。
超強力な魔法を確実に当たるスキルによって無駄になる事はないが、普段は高火力の攻撃ばっかりだもんな……
それにこの相手をロックオンする機能には1つ弱点がある。
それは1つの魔法につき1体しか相手をロックオンできない事だ。
1つの魔法で2体の相手、つまり1体倒した後に2体目をそのまま狙うことは出来ない。
だから今回射撃する側、そして指示している側のどちらかにしか攻撃できない訳だが……広範囲攻撃魔法なら問題ないか。
ただし逃げて分裂された場合はどちらか一方しかダメージを与える事が出来ない。
さて俺はユウの護衛に回るか。
「ユウ。無事か」
「うん。私は何ともない。それより天使は?」
「今ジラントが撃ち合いをしてる。多分勝つだろ」
状況的には2対1だが、観測する側と射撃する側と分かれているのであれば多少のタイムラグが発生するはずだ。
それなら自分で見て魔法を放つ事が出来るジラントの方が速いはずだ。
今は中級魔法でスピードのある魔法で撃ち合いをしているようだが、突然ジラントが顔を上げた。
「みんな!急いで戻るよ!!」
「何があった」
「あの観測役、やっぱりただの観測役じゃなかった。時間稼ぎしているのは分かってたけど、だからって一気にあれ使う!?」
「なんの魔法を使われた」
「……『ザ・スター』」
「!!」
最上位魔法、『ザ・スター』。
それは最も難しい魔法であり、本当に使える奴がいるとは思えない魔法だ。
「あの天使正気か!?こっちにはユウもいるんだぞ!!」
「でも使ってきたんだから本気なんでしょ!いいからさっさと逃げる!!」
「一体何が起こってるの?」
「悪いが疑問に答えてる暇はない。急いで帰るぞ!!」
俺が焦っている事でただならぬ状況であると察してくれたのか、全員黙って家に帰ってきてくれた。
そして家の中は危険なので庭で小さくかがみ、衝撃に備える。
「お前ら、衝撃に備えろ!」
その数分後、かなり強い地震が起きたかと思うほどにこの家が大きく上下に揺れた。
全員小さくなっていても振動で飛び跳ねてしまうほどの衝撃が、数分は続くとようやく収まった。
「お前ら無事か?」
「何とか」
ユウがそう言って他のみんなものろのろと起き上がった。
と言ってもレナの毛はまだ逆立っているし、ネクストとユウは初めての巨大地震に腰を抜かしている。
俺はすぐ魔法を使ってあの村の様子を確認したが……悲惨という言葉も甘いと感じるほどに全てが変わっていた。
「なんだったの今の?まさか今のが魔法の攻撃?」
「違う。今の地震は副産物だ。それに正確に言うと地震じゃないし」
「地震じゃない?これが??」
ユウが疑問に思うのも当然だが、本当に今の衝撃は地震ではない。
地震とはプレートとプレートのズレによって引き起こされる振動だ。
だが今回はもっと単純な物で、ただ巨大な岩が落ちてきただけだ。
「ジラント。今回は一発だけか」
「おそらくね。あれを何発もってなったらそれこそ神の領域よ。普通は一発が限界」
「えっと?」
「『ザ・スター』は隕石を落とす魔法だ。正確に言うと転移魔法の応用なんだが、とにかく巨大な岩を超上空から落っことして相手を破壊する魔法だ」
意図的に隕石を落とす魔法。それは『ザ・スター』。
しかしこれは物理魔法であり、命中率も非常に悪い魔法だ。
ただ一発使えばその余波で辺り一帯を吹き飛ばすことは確実にできるし、直撃することは出来なくても大ダメージを与える事は確実にできる。
地面に激突した隕石は周囲を吹き飛ばしながら、その衝撃波で巨大なクレーターを作りながら全てを吹き飛ばす。
先ほどの振動は隕石が落っこちてきた衝撃波がこっちまで襲ってきただけだ。
どこまでも雑に強い、最強の最上位魔法と呼ぶ者もいる。
それを小さな村とはいえあっさりと使った。
その事実が俺よりもよっぽど恐ろしい事をしている事だけは、ユウも理解できたようだ。
「…………それじゃ、もう村の人達は――」
「全滅しただろうな。だが今回の件で天使たちは俺を殺す事を優先――」
「そんな事より!!つまり何、神様は自分の信者よりもナナシの殺害を優先したって事。神様は人1人殺すために他の大勢をあっさり殺す事が出来るって事!!」
「そうだ。それが俺達が相手にしている奴だ」
「だったら!なんで私を連れて逃げたの!?私の結界があれば!!」
「流石にあの隕石から身を守るほどの結界は大規模すぎる。仮に村を守る事をできる結界を張れたとしても、その周辺の森が壊れてしまえば結局村は終わる。土の変化、衝撃によって井戸水も変化しているかもしれない、狩りで得られた獲物が手に入らなくなっていたかもしれない。あの隕石からあの村を守るというのであれば、それくらいの力が必要だ」
「っ!でも人が死ぬよりはマシでしょ!!」
「マシ?それってどういう意味だ。生きていれば必ずいい方向に転がるってか?今不幸なら今後必ず幸福になるってか?そんなのただの幻想だ。結局幸せになれる奴ってのは力がある奴だけなんだよ。運でもなんでもそうだ。力がない奴は、永遠に地べたを這いつくばる事になる」
「でも!!」
「ユウ。悔しかったら強くなれ。お前が得た力をどのように使おうが俺は知らない。俺のように好き勝手に生きる事に使ってもいいし、誰かを守るために使ってもいい。でもこれだけは覚えておけ。力のない理想はただの妄想だ」
俺の厳しい言葉にユウはただ悔しそうに食いしばり、訓練場に向かった。
その話を見ていたレナは不安そうに聞く。
「ユウは大丈夫でしょうか」
「しばらく焦ってやらかすかもしれないな。見守ってやってくれ」
「ご主人様はどうしますか?」
「アストライアに会ってくる。さすがに今回の件は、やり過ぎだ」
『ザ・サン』で森を焼き払おうとした件。
そして『ザ・スター』で村とその周辺を吹き飛ばした件。
明らかにこれはやり過ぎだ。
俺はかっこいい悪役というものに憧れている。
かっこいい悪役と言うのは無関係の人間を巻き込まない物だ。
だから俺は出来る限り無関係な人間を巻き込まないようにしてきた。
よく言う一般人には手を出さないって奴。
でも光の神は自分の信じる正義のために、簡単に無関係の人を傷付ける。
流石の俺も気に入らない。
守るつもりはないがこのままほったらかしにするつもりもない。
「光の神は邪魔だ。ぶっ殺し確定」
俺のその一言により、レナ達も行動を開始するのだった。




