悪の女神と善の神
「何でお前こんなところにいんの」
玄関を開けた新婚ほやほやの新妻みたいな雰囲気のエプロンを着た悪の女神に俺は呆れながらそう言った。
その言葉を聞いた悪の女神当然のように言う。
「何でって、当然あのバカを滅ぼすために地上に残ってるのよ。とりあえずクリアーおめでとう。ジュースくらいは用意してるから入って」
そう言いながら手招きしながら俺達に入るよう促す。
俺はため息をつきながら入る。
他のみんなに関しては恐る恐るという感じで警戒している。
玄関から上がってすぐ右隣りの部屋に悪の女神は俺達を通すと、ソファーには若い男性が据わっていた。
目は細いが俺のように目付きが悪いのではなく、むしろ垂れているような感じで優しげな視線に見える。
そんな彼は俺を見て軽く手を上げながら言った。
「やあ。久しぶりだね。あの時は助けてくれてありがとう」
彼はそう言ったが俺は彼を助けた記憶なんてない。
いくつかの可能性を考えながら誰なのか考えていると、1人だけ思いついた男の子がいる。
「まさか善の神か?」
「はい。今は光の神に隠れてここで暮らしてるんだ」
これが善の神の本来の姿なんだろうか。
今の善の神は穏やかな30代の男性という雰囲気だ。
優しそうな目、どこか人のよさそうな、お人好しのような空気がある。
のんびりとした雰囲気は何となく警戒心をいだきにくい。
「で、その姿はどうした」
「ある程度回復したからこの姿に戻れたんだよ。力の方はまだまだだよ」
「そうか。で、夫婦でこんなところに雲隠れかよ」
「そんなところだね。光の神は僕の権能を狙って色々な事をするのにためらいがないから」
「本当に災難だな。自分の目的のために手段を択ばない奴はいつだって面倒だ」
俺も心当たりがある。
ポラリスの連中はどいつもこいつも面倒臭い。
しつこさだけはピカイチだからな。
俺も同意していると悪の女神がお盆にジュースの入ったコップを持ってきた。
「全く。あいつのせいでこっちがこんなせまっ苦しい生活をせざる負えない状況なのが本当に気に入らない」
そう言いながらもテーブルにジュースを置いていく。
そしてジュースを置き終えた悪の女神は最後に嬢ちゃんに視線を送る。
「で、あなたはなんで勝手にそっち側にいるのかな~」
「ひっ!」
嬢ちゃんはビビってガクガクと震え始める。
まぁ上司を裏切った状況……と言えなくもないのかもしれない。
今思ったが各階層で強力な悪魔にこのダンジョンを守らせていたのかもしれない。
それを戦ったけど負けて一緒に居るというのはまぁ……あまりいい状況とは言えない。
実際嬢ちゃんは頭をわしづかみにされ、アイアンクロウで苦しんでいる。
あれは痛そうだ。
「女神、あまりいじめないであげて」
「あなた!ここを攻略したのがナナシだったからいいけど、それ以外の人間だった場合どうなっていたか分からないのよ」
「それでもその子に八つ当たりするのはちょっと……」
「……はぁ。まぁ確かに、現れたのがナナシだったのは知ってたから傍観してたわけだけど」
「だったら女神も認めていたって事だよね。だから許してあげて」
「……仕方ないわね」
そう言うと嬢ちゃんから手を離した。
嬢ちゃんは頭を痛そうに抑えながらも解放された事でホッとしている。
どうやら夫婦生活は円満のようだ。
「それで、俺達がここに呼ばれた理由はなんだ」
「情報の共有と、もうすでにその子から聞いていると思うけど『大罪を背負う者』『悪神の代行者』の強化をするため。ほらちょっと頭向けて」
言われるがままに頭を悪の女神の方に向けると、頭に何か魔法をかけられたような感じがする。
だが似ているだけで何かが違う。
奇妙な感覚に違和感を覚えるが、具体的に何が変わったのかが分からない。
「はいお終い。称号のアップデート終わったわよ」
「称号のアップデートってそんな簡単にできるのかよ」
「出来るに決まってるでしょ。その称号を創ったのは私なんだから。それにあなた、勇者ちゃんの方もアップデートしておいた方がいいんじゃない」
「いや、それは止めておくよ。中途半端になりそうだし、今強化すると彼から痛いしっぺ返しを受けそうだからね。それにこういう力は成長しながら手に入れるべきだと思う」
善の神はそう言いながらユウの事を見る。
ユウは善の神に見られるとなんだか不思議そうな表情をしている。
「要件は終わりか」
「だから後は情報の共有があるからまだ要件は終わってない。光の神、本気で私達に喧嘩売るつもりみたい。だからその勇者を何としてでも手に入れようとしてくるよ」
何としてでもっか。
「何故あいつらは、いや光の神はなのか?ユウにこだわる。嬢ちゃんから軽く聞いたが善の神の座を奪う事とユウと一体何が関係ある?」
「それは僕の方から説明させてもらうよ。簡単に言うと彼はこの世で最高の光になるのが目的だ」
「……光の神ですでに光という現象そのものなんだから、すでに目標は達成しているような物じゃないのか?」
「それはただ彼が光を司っているというだけで彼自身はそう思っていないよ。元々彼、光の神は太陽神が創り出した天使だったんだけど、その途中過程で神として認められた。そして彼は全てを照らす光として正義を取り込もうとしているんだ」
「正義なんて人類以外そう考えないだろ。野生の獣が正義と悪を考えるとはとても思えない。そんなもん取り込んだ方がよっぽど影が出来そうだが?」
「でも彼はそう考えなかった。正義の光になる事でさらに人間からの信仰心を増そうとしているからね。そして僕達ほど人間に密接な神はいない」
「本当にいないのか?文化の神とか、音楽の神とかそういうのもいなかったっけ?」
「確かにいるよ。でも彼らは戦闘に一切向いてないから正義の神は強く求めていないだけ。でも彼らも光の神を支持している。文化も音楽も、平和の中でこそ生まれる物だから」
「つまりあれか?光の神は人間がいないと生きていけない神様の類をほとんど味方につけてるわけ?」
「ほぼそんな状態だね。僕自身は動かない事が多いから積極的に正義を実行しようとしている光の神を支持してる」
「俺もその状態が長く続くと良いんだけどな……」
正義と悪なんてものを振りかざして起こる戦いはろくなものではない。
どっちが正義でどっちが悪なのか、はっきりさせないとその戦いが終わるようには感じられないからだ。
よくそんな危なっかしそうな奴に協力する気になったな。
「僕からもナナシ君に質問いいかな?」
「なんだよ?小難しい事は聞かれても分かんねぇぞ」
「そう難しい事じゃないよ。君にとっての正義と悪の区別ってどうなのかな?って思って」
俺にとっての正義と悪?
そんなもん簡単だ。
「俺にとっての正義は俺の仲間を守る事、気に入った連中といつまでも一緒に居られることだ。悪はその邪魔をする連中全て。神だろうが世界最大の宗教団体だろうが売られた喧嘩はできるだけ買う。勝って二度と俺に喧嘩売ろうなんて思わせないくらい徹底的にやる」
「それはまた、暴力的な答えだね……」
善の神は少し引き気味だったが、悪の女神は頷いているところを見ると共感できるところはあったらしい。
「そうよね。徹底的に叩きのめさないと分からないバカは殴って痛い思いをさせないと分らないもの」
「分かる分かる。児童虐待だなんだって世間は言ってるが、やっぱり言葉だけじゃ伝わらない事ってあると思うんだよ。痛みと一緒だからこそ理解できることがある」
世間の常識に真正面から逆方向に行く俺。
そして悪の女神も似た意見らしく、二人でハイタッチをした。
「はぁ。確かに度が過ぎたことをすれば仕方がないと言えないかもしれないけど、できるだけそういうのは避けるようにしないとダメだと僕は思うな」
「流石に最初からゲンコツ食らわせるつもりはない。それにやるとしても危険な物、剣とか槍とか、銃とかそういう武器系を触っちゃだめだっていくら言い聞かせても素直にうんって言わなかったときとかだ」
「それでも……やっぱり叩くのは気が引けるよ」
「あなた。あなたは甘すぎるの。子供を叱りつけるのも親の責任で、叱らずに好き放題させてたらそれこそ事件を起こすことになるわよ」
再び悪の女神とハイタッチ。
やっぱ気は合うな。
「はぁ。とにかく、光の神は僕が人間の希望として作った『勇者』と言う称号を利用して僕から善の権能を奪うつもりだ。おそらく光の神は逆説的に僕の権能を手に入れようとしている」
「逆説的ってところが理解できないんだが?」
「僕が『勇者』の称号を創ったのは聞いてるでしょ。それを人間に僕が勇者の称号を作って与えた、ではなく光の神が作って与えた、って変えれば善の神=光の神って形にしようとしてるんだよ」
「そんな簡単にできるのか?」
「僕も出来ないと思ってるけど……僕も人間の善という思考があってこそ生まれた神だ。もしくは善でありたい、善を知りたいと言った願いも含まれてると思う。だから人間側の認識を改めればできる確率は高いと思ってるんだと思う」
なんだかややこしい話だ。
つまりユウに勇者の称号を与えたのは善の神ではなく、光の神だと思わせたいのなら別に信者たちにそう言い聞かせるだけで済むのではないのか?
「で、ユウを狙う理由は?」
「勇者を洗脳して光の神が善の神である事を補強するため、だと思う。申し訳ないけどどうしてあそこまで執拗に勇者さんの事を狙っているのかはまだ分からないんだ。だからこそ何をしてくるか分からないから気を付けてほしい」
「分かった。忠告ありがとさん」
さて、光の神がなぜユウの事を狙っているのか結局分からないままだが、外出て食料補充しないとな。




