善の象徴
また階段の一部を嬢ちゃんに広げてもらって休憩できるところを作ってもらうと、ユウとネクスト飯を食った後すぐ深い眠りについた。
そんな2人が穏やかな寝息を立てていると、嬢ちゃんが俺に聞いてきた。
「なぜあの時お2人に任せたのですか?一応これはナナシさんへの試練であり、お2人は無理をして戦う必要はなかったと思いますが」
「元々こいつらを強くするためにここに来たんだ。もう少しあいつらの成長を感じてみたいってのもあった。まぁ今回はかなり無茶ぶりだったかもしれないけど」
少し笑いながら俺は嬢ちゃんに言う。
他のみんなもうたた寝をしており、キチンと話を聞いているのは俺だけだ。
「他の悪魔達も他の者達に倒されて残念がっているでしょう」
「そんなもん知ったこっちゃない。それこそそっちの勝手だ。俺も勝手にここに来たんだから」
「勝手、ですか」
「ああ勝手だ。基本的に俺はバカだからな、ほとんどの物事を単純にしないと理解できない。だから俺はこういうんだよ。世界ってのは誰かの勝手と誰かの勝手がぶつかって今があるんだと思う」
嬢ちゃんは理解できないという表情をしているが、きっとそれが正しい。
俺はユウ達のレベルを上げるためにここにきて、ここに居る嬢ちゃん達はちょうどいいと思って俺に試練を与えた。
お互いの思惑がいつの間にか勝手に交差して現在の状況を生み出している。
だから勝手と勝手がぶつかって今がある。
「よく分かりません」
「俺も詳しく説明するつもりはない。勝手に理解しろ」
勝手という言葉を使い過ぎたからか、嬢ちゃんは混乱している。
しかし頭を振って気を取り戻したのか改めて聞く。
「忠告します。次ぎ以降の階層は簡単には攻略できませんよ」
「そりゃ大変そうだ。でも普通に気になっていたことがあるが、答えてくれるか?」
「私に答えられることなら」
「なら答えてもらおうか。お前、色欲の階層で戦った時、全然本気じゃなかっただろ」
「…………何の事でしょう」
「色欲の最大のメリットはMPを消費する代わりにどんな素材も生み出す事が出来る事だ。確かにレアな素材になればなるほどMPは大きく消費されるが、ベレトのように低コストの素材ならかなり生み出したとしてもすぐに回復する。そしてお前には物を作るのに十分な知識もあるように感じる。それなのになぜ地面を操るくらいで終わらせた」
それが俺の疑問だ。
確かに色欲の階層を攻略した際、仲間からの誘惑に耐えるのが条件だと言っていたが本当にそうなのだろうか。
他の悪魔達はみな倒すことが条件なのに、色欲だけ倒す必要がないというのは引っかかる。
小さな疑問と言ってしまえばそれまでだが、どうも気になる。
俺が聞くと嬢ちゃんはため息をついた後、諦めたように言う。
「女神様が言うように勘だけは良いのですね」
「てことは俺の予想は正しかったわけだ。で、なんであっさり通した」
「もともと私はナナシさん、あなたに興味がありました」
「俺に?」
「はい。女神様の興味は基本的に夫である善の神の事しかありません。それなのに女神様はあなたに興味を持ち、加護をお与えになりました。配下として女神様がなぜ人間に興味を持ったのか気になるではありませんか」
まぁそうかも?
それにしても本当に悪の女神って善の神の事しか興味がない感じなんだな。
普通に捉えれば一途って感じなんだろうが、善の神を返した時に見た表情がどうしてもヤンデレっぽいんだよな……
だからどうしても純粋な感じで見られないんだよな~
「んな事言われてもなぁ~。ちなみに今の俺の評価はどんな感じなんだよ」
「現在のは聞いていませんが、以前のあなたの評価は非常に高かったですね。悪党と言われることを気にせず、それでも自由に生きている姿を楽しんでおいででした」
「多分だけど悪の神的には喜劇を楽しんでる感じだと思うぞ。それこそ俺がどんな行動をとって面白おかしい行動をしているか見てたいだけで、評価とかそんな感じではないんじゃないか?」
とりあえず俺にはそう見える。
元々神様なんて言うよく分からない存在が俺達人と同じ思考をしているとは思えない。
思考の差が人種だけはなく、生活環境もかかわってくるだろうが、神様として生きてきた連中がどんな思考をしているのか予想も出来ない。
本当に俺達の事をゲームや漫画のキャラクター程度にしか思えていない可能性もある。
つまり俺達の事を人として見ていない可能性の方が高い。
生きていようが死のうがかまわない。そんな扱いだと思う。
「お前にとって悪の神ってどんな奴?」
「女神様ですか?女神様は非常に気まぐれで、遊ぶのが大好きで、他の神様にイタズラするのが好きで、善の神の事を愛しています」
「元々感じてたことだけど、悪の神が善の神を愛すってちょっと違和感あるな」
「そうですか?善と悪がすぐそばにあるのは当然の事だと思いますが」
「それに関しては俺も同意。でも善と悪は交わらないっていうのがこの世界の人間の理想だろ?俺はそう思ってないけど」
「ナナシさん個人はそう思っていないんですね。この世界の人間と違って」
「ま、プレイヤーだからね。異世界の人間と言っていいくらいの差がある。この世界の人間はどうして善と悪が共存する事を拒む?片方の神に仕えている立場なら分かるんじゃないのか」
「流石に詳しい事は分かりません。現在の人間達の思考には必ず光の神が絡んできます。ただ単に光の神に洗脳されているだけか、それとも元々関係なくそういう思考をする民族だったのか、その答えを知っているのは女神様だけでしょう」
「そんなもんかね~」
正直俺は昔から善と悪というものにあまりこだわりがない。
正義の味方だからかっこいい、悪党だから嫌いという考え方はしていない。
正義の味方でも好みじゃなかったら好きにはならないし、悪党でもかっこいいと思う連中はいる。
だから俺はこの世界で生きるとき、好き勝手に生きて悪党と言われることに何のためらいもなかった。
もちろんゲームだったからっという前提があったことも認めるが、この世界ではそれが出来る。
決して許される物ではないが、出来るのであればそうして生きていきたい。
「でも本当に何で光の神はそこまで人間の信仰心にこだわるんだか。意外と寂しがり屋か?」
俺の適当な言葉に嬢ちゃんは笑う。
「それはあながち間違っていないかもしれませんよ。あれほど人間にこだわる神はいませんから」
「それならそれで何で獣人達にはあんな厳しくするんだか。どうせなら人間も他の人達も全員まとめて信仰されるようにやればよかったのに」
「おそらく人間は他の種族に比べて弱かったのが都合よかったのでしょう。弱いからこそ何かにすがりたくなる、それを利用しようとしたのではないでしょうか」
「確かに。それに人間達よりも強い種族がいるっていうだけでしょうもないプライドを刺激してたのかもしれないな。人間は傲慢だから」
「それに獣人やドラゴンは特に死に関してあまり恐怖を感じていないとでも言いましょうか。死ぬことは自然の成り行きである事を認めています」
「それもありそう。人間は特に死を恐れるから」
思いついた事をとにかく口にしていき、なぜ光の神は人間にこだわっているのか予想してみる。
そして最終的に気になるのはユウの事だ。
「なぜ光の神はユウに、勇者にこだわる」
「それはおそらく善の象徴だからでしょう。元々勇者というシステムは善の神が弱い人間のために用意した特別な称号です。勇者の称号を手に入れた人間は非常に強力な力を手に入れる事が出来ます。称号の恩恵は経験値の取得増加、特殊な魔法やスキルを手に入れた際デメリットを少なくする、そして何より人間の希望となるよう人間の身でありながらドラゴン達を倒せるだけのステータスをいずれ手に入れる事が出来るだけのチャンスを与えています」
「なるほど、ステータスか。確かにステータスだけは俺よりも上の可能性は高いな」
「いえ、絶対にステータスは上です。勇者は人間の中で最強になれるという証でもありますから。今はナナシさんとユウさんの間に大きなレベル差があるからこそあまり気にならないかもしれませんが、同じレベルだったら確実にステータスはユウさんの方が上です」
嬢ちゃんはそう断言した。
なるほど。人間の希望だから勇者様は人間の中で最高のステータスになる事は約束されてるって事か。
まだユウは成長途中だから大したことはない。レベルも俺から見れば低いし、戦闘経験も少ない。
でもいずれは必ず追い抜かれるか。
そう嬢ちゃんに言われると俺はつい笑ってしまった。
「何故笑うのです?」
「そりゃ楽しみだからだよ。俺より強い奴が必ず表れるって言われたんだ。これが楽しみじゃない訳がない」
「はぁ。下手をすれば光の神に利用されるかもしれないのですよ。そんな風に喜んでいていいのでしょうか……」
嬢ちゃんはため息をつきながら呆れていた。
でも俺はやっぱり楽しみだ。
子が親を超えるというのはやっぱり楽しみじゃないか。
ユウが俺を超える姿を想像すると、自然と笑いが込み上げてくるのだった。




