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怠惰の階層

 下の階層を向かいながら俺は嬢ちゃんに説明する。


「まず根本的な問題としてお前らは人間の欲をろく知らない世間知らずだ。攻略した色欲や暴食の階層に関してもな。お前達はもっと人間についてよく知るべきだ」

「でもずっとここに居ろって言われてたし……」

「本当にそれでも悪魔か?そんなもん無視して好きにすればいいだろ」

「でも女神様怖いし……」

「ダンジョンをより良くするための視察でも何でも言っておけ。悪魔なんだから上手い言い訳の1つや2つすぐ思いつけよ」


 話していると本当に悪魔なのかどうか疑わしいほどに素直すぎる。

 とりあえず歩きながら嬢ちゃんに言う。


「まず前提として人間は三大欲求に従って生きてる。食欲、睡眠欲、性欲だ。どれも生きて行くうえで必要だし、性欲に関しては子孫を残すために必要だ。そして色欲はその性欲に繋がっている。ぶっちゃけパワーバランス的にはもう少し強くてもおかしくなかったんだぞ」

「色欲と性欲は繋がってる……子孫を残すのってそんなに重要?」

「人間、というよりは生物は必ずいつか死ぬ。寿命、病気、事故、殺人などなど、死んだ理由を挙げればきりがない。だから自分が死んでもいいように血を残す。これが子孫だ」

「傲慢が言ってたみたいに生物って不便なんだね。私達悪魔は死んだと言ってもそれは休息でしかないもん」

「それってどんな感じだ?」


 初めて聞く悪魔の生態に少し興味が出た。


「えっとね。私はまだ死んだことないから分からないけど、ただ意識がない状態で次起きると数百年経ってることが多いんだって」

「それが悪魔の死?」

「そう聞いたことあるよ。肉体がないから魂が一定以上休息を取れば復活できるんだって」


 それが悪魔が復活する仕組みか。

 肉体がないからこそ行う事が出来る復活方法かもしれない。

 人間というか生物の場合、魂だけを復活できたとしても肉体がなければ復活できたという者はいないだろう。

 生物は魂だけではなく、肉体も同時に復活できなければならない。

 肉体の蘇生が必要ない分あっさりと復活できるという事のようだ。


「ふぅん。何かデメリットってないのか」

「確か……寝てる間に他の悪魔が強くなることは多いらしいから油断できないって言ってた気がする」

「そんなもんか。何かスキルがなくなったり、ステータスが落ちたりしないのか?」

「そういうのは聞いてないよ」


 ちっ。

 プレイヤーは死んだらそれで終わりなのに悪魔はコンテニュー可能かよ。


「次はここだよ」


 なんて悪態をついていると嬢ちゃんが言った。

 次はいったい何の欲望なのか、本当に欲を刺激する作りになっているのかどうか気になる。

 俺達は扉の奥に足を進めた。


「これはまた、シンプルな場所だな」


 扉の奥は真っ白な空間だった。

 足元はなぜか柔らかくふわふわしている。

 どこからか小さな音楽が流れていたり、石鹸の香りなんかもする。

 非常に穏やかな場所だった。


「ここは『怠惰』の階層。どう?人間の欲を刺激できてる?」

「欲を刺激というか……何だここ?って困惑した」

「そっか……ここもダメなんだ……」


 落ち込む嬢ちゃん。

 それにしても怠惰?何で怠惰で真っ白な空間なんだよ。

 そりゃSFに出てくる無菌室みたいな真っ白とは違うけど、それでも白い事は変わらない。

 真っ白な空間で怠惰に過ごしましょうって……どうすりゃいいの?


「とりあえず、ここのボスである悪魔を探すか。怠惰の悪魔ってどんな見た目なの?」

「赤ちゃん」

「……は?」

「人間の赤ちゃんの姿になってる。クマの着ぐるみみたいなのを着てずっとお世話されてるの」

「赤ん坊って……このだだっ広い所から探すのか」


 正直白いだけの空間でたった1人の赤ん坊を見つけるって相当難しいと思う。

 何より景色が変わらないというのが精神的に来るし、微妙な白の濃さでしか違いが分からないというのは息苦しい。


「怠惰って言うわりには精神的に来る階層だな。とりあえず……怠惰の悪魔を探すか」


 っと言う訳でこのよく分からない階層を手あたり次第探してみる。

 転移で大雑把に探すのも手段としてはあるが……これだけ白だけの階層だと遭難しそうな雰囲気があるので簡単に行えない。


「なのでジラント頼んだ」

「はいはい。見えればね~」


 ジラントの持つスキル、『天神の目』に頼ることした。

『天神の目』はいわゆる最上位の魔眼系スキルだが、他の魔眼系スキルと併用した方が効果高いんだよな……

 効果はどれだけ遠くに居ようとも遮蔽物しゃへいぶつに関係なく視覚に捉える事が出来る。

 そして最大の特徴はターゲット能力。

『天神の目』で対象を捕らえた状態で魔法を使うと絶対に当たるというチートっぷりだ。

 実際には魔法だけではなく銃などでも可能なのだが、こちらには射程距離があるので魔法の方が使いやすい。

 だから他の魔眼系スキルと同時に使えば超長距離から相手を石化したり、麻痺させたりすることが可能なのだ。

 と言ってもまぁターゲットを発見するのは自力で行わなければならないので、デメリットは存在する。

 それにフラッシュ系の魔法を使われると、目の前で強烈な光を浴びている感覚になるからその辺はちょっと注意。


 それからレナにも匂いと音で悪魔を見つける事が出来ないかどうか試してもらっている。

 他のメンバーは……地味に近くにいないか探している。

 そしてしばらく探した後、結局見つからず俺達は寝っ転がっていた。


「あ~、早く脱出したいのに全然見つからね~」

「資格、嗅覚、聴覚。すべてがダメだったとなると、これは厳しいかもしれません」


 レナも現状厳しいと思ってか難しい顔をする。

 こういう時は知っていそうな人に聞くのが1番だ。


「食料も少なくなってきたしな。嬢ちゃん怠惰の悪魔がどの辺に居そうか知らない?」

「その怠惰は会議の時も参加しないで他の子に任せっきりだったから……よく分かんない」

「よく分かんないって……ていうか他の子ってどんな奴だ?」

「クマのぬいぐるみだよ。大きなクマのぬいぐるみが怠惰の事をお世話してるの。身体を洗ってあげたり、おしめ変えてもらったり」

「本当に赤ん坊みたいな生活してんのな。でもそれじゃ何のヒントにもならないしな……」


 なんてゴロゴロしていると、何か思い出せそうな感じがする。

 このゴロゴロしている感じがどこかで覚えがあるというか……


「ねぇナナシ。私、少し気付いた事があるんだけど」

「この状況突破できそうか」

「それは分からないけど……」

「まぁ何でもいいや。気が付いたこと教えてくれ」


 何でもいいやと思いながらユウの話を聞く。

 そしてユウは想像の斜め上の事を話し始めた。


「私達がいるここ、ベッドの上じゃない?」

「…………は?」


 あまりにもよく分からない事を言われたので、ついそんな返事が出てしまった。

 しかしユウはどこか確信を持っているような感じで言う。


「この踏み心地と言うか、踏んだ感触?がベッドを踏んだ時の感じに似てる気がするんだよね」

「……マジ?」

「マジマジ。それにほらあれ、あの山みたいなのって枕に見えない?」

「言われてみれば?」


 ユウに言われて見てみると確かにそんな風に見える。


「それにこの階層は一応怠惰がコンセプトなんだよね。ならベッドでもコンセプトから外れてないと思うんだけど」


 自信のなさそうに言うユウだがその可能性はなくはない。

 そうなると怠惰の悪魔が良そうな場所は……


「少し休んだら枕周辺と布団の下、改めて調べてみるか」


 俺の言葉にみんな頷いたのだった。

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