暴食の悪魔
単純に俺と悪魔が戦い勝てばいいというだけであれば正直言って簡単だ。
だから俺は覇気を纏った拳を顔面に叩きこんだ。
悪魔は俺の拳によって吹き飛ばされ、様々な食材を突き抜けながら飛んでいく。
「…………」
「ナナシ!もしかしてもう勝っちゃった?」
「ユウ。お前ら全員下がってろ」
「え?」
「少し時間かかると思う。そして絶対俺達の攻撃に触れるな」
俺がそう言い終えると悪魔は歯をむき出しにしながら再び突っ込む。
動きは完全に飢えた獣であり、食うために何としてでも相手を殺そうとしてくる必死さが伝わってくる。
ある程度人型なのに動きそのものは完全に野生の獣と変わらない不気味さが俺を襲う。
そしてそれ以上に危険なのは、こいつが『暴食』を常に使っている事だ。
知っての通り戦闘に特化した『暴食』は触れた対象をHPかMPに変換してしまう恐ろしい能力。
ぶっちゃけ触れたら終わりの凶悪スキル。
俺も殴った直後俺のMPが不自然に減っていたことからその事に気が付いた。
おそらく俺を守っていた覇気からMPを食らったのだろう。
そして削ったはずのHPはさっき食材にぶつかった際に回復しているはずだ。
こうして敵対してみると本当に面倒なスキルだ。
だが一応『暴食』にも弱点がある。
それは触れないといけないだけではなく、スキル使用中は満腹度が回復しない事だ。
満腹度なんてゲーム表示がありそうな言葉だが、実際にはそんな項目はない。
ステータスには表示されない感覚的な部分になるが、特殊バッドステータス『空腹』が存在する。
これは一定時間食事をとっていないと起こるバッドステータスであり、この状態になるとHPが少しずつ減っていくという状態になってしまう。
そのバッドステータスを治すには物を食べればいいという簡単な行為だが、状況によってはそれが出来ない事もある。
このダンジョンに挑む前、食料の残りを気にしていたのはこういった理由があるからだ。
しかも『空腹』にはもう一段階あり、バッドステータス『飢餓』。
これは『空腹』よりもHPがより早く減っていく状態になり、HPがなくなったらそのままデッドエンドになる。
つまり腹をすかせたまま死んでしまう。
だから『暴食』を使ってくる相手に対して勝つ可能性があるとすれば『飢餓』を意図的に引き起こして自爆を狙うのがポピュラーかもしれない。
だがその場合長い時間逃げ回る事になるし、こちらも疲れる。
それにいつどのタイミングで『暴食』を使用するかどうかは使用者の自由。
『空腹』状態になったから『暴食』を解除、食事して再び使用する事は可能だ。
そうなると確実性が非常に低くなるので俺なりのやり方でやろう。
そのやり方を実践するのは非常に簡単だ。
食い合いに勝てばいい。
お互いに『暴食』を使用しているので食い合いが始まる。
意外だったのは悪魔は『暴食』以外のオーラや覇気を使っていなかった。
それを考えると悪魔達は自分が担当している大罪スキルしか持っていないのではないだろうか。
嬢ちゃんは言っていた。
人間が全然来ないので実戦経験が非常に少ないと。
実戦経験が少ないという事は戦闘で得る事が出来る基礎的なスキルも、手に入れていないのではないだろうか。
そう思ってしまうほどに使用してくるスキルが少ない。
実は『暴食』には弱点がもう1つ存在する。
それは食われながらでも攻撃することは出来るという事だ。
つまりHPやMPを奪われながら攻撃する事は可能だ。
ただ長距離攻撃、特に魔法だと『暴食』によって攻撃が届く前に食べきられてしまう可能性が非常に高いので出来る限り物理攻撃の方がいい。
長距離系物理武器でも拳銃のような小さな武器ではなく、最低でも砲弾くらいの大きさはあった方がいいだろう。
食われながらでも『暴食』を突破できるだけの質量さえあればごり押しできる。
まぁ他にも細かい弱点はあるけどな。
とりあえず今回は普通に勝つ事が出来そうだ。
襲ってくる悪魔の鳩尾を深く突き刺すように叩き込み、悪魔は腹を抑える。
そんな悪魔の顎を狙って蹴りを食らわせた。
悪魔はボールのように勢いよく飛んでいき、大の字になって飛ぶ。
俺は『傲慢』で悪魔の真下に転移、さらに悪魔を上空に蹴り上げて周囲に何もない状態を作り出す。
これで『暴食』で何かを食らいHPを回復させるの防ぐ事が出来る。
『暴食』の細かい弱点。
それは周囲に何もない状態になるとどうする事も出来ない。
言ってしまえば『暴食』は食べるものがなければただのオーラと変わらない。
まぁ何もない状態を作る事は難しいが、最も手っ取り早いのは空中にとどまらせる事だ。
流石に気体、空気は食べた事にはならないのでHPは回復しない。
水とかだとMPに変換されるがHPを回復させないための手段の1つとしてはありだ。
だから今の悪魔は何も食べる事が出来ない状況にある。
俺は悪魔の周りに防御用魔方陣を展開しながら極夜に手をかけた。
「やるぞ、極夜」
俺がそう言いながら抜くと極夜も気合が入った様子で覇気を纏う。
地上からジャンプして悪魔とすれ違いながら一線。
『暴食』を纏っている事でダメージを軽減したつもりだろうが、斬られた指から血が流れる。
俺は防御用魔方陣に着地しそこからさらにジャンプして悪魔を斬る。
それを悪魔のHPがなくなるまで連続で繰り返し、悪魔を地上に落とさせない。
地上から見れば何本もの線が悪魔に向かってなぞっているようにしか見えないかもしれないが、実際は超高速の中悪魔は切り刻まれていく。
悪魔はレベルは高いからか俺の動きについてくることは出来ているが、空中にいる事でHPは一切回復できていない。
そして俺の攻撃を食らう際に俺の覇気を食らっているが回復するのはMPだけ。
このままごり押しでHPを削り取る。
問題はどれくらいのHPが存在するのか不明な点だ。
前にも説明したと思うが『暴食』を得るとHPとMPの上限が取り払われる。
なのでどれくらい攻撃を続ければいいのか正直よく分からない。
だが大ダメージを与えればその分だけHPを減らす事が出来るのだから大きめのダメージを与え続ければいい。
上下左右、前後から防御用魔方陣を足場にして全方位から極夜で切り刻む。
悪魔は全然対応できておらず、深い傷を負う。
腕、足、胴体。
全身が深い切り傷によって血がとめどなく流れ続ける。
そして傷口は修復されているが地上に落ちる血は地面に大きな湖を作っているので、普通に考えればかなりダメージを与える事が出来たはずだ。
だがいつまでもこんなことを続けるのも面倒なのでそろそろ終わらせる。
「剣技、だるま落とし」
俺のオリジナル剣技、だるま落とし。
まず初めに敵の両足を極夜で斬り落とす。
コツは大きく振って一気に両足を両断してしまう事だ。
これで足を2回斬る必要がなくなる。
流石の『暴食』も斬り落とされてしまってはただの足。
もちろん地面を食べて本体を回復させるなんてことは出来ない。
足を斬られた悪魔は痛みを感じているような様子はない。
そして次にV字を作る様に両腕を斬り落とす。
ここまでがだるま。
悪魔は手も足もないだるま状態になり、初めて驚いた表情を作った。
そして最後のだるま落としとは、首を斬って胴体から切り離す事を言う。
胴体だけが先に地上に向かって落ち、残った頭は細かく切り刻んだ。
頭蓋骨では脳を守る事が出来ず、つむじから顎に向かって真っすぐ一線。
次に右目から左目に向かって一線。
後は適当に斜め、横、上下にペンで線を引いたようなきれいなまっすぐの線が出来たかと思うと、空中で自然とバラバラになった。
流石にこれでHPが残っている事はないだろうと思いつつも、残っている胴体と手足を見ると紫の灰になった。
これは勝っただろうと思っていると、周囲の光景が一変した。
先ほどまであった巨大な食材達は消え、残ったのは豚の顔が描かれたマンホールのような物だけだった。
「よしクリアだな。次の階層に行くぞ」
俺はそう言いながらマンホールのふたを外して中に入るのだった。




