ユウの決意
町に戻ってくると壊れた家などの残骸が一か所に集めている最中だった。
町の人達全員で瓦礫を集めて運び、ちょっとした小山が出来ている。
そこにはその作業を手伝うユウの姿もあった。
「ユウ。無事か」
「お帰りナナシ。結界で守られているとはいえあのキック怖かったんだけど」
「どうせ壊れないんだから別にいいだろ。それより本当に何ともないんだろうな」
「多分?サマエルさんに捕まりそうになった時からずっと結界で身を守ってたから、なんにもされてないと思う」
「それならいい。あとで念のため検査するぞ」
「あの、呪毒の方は……どうなってる?」
色々ユウに聞いているとサマエルが口を開いた。
おそらく俺が来る前にブレスをぶっ放していたんだろう。
町の方に呪毒による被害が出ているようには見えないが……どこかにあたったのだろうか。
「呪毒の方はベレトさんが解呪したよ。それに使ったと言っても町に直接使われた感じではないから町の人達は何ともないよ」
「そう……それならまだよかったかも」
サマエルはそう言いながら周囲を警戒している。
いや、警戒と言うよりは怖がっているか。
町の人達はサマエルに対して厳しい視線を送っているわけではないが、それでもサマエルは自分が町を破壊してしまった事は変わらない。
それにサマエルにとって本当に怖いのは捨てられる事。
サマエルにとってトラウマと言っていいほどの物だ。
だから誰かに捨てられるようなことをされたくないし、捨てられるような事を言われれば情緒不安定になる。
だから憑依が解けてサマエルは最初から懇願してきた訳だ。
俺という新しい主に対して捨てられるのが1番怖い。
こうして俺の隣でびくびくしているのもそれが理由。
結局サマエルは誰かに必要とされないことを恐れている。
「サマエル。俺達も瓦礫集め手伝いに行こうか」
「はい。主様」
少しでも気がまぎれればいいなと思いながら俺達は瓦礫の撤去を手伝う。
作業をしながらサマエルの様子を確認していたが、愛の国の住人達から作業よりも心配で声をかけられることの方が多い。
なんだかんだでこの愛の国の住人達は誰かの異変に非常に敏感だ。
特に差別されてきた歴史が長いからか、周囲に向かって怯えている気配を感じるとすぐに心配して駆けつけてくれる。
だからサマエルが町を破壊した時の豹変と、普段の状態に戻った事で色々心配して声をかけている。
本当にありがたい事だ。
おそらくサマエルの心の問題は俺1人でどうにかなるものではないだろう。
少しずつ周りから認められ、ここに居ていいと言われるまでずっと心配なのだ。
例え1番の居場所が俺の隣だったとしても、多くの人達に慕われる環境がサマエルにとって1番心地いい環境だろう。
そう考えているとユウがぽつりと言った。
「私、何もできなかった」
「ん?」
あまりにも突然すぎて何が言いたいのか全く分からない。
瓦礫を移動させているとユウは勝手に話す。
「私勇者なのに自分の身を護る事しかできなかった。サマエルさんが苦しんでて、助けなきゃって思っていたのに動けなかった。勇者なのに」
「あまり勇者って言葉に囚われない方がいい。どんな称号だって全部後付けだ。結局どう行動したのか、どう行動したいのかの方が重要だろ」
「それでもさ、『勇者』って称号が付いてるくらいなんだから、それらしい行動はしていたって事でしょ。でも今は全然そんなことできてない。ただ、自分の身を護る事に精いっぱいで、壊れる町の事をただ見てることしかできなかった」
そう言いながら瓦礫を黙々と片付ける。
ユウの方も何か考えているようだ。
俺から見れば『称号』はおまけ程度のものでしかない。
確かにステータスに影響は出るし、物によってはスキルのように強い効果を発揮する称号だって存在する。
でもやはりそいつがどのように生きてきたのかという他人からの評価のような物で、自分ではそんなつもりがなかったのに妙な称号を得たという噂は聞いたことがある。
俺だって罪人である自覚はあったが、大罪人とちょっとグレードの高い称号を得るとは思わなかった。
『犯罪者』『罪人』という称号はちょっとした犯罪行為、その辺に落ちている物を拾っただけでもその称号を得てしまう事があったそうだ。
分かりやすい基準は拾った物の金額的な価値らしいが検証したわけではないので詳しい事は分からない。
ただ俺も最初の頃はただの『罪人』だったのが大罪スキルを手に入れたことで『大罪人』に変化したくらいだ。
俺のように自覚して行動し、その通りの称号が手に入る事は非常に少ない。
だから俺は称号について深く考えたことがない。
「ユウ。それじゃお前はどうしたかった」
「……」
「ここでサマエルが暴れた時お前はどうする事が最善だと思った」
「……本当はサマエルさんを止めるのが正解だと思う。でも私は襲ってくるサマエルさんの事が怖くって、身を護る事しかできなかった。もっといい方法があったかもしれないのに、自分の事しか考えてなかった」
「俺から見ればそれが普通だ。誰だって自分の身の安全を優先させる」
「でもレナさんやベレトさんはすぐにサマエルさんに向かっていったよ」
「それは俺が元々頼んでおいたからだ。正直サマエルの事を俺は不安視してる。あいつの意思で俺を裏切る事はないが、例の神様に操られる可能性はどうしても捨てきれない。捨てられるのは神様を殺した後だけだ」
「酷いね。信頼してるっておきながら疑ってるなんて」
「ああ酷いよ。最低だ。でもそれはあくまでもサマエルの後ろにいる奴を警戒しているってだけだ。それにおそらく今回サマエルに憑りついた奴は神の類じゃない」
「なんで分かるの?」
「中途半端だったからだよ。サマエルは『傲慢』を持っている。それなら結界越しでもユウを捕まえたのならさっさと転移してポラリスまで運んじまったほうがよっぽど賢い。まっすぐ飛ぶのとは違うから転移の連続で姿を消そうと思えばいつでもできるし、逆に一瞬だけ姿を見せてどこか遠くに消えたように見せかけてこっそりポラリスに戻ることだってできたんだ。でもサマエルに憑りついた奴はほとんどのスキルを使用できない程度にしか操れなかった。もし俺が想定している神がサマエルを操っていたのであればスキルを使えないなんて状況にはなっていないと思う」
もしくはラジコンやドローンの様に遠隔操作していただろう。
それこそまさに生きた人形。
何の意思もなくただ動く人形だ。
「だからお前が落ち込む必要はない。悪いのはポラリスの神だ」
「……もしナナシがサマエルさんが操られていた時に居たらどうしてた」
「そりゃもちろん遠くに投げ飛ばすなり殴り飛ばしたりしてこの町と引きはがす」
「そうじゃなくて、私のスキルを使うとしたらどうしてた?」
俺がユウのスキルを使って?
そうだな……
「やっぱり1番確実なのは『正義』による結界の展開か。確かにあの結界は身を護るっていうのが前提だけど俺なら檻として使ってたかもな」
「檻として?」
「『正義』の結界は絶対防御。外側からの攻撃を一切通さない代わりに内側からの攻撃も一切通さない。なら相手を閉じ込めてそのまま解除しなければ檻のように使う事も可能だ。あれ?これ前にもやったことなかったっけ?」
ただ口で言っただけかどうか忘れてしまったが、俺がユウの持つスキルで被害を最小限に抑えるとすればそんなところだろう。
俺がそう想像しながら言うとユウは悔しそうにかみしめる。
「でも私にはそれが出来なかった」
「直接襲われた奴ともしそうなったらって想像で語るのとでは全く違う。それにお前を連れて行くのが目的だとすれば、お前はお前で最善の行動をとれていた。そこまで落ち込むことはない」
俺がそう言いながら瓦礫を置き、腰を叩いているとユウは俺の目をまっすぐ見ながら言う。
「でもサマエルさんを倒すまでは出来ないよね」
「今のお前じゃ無理だな」
ユウの現在のレベルは69。最初の頃に比べればすさまじいレベルアップと言えるだろう。
だがサマエルのレベルは94。まだまだ圧倒的な差が開いている。
ユウの持つスキルなら時間稼ぎや封殺することまでは出来るだろうが、倒すとなると話が違う。
倒すという事は相手にダメージを与える事。
ユウのレベルでは傷付ける事が出来るとしてサマエルはそれ以上の攻撃を与えてくるのだから1回でも攻撃を受ければすぐにリタイアとなってしまうだろう。
それに対してユウは何百回という攻撃を浴びさせる必要があるのだから圧倒的に不利。
もっと他に仲間がいれば話は違ってくるのかもしれないが、1人で行うというのであれば無謀でしかない。
俺がユウにはっきりと言うとユウは何か決心したような表情を見せてから俺に言う。
「ナナシ。私ナナシが力を求める理由、少しだけ分かったかも」
「どんな感じで分かったんだ」
「本当に、本当に、弱い人に選択肢ってないんだね」
「その通りだ。だから俺は貪欲に力を求めた。本当にそれだけはどこの世界でも変わらない」
武力、知力、財力。
俺の中ではこの3つが非常に大きな影響力を与えていると思っている。
武力は体格に恵まれている事、身長があることなど、最も目に見える差が生まれる物だと思う。
それから相手を傷付けることに対して躊躇いがないか、殺す事に抵抗感がないかなど、非常に原始的な部分で発揮する。
体格が恵まれているだけで小さな相手が勝手に怯えたり、獲物をしとめるために最も必須な力だろう。
知力に関しては努力でどうにかなる点も多いが、やはりこれも才能がなければ十分な力を発揮できるとは思えない。
馬鹿でも努力すればできるなんてほとんどの人が言うかもしれないが、やはり才能がなければ理解することは出来ない。
知力はどしてそのような現象が起きるのか、どうしてそのような結果になるのか、という過程を理解するために必須だと俺は考えている。
それが出来なければどれだけ知識を集めても利用できず、くたばるだけだ。
財力に関しては人間社会限定の物だろう。動物は金を使って物々交換しないが、人間だからこそ金があれば何でも交換する事が出来る。
金があれば病院に行って治療してもらう事で命をつなぎとめる事が出来たり、寿命を延ばすことだって可能だ。
金があれば愛だって買える。金がなければどれだけ愛し合っていたとしても一生共にいることは出来ない。
金があるから獲物を狩りに行かなくとも肉や魚を食う事が出来る。1年かけて野菜を育てる必要もない。
俺はこの世界ではこの3つの力を十分に持っている。
武力は最大で、知力は今まで生きた経験と魔導書から得た、財力はリブラに溜め込んでいる。
そして前の世界ではこの3つの力を十分に持っていたかと聞かれると持っていない。
人を傷付ける度胸はない、無駄知識しかないバカ、金は遊び惚けていれば1年ともたずに尽きる。
だから俺は向こうの世界ではなくこの世界を選んだ理由の1つだ。
苦労すると分かっている人生を生きるより、楽で楽しいと感じる世界を選ぶのは自然だろう。
「私は、強くなりたい!このまま自分の身だけを守って生きて行くのはヤダ!!でもそのために人を殺すのはもっとヤダ!!だから私のレベルをどんどん上げる事が出来る場所を教えて!!」
ユウは強い視線を俺に向けながら言った。
ユウの条件に合う場所がないわけではないが……そこは本当に危険な場所だ。
今まで行っていた場所が天国だと勘違いしてしまうほどに厳しい場所になる。
「……本気で言ってるのなら連れて行ってやる」
「本当!?」
「でも本当に死ぬ覚悟は忘れるなよ。あそこは死んで当然の場所だ。そして俺達がレベルアップする事が出来る場所の意味、忘れるなよ」
ユウが効率的にレベル上げが出来る場所。
それはつまりユウよりもレベルの高い連中がいるのが普通の場所という事だ。
俺もユウに強い視線を向けながら言うと、睨み返してきた。
「よし。なら今度はそこに行くか。ベレトはどうするかな?」
「本当に危険な場所なんでしょ。そこってどこなの?」
「1番西の所にある洞窟の中。ダンジョン名は『黄泉の道』」
そこは悪魔がうじゃうじゃ出る最悪のダンジョンだ。




