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『怠惰』の姿

『怠惰』の正体は到底生きているとは言い辛い何かだった。


 例えるのなら拒食症患者。

 例えるのなら病気で物を食べられない人の極限。

 例えるのなら骨と皮だけのミイラ。


 身体は全て骨の上から直接皮があるかのように全く筋肉や脂肪を感じない。

 体中の骨、腕、足、脇腹、背骨など本当にすべての骨が浮き出ており生き物の気配が感じられない。

 肌も爪も黄色くなっており、ろうを塗ったかのような奇妙な光沢がある。

 生きている人間と言うより蝋人形ろうにんぎょうと言われた方がよほどしっくりくる。


 だがこのミイラには人工呼吸器のようなマスク、腕には点滴のチューブ、胸には心電図が繋がっているから生きているんだとようやく分かった。

 それほどまでに生気はなく、ただ生かされているという表現が正しいように感じる。

 本当なら『嫉妬』で変身して確認したかったが、そうした時に今のこれと同じ状態になるのではないかと考えたため、すぐに殺すことにした。

 極夜やスキルを使うまでもなく、ほんの小さな衝撃で死ぬのではないかと思えるほどに細くて小さい。

 もしかしたらこの点滴を引き抜いただけで死ぬのではないかと思えるほどだ。

 一応スキルを使っている事は何となく感じ取る事が出来ているが、心電図が動いていなければ本当に偽物ダミーだと勘違いしていただろう。


 俺は『怠惰』の首に手をかけると、ちょうど男が扉を開けて入ってきた。

 男は俺に奴隷を紹介してくれた店員だった。

 彼は息を切らしながら俺に言う。


「その……方を、どうする、つもりですか」

「もちろん殺すつもりだ。俺にとってこいつは邪魔だ。今のうちに殺しておく」

「彼を殺したら世界は混乱してしまいます!」

「知ったこっちゃない。どうでもいい。そういうのは正義の味方にでもいうんだな」


 俺が少し首に力を込めただけで男は声を荒げながら言う。


「本当にその人を殺したら世界が大変な事になるんですよ!?」

「……必死だな。もっと具体的に言え。興味がある」


 男は警戒し、こちらの顔色をうかがいながら慎重に話す。


「今現在彼が所有している奴隷の一部は犯罪者達を抑える役割でもあります。つまり彼が死ぬと世界中の犯罪者達が好き勝手にし始める可能性が非常に高いのですよ!!」

「なんだ。その程度か」

「…………は?」

「その程度かと言った。たかがその程度の事で俺がためらう訳ねぇだろ。むしろ俺が暴れるよりも被害は小さいだろうよ」

「だがこの国の人間だって無事では済まない!!」

「知らん。俺と言う大罪人が他人の平穏と自分の利益を考えて自分の利益を優先するのは当然の考えだと思うが?」


 当たり前の事を言ったが、最初から『怠惰』は殺す予定だったのだから何を言われようが殺す。

 でもまぁこいつの話が面白いと感じたのも事実だ。

 こいつが他の犯罪者の事も制御していたのは意外だったし、すぐに殺さなかったのはこいつの『怠惰』の能力があったから再利用していたのだろう。

 でもそれはもうすでに瓦解している。

 こいつがポラリスからどんな役目を与えられていようが知ったこっちゃない。


「それじゃ世界の平穏はこれでお終いだ。バイバ~イ」


 そう言った後俺は『怠惰』の首をへし折った。

 意外なほどにあっさりと折れ、寝たきりで動けない間に骨も弱っていたのではないかと思えるほどにあっさりと折れた。

 これならまだ木の枝の方が頑丈だと思う。

 それほどまでに『怠惰』の骨は弱り切っていた。


 確実に殺すと男は膝から崩れ落ちた。

 どうやら本当に『怠惰』が死んだら犯罪者達が暴れ出すと思っているようだが、こんなうまい話を利用しない訳がない。


 俺は『怠惰』を殺す前に『強欲』で『怠惰』が所有している奴隷達の主人としての権限を全て奪ってから殺した。

 おかげで25914人の奴隷を手に入れる事が出来た。

 人数が多すぎるのでまだ全員どんな連中なのか分かっていないが、この国の王様も奴隷にできているはずなのでこれで働かずに生きていける。

 金は王様に振り込んでもらお~っと。


「…………」


 彼はそんなことになっているとは全く思っている様子はなく、ただうなだれているだけだ。

 殺しに来るわけでもなく、本当にただ落ち込んでいるだけ。

 そんな彼の目の前で堂々と手に居れた奴隷についてチェックする。

 おまけとして大量の奴隷も横取りする事も出来たし、こいつら全員を管理するのは面倒だがただ放置してどのような行動をしているのか眺めることは出来る。


 それにしても……さっき殺した奴が『隠者ハーミット』だったのは間違いなさそうだ。

 管理している奴隷達の中で一部暗殺、偵察を中心に行っている連中がいるが、こちら全員にハーミットの称号が付与されている。

 その中で目立つのは目の前の彼だ。

 どうやら彼が本物の『隠者ハーミット』という事になっていた。

 表向きと言うよりは人と会う、会話するという事は彼に任せっきりにして自身はここでずっと奴隷達の事を管理していたようだ。


 殺したばかりの『怠惰』の印象はやはり人と言う感じではない。

 無理矢理ではあるが印象はスーパーコンピュータ。

 奴隷達の行動を全て管理する事だけをしてきた存在。


 正直『隠者ハーミット』は『怠惰』と言うスキルの使い方を間違っていたように感じる。

 怠惰と言うのであれば自分は怠けて他の人に仕事をさせる、みたいな感じだと俺は思っている。

 面倒な事は他人に押し付けて自分は楽をするというのが正しい怠惰ではないだろうか。

 それなのにスキルを全力で使ってその代わりに一切動けず仕事ばかりするって矛盾している気がする。

 生きていてそれの何が一体楽しいんだか。


 俺は彼の前に立ち、ピクリとも動かない彼の耳元にしゃがんで言う。


「確かに本物の『隠者ハーミット』は死んだ。でも俺が受け継いだ」

「…………どういうことです」

「あれを殺した時にあいつが管理していた奴隷全てを俺が掌握していると言う訳だ。つまり今のお前の主は俺だ」

「…………それは本当ですか」

「本当だ。と言ってもこの数を掌握し続けるのは面倒くさい。だからお前がこれから『隠者ハーミット』として生きてこいつらを管理し続けろ」


 そう言いながら俺は彼に向かって洗脳する。

 隷属の首輪による思考誘導で今までと同様に問題ない。

 今までと同じようにすれば平穏は保たれるという思考に誘導する。

 するとあっさりと彼は復活した。


「分かりました。ではこれからもポラリスへの報告などはお任せください。『怠惰』様」


 俺の事を怠惰だと勘違いしているが都合がいいのでこのままにしておく。


 さて、これで俺の役割は一応終わった。

 目標だった『怠惰』は殺し、おまけでその奴隷全員を奪う事にも成功した。

 これでポラリスの暗部は俺に乗っ取られたわけだ。

 これを大勝利と言わずに何といえばいいのだろうか。

 俺は国の端まで転移するとちょうどレナから通信が入った。


『申し訳ありません。緊急事態です』

『何があった』

『予想通りサマエルがユウを拉致しようとしました』

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