意外な出会い
誰にも納得されていないまま俺は6体の上位サキュバスをアイテムの中にしまってから愛車にまたがる。
そして見送ってくれるレナとベレトに言う。
「そんじゃみんなの事よろしくな」
「お帰りをお待ちしています」
「早く帰ってきた方がいいわよ~。みんなナナシちゃんがいなくてストレス受けるだろうから」
「ちょっとしたお使いみたいなもんだ。すぐ帰る」
そう言った後俺は愛車を飛ばした。
久々の1人度に対して俺は久しぶりだな~っという軽い気持ちと、やっぱり少し心配だな~っという気持ちが混ざっていた。
わざととはいえユウを放っておくのはおそらく悪手だろう。
本気で守りたいというのであれば極論を言えば俺の金庫に閉じ込めてしまえばいい。
アストライアが管理しているのだから神の力であってもおそらく大丈夫だろう。
それでも俺がユウに自由を与えている理由は、おそらく俺自身が縛られることを嫌っているからだ。
前の世界では色々と息苦しい事の方が多く感じた。
様々な社会的なルール、すでに固定化された常識、他者と違う点を見つけて排除するルール。
そういったものが気に入らないから前の世界を捨てた。
それと似たようなことをユウにはしたくない。
多分これが俺の正直な気持ちだと思う。
俺が嫌だった狭っ苦しい気持ちを体験してほしくない。
だから守るためだとしても息苦しい思いをさせたくないが……今回は狭っ苦しい思いをさせるか。
帰りに何かうまそうな物でも買うかな。
愛車をぶっ飛ばして3日。女帝に連絡を取る。
「おい女帝。疑われてないか」
『恐ろしいほどに何もない。帰ってきた際に全員身体検査を受けたが異常なしと判断された』
「それならいい。お前達にサキュバスを憑依させる準備は整っているか」
『あまり気の進まない内容だが……隷属しているだけではダメか?』
「その場合俺にしか情報が伝われねぇんだよ。他の協力者にも情報を流すために犠牲になれ」
『クソ。捕まって拷問を受けているときもそうだったが、お前は私達の事をどう見ているのかよく分かる』
「お前から見て俺はお前達にどんな視線を送ってた」
『何の感情もない、ただの道具のような視線だった』
「情も沸いていない他人に対してはそんなもんだろ。どっかの偉い人が言ってたが、『隣人を愛せよ』ってのは難しいもんだ」
『素敵な言葉だな。覚えておこう』
「……そう言うところはやっぱり宗教家同士のシンパシーのような物があるかね?そして俺達の会話を盗み聞ぎしてた感じの奴は目星付いたか」
『全くだ。全く見つからない。もちろん最初に疑ったのは法王猊下だが、私が大罪人の所有物になっている事に気が付いていないようだった。それからこれはお前の仕業か?』
「何をされた」
『新たな腕輪をいただいた。だが今も変わらずお前に支配されている。腕輪が変わればお前の支配から脱出できるかもと思ったが、出来なかった』
「当然だろ。俺がやったのは隷属の上書きじゃなくて、奪取だ。新しい腕輪を用意したところで無駄だ」
『……っち』
顔は見えないが悔しそうにしているのはよく分かる反応だ。
焚火をしながら肉を焼いて食べながらユウ達の方を確認する。
ユウ達の方も今のところ問題は起きていない。
サマエルも通常通りだしまだ動くつもりはないのか?
『それで、どこで落ち合うつもりだ』
「勝手に行くから待ってろ。精々何も知らない振りして寝てればいい」
『他の5人の所にもか?』
「そうだ。全員に憑依させる。情報は大切にな」
『……本当に憑依されても私達の精神が汚染されることはないのだな』
「むしろ精神を汚染されたら情報を手に入れられなくなる。だからそうはさせない。無害な寄生虫にでも規制されているとでも思っておけ」
『その想像もかなり嫌なんだが……』
「とにかくもうすぐそっちに到着する。おとなしくいつも通りに過ごしてろ」
そう言ってから俺は通信を切った。
と言っても俺の情報を女帝側に送らないだけで監視は続けている。
とりあえず今日までは特に目立った様子はない。
帰ってきた後は女帝も言っていた身体検査、簡単に言うと俺に何かされていないかの確認だったが、魔法でいろいろと調べていたが特に何もないという事で法王の護衛として仕事を再開していた。
ただし獣人の国でのやり取りを軽く説明していたので、後日例の『切り札』達の通信を行うらしいのでその前にサキュバス達を憑依させておきたい。
もしその会話を盗み聞きする事が出来ればかなり大きな情報を手に入れる事が出来るだろう。
俺は肉を食い、軽く休んだ後に再び愛車を走らせるのだった。
――
愛車を走らせてちょうど夜の1時に到着した。
女帝とその部下達も俺が今来たとは思っていないのか、のんきに寝ている。
逆に都合がいいので俺はこのまま女帝達にサキュバス達を憑依させるために転移する。
まずは部下である5人を順番に憑依させた。
場所に関しては『怠惰』の影響下にいる者を感じ取る事が出来るので調べるまでもない。
その調子で最後の女帝に関しては油断しすぎと言えるほど眠っていたのでこちらもあっさりと憑依させる事が出来た。
このまま帰るのもいいが、どうせならポラリスにある程度のダメージを与えてから帰りたいのが大罪人の性だ。
ぱっと思いつくのは破壊工作だが……図書館で封印されている呪われたアイテムを回収するのも悪くないし、騎士たちが持っている武器を破壊して回るのも悪くない。
どうするかな~っと思っていると2人のシスターがこちらに向かって歩いて来た。
俺は何食わぬ顔で隣を通り過ぎようと思っていると声をかけられた。
「あなたが大罪人でお間違いないでしょうか」
非常に小柄な、少女と言っても通じる感じの女性が俺に声をかけてきた。
その隣にいるシスターは俺を見て怯えている。
どこかで見たことがある気がしてじっと見てみると、前に犯した聖女ちゃんだった。
これなら嘘を付いても意味がないなっと思いながら俺は正直に言う。
「初めまして、シスター。聖女ちゃんは久しぶり」
軽く手を振りながら言うが聖女ちゃんは怯えてシスターの後ろに隠れた。
俺は残念に思いながらもシスターに聞く。
俺の事を大罪人だと知っていながら堂々と話す彼女が何者なのか少し気になった。
「それで、シスターのお名前をお聞きしても?」
「私はアナト。このポラリスで法王の役目をいただいております」
これはまた、意外なのが出てきたな。
この宗教のトップが女だとは思っていなかった。
俺がぶっ殺した時の教皇は爺さんだったし、偏見だが宗教の偉い立場にいる人間も男ばっかりだと思っていたので正直意外だ。
それにスキル『神託』を持っているという事は光の神にとっても重要な人物なのは間違いない。
それなのに危険を恐れず向こうから来たという事は光の神の神託でもあったか?
「これはお初目にかかります。大罪人、ナナシと申します。この度はどのようなご用件でしょうか」
俺は小柄な教皇に丁寧に礼をしながら聞く。
すると袖で口元を隠しながらくすくすと笑いながら言う。
「それはむしろこちらのセリフなのですが、おそらく悪い事をしようとしていたのでしょ?」
「はい。いずれ起こるであろう戦争に備え、兵士達の武器でも破壊しようかと考えておりました」
「それは今困ります。そのような事をさせないために私の部屋で紅茶でもいかがですか?」
これはさらに意外な回答だ。
隣にいる聖女ちゃんも目を大きくしながら教皇の事を見る。
まさかと思うが危機感がない?
それとも俺の事を何か試したいとでも思っているのか?
「ありがとうございます。いただきます」
教皇の真意を確かめるためにも俺はこのお茶会に参加する事にした。




