閑話15 ある魔力残存の平穏(前)
「昨今の中央のやり方には、賛同致しかねます。ディーフェニーラ様もそう思われませんか?」
「えぇ、中央は変わってしまったわ。それに準ずるか、これまで通りわたくしたちのやり方を守るか、貴方はどう思われて?」
「私が思うに、中小領地を使って圧力をかけるなど、威厳の欠片もない浅ましさかと」
「そうね。アディストエレンの影響力を脅威に思っているからこその、暴挙とも言えるわ」
「さようでございましょう。しかし、先の件では、ディーフェニーラ様も大層ご腐心のほど、察し致します。つきましては、討伐に向かった騎士たちの演習場について、少しでもお力になれたらと思いまして、」
あぁ、嫌だ。臭くて鼻がもげそうだ。早くあっちへ行け。
彼の黒髪を睨みながら、体にグッと力を込める。部屋にはった魔力が強まった。
守りの魔力だ。敵とみなされたものは、さぞ不快に思うだろう。
ついでに魔力を飛ばし、わざとらしい笑顔を貼り付けている彼の横っ面にぶつけておく。
魔力をぶつけた後も彼は居座り続け、ロクでもないことを喋っていたが、暫くするとソワソワとしだし、部屋を後にした。
ふぅ、やっと行ったか。全くここは鼠だらけだ。
先日のアディストエレンの失態にかこつけて、演習場の権利を奪いに来るなんて、ナンセンスにもほどがある。あれは南の責任だろう。
ギギッと扉が閉まるまで、彼を睨み付けていた視線を、執務机に座る君の背中にうつす。
肩が大きく上下し、夕焼け色の髪が揺れた。ため息を溢した君は、肘をゆっくりと机につき、右手でこめかみをグッと押す。
あぁ、今日も痛みが辛そうだ。
今のやつはトラサムタン家か。小物だが、だからと言って気を抜くことはできない。
あいつらに隙を見せたら、尻尾に毒を仕込んでくるからだ。
あんな奴のために、無駄な時間と精神を消費した君を憂い、ため息をついた。
「大変申し訳ございません、ディーフェニーラ様。私の失態でございます」
「いいえ、面会を受け入れた私も、目測を誤ったわ。今回はお互い、水に流しましょう」
いいや、これはベルセの失態だ。あいつが先ぶれをだす前に、ベルセが手を打っておけば余計な時間を費やすこともなかった。
情報操作が生温いんじゃないか?
ギリギリと歯軋りをしたいが、動かないこの体では、できるはずもない。
ベルセを許した寛容な君は、机に高く積まれた書類から一枚を抜き、書物を始めるも、すぐに羽ペンを離し、右手をこめかみに戻した。
頭の痛みは、昔からの彼女の持病だ。
僕はググッと体の力を強める。苦しむ君が、少しでも楽になるように祈りながら、ふわりと飛び出した魔力を、優しく君の背中に当てた。
領主の急死は、領の混乱を加速させている。僕に続いてあの子まで、君を残してエーダフィオンの招き手を受け入れるとは。
領主一族の薄命は、過去の忌まわしき慣習の定めかもしれない。
この機に乗じて君の利権を奪おうと、次から次へと鼠たちが扉を叩く。
今日も僕はいつものように、魔力をぶつけて卑しい害獣をこの部屋から追い返した。
「例のものを、迎えに行って参ります」
「えぇ、分かったわ」
ベルセが部屋を出て行く。
あぁ、そうか。今日は珍しく平民が来ると言っていたか。
小石を祭り上げて黄金に見せかけるのは、教会のよくやる手口だ。今回の召喚は彼らに向けた牽制であり、形式的なものだ。
対外的に、我が街が唾をつけていると分かればいい。
領外対策の根回しまで、こちらがしなければならないなんて、もしかして愚鈍な振りをした南からの嫌がらせではないだろうか。
これから来る、矮小な平民に君の貴重な時間をとられると思うと、余計な手間を増やされた怒りが込み上がる。
届かないと分かってはいるが、南の塔へ向かって魔力を投げずにはいられなかった。
「ディーフェニーラ様、ベルセでございます。ミア様をお連れいたしました」
「入室を許可します」
ベルセと共に、小さな少女が入ってきた。粗末な服を着て、小さく震えている様は、まるで捕らえられた小鳥のようだ。
これが、例の平民か。第一印象は、さりとて興味を惹かれなかった。
「薬屋の見習い、ミアと申します。本日は平民の身でありながらお貴族様の区域へと足を踏み入れることができましたこと、恐悦至極でございます。」
「……。先日の其方の助言により、頭の痛みが楽になりました。感謝します」
……感謝?
たしかに最近、君の痛みに苦しむ頻度が減ったように感じていた。まさか、この平民の助言を聞き入れたからだったとは。
部屋の真ん中に棒立ちの小鳥に、身を乗り出す気持ちで、改めて目を向ける。
空洞であるはずの僕の中身が、なんだか落ち着かなかった。
ん? これは、本当に平民か? 操作は拙いながらも魔力を感じる。
「どれもいい香りだわ。……そうね。今の時期だと、東の薬草園のポメラが綺麗なのではなくて? 私も好きな花です」
「平民の身でありながら、分不相応でございますが、そちらのポメラの植物で精油を作る許可をいただくことは可能でしょうか。願わくばディーフェニーラ様に、献呈したく存じます」
不思議だ。まともな挨拶の仕方すら知らないのに、貴族言葉や立ち振る舞いは問題ないようにも見える。
なんともチグハグで得体が知れない。鼠たちとは違う、不快ではない匂いがした。
わざと平民のふりをしているのか? だとしたら、いったい何のために?
さっきのトラサムタン家への対応に比べ、警戒レベルを上げたベルセの様子を見て、さらに困惑する。この小鳥はいったい何者だ?
「大変嬉しいわ。ベルセ、東の薬草園へミアを案内しなさい」
この時間に薬草園か。ギリギリ間に合うだろう。君の意を汲んだベルセが、小鳥を連れて早足で出て行く。
情報は足りないが、放置するわけにはいかない。僕は君の英断に、賛辞を送った。
「ディーフェニーラ様、ご無沙汰いたしております」
「レオルフェスティーノ。ごきげんよう」
後日、再びやってきた小鳥は、レオに連れ立っていた。
よりにもよって、あいつも来るとは。君もやり辛いだろう。
挨拶もそこそこに、君が先手を取り探りを入れるも、レオは顔色一つ変えない。昔は可愛げもあったのに、憎らしいやつだ。
「平民の私には、身に余るお言葉です。恐れ多くも、お受けする事は出来ません」
この前はあれだけ流暢に囀っていた嘴は、カリーユミのように同じ言葉を繰り返すことしかしなかった。
レオから釘をさされているのか。全く、つまらないな。
……つまらないだって? 僕はこの小鳥に、何を期待していたというのだろう?
最終的に2人は、君から貴族の資格をもぎ取った。調査隊の件もあるので、フィエスリント家に借りを作るくらい、痛くも痒くもない。
しかし、元々はこちらがけしかけた事とはいえ、レオにやり返されたことは、少々腹が立つな。
ググッと体に力を込める。嫌がらせに部屋の魔力を強めた。
しかし、2人にはなんの効果もないようだ。攻撃に対する妨害の魔術でも仕込んでいるのかもしれない。抜かりないな。だから、あいつは嫌なんだ。
君も不満を抱いたのか、帰りの案内役としてベルセを遣わせた。あとは、彼ががうまくやるだろう。
ネチネチとした嫌らしいやり方に、せいぜいイラつけばいい。ククっと、ほくそ笑んだ。
僕は、彼らに続いて扉を出ていくベルセの後ろ髪に、自分の攻撃がうまくいかなかった八つ当たりと憂さ晴らしへのエールを込めて、何発か魔力をぶつけて満足したのだった。
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