癒しの時間
「今日も鳥、多いなぁ」
調剤部屋で、鍋をぐるぐるとかき混ぜながら、窓の外を見た。
外では、庭の木に群がる鷲たちを、ロンルカストとセルーニが、杖を振り回して追っ払っている。
杖結びをした翌日から、我が家の庭には大きな鷲が来るようになった。
多分、グラーレの羽から溢れたオーロラで、庭の木が花咲爺さんされて春になったから、木々に実った実を啄みにきてるんだと思う。
「絶対、増えてるよね」
日に日に増えて、今日は20羽くらいズラリと枝に止まっている。なんかこっちを見てる気がして、ちょっと怖い。
鷲ネットワークで、うちの庭情報が拡散されているのだろうか。城の東の離れに、いい餌場あるよ的な。
薬草園でも、時々鳥を見かけるけど、あっちでは小鳥しか見たことがなかった。
鷲除けの魔法でも、かけてるのかな? 是非とも、うちの庭にも伝授していただきたいものである。
杖から白い霧をブシャーと噴射させ、鷲を散らし始めたセルーニに、頑張れと心の中で旗を振った。
ロンルカストは、杖で器用に網を操って、次々と鷲を捕獲しまくっている。捕まえたあとは、どうするんだろう。今日の夕食がローストチキンじゃないことを祈った。
ロンルカストといえば、先日彼に執務室いっぱいの本をプレゼントされ、座学に魔法理論が追加された。
1日のスケジュールでも、座学の時間がドーンと増えて、私は執務室に缶詰になりながら、大量の積み本消化に努めている。
杖なしで魔法を使えるようになるために必要なことだし、ロンルカストが私のためにかき集めてくれた本だと分かっているから、文句は言えない。
言えないけれど、辛いものは辛い。小難しい本の解読をしていると、頭が沸騰してパーンとなりそうになる。
そんな中、本の山となった執務室から離れられるポメラ制作と回復薬作りの時間は、本当に心の癒しだ。
「元気になーれっ、元気になーれっ」
今は回復薬作りのため、グツグツと素材を煮詰めている。甘苦い香りと暖かい湯気が部屋中に広がっていた。
まだ勉強途中なので、杖なし魔法は使っていない。ロンルカストが拾ってきてくれたヘラを使って、今まで通り自分で鍋をかき混ぜている。
さっき、スライム時計をひっくり返した。再び上の瓶になったスライムオイルが、下の瓶に落ち切ったら、今日分の作業は終了だ。
「ミア、何を作っているの?」
「回復薬だよ。平民街の薬屋で習ったの」
テトテトと部屋に入ってきた黒猫が、鍋の前でとまり鼻をスンスンとさせた。
「ふーん、美味しそうな匂いだね」
「まだ途中だけど、舐めてみる? 結構苦いよ、後味は渋甘いかな」
「お腹いっぱいだから、今はいいや。また今度、ちょうだい?」
すぐに出て行った黒猫を見送って、鍋に視線を戻す。うっ、あと少しでまた、執務室に戻らなきゃいけないのか。
息抜きタイムのリミットが近づき、急にヘラが重くなった気がした。
数日が過ぎ、月の日になった。2週間ぶりに、平民街へ向かう。
先週は、杖結びの儀式が急に入り、来ることができなかった。楽しみにしていた月の日を、わざわざ指定するなんて、レオ様は嫌がらせにも余念がない。
工房で、ザリックさんから、注文していた献上用スライム時計3個を受け取る。
やり切った顔のザリックさんには申し訳ないけれど、手放しで喜べない自分がいた。
手の上の高級感極まる瓢箪型の美しい瓶に入った、キラッキラのスライムオイルを見つめる。
はぁ、今回ばかりは、仕事が早いザリックさんを、恨めしく思ってしまう。
私は、スライム時計制作という名目のもと、特例でディーフェニーラ様より平民街への外出許可を得ていた。
時計が完成してしまったということは、これ以降、平民街へいく理由がなくなったことを意味する。
なんの非もないザリックさんに、完璧なスライム時計を作ってくれた感謝を深く伝えて、ショボショボと薬屋へ向かった。今回もアズールさんが、馬車に付き添ってくれる。
「嬢ちゃん、この前は紹介してくれてありがとう! サルトさんって、ちょっとハスキーでいい声だな」
馬車に乗り込む前に、ソワソワした様子のアズールさんから、不思議なことを言われた。
ハスキー? 普通の少年声だと思うけどな。サルト先輩、この2週間で声変わりでもしたのだろうか。
馬車はガタゴトと進み、薬屋に着く。
私の心中を察してくれたロンルカストは、薬屋に好きなだけ滞在を許してくれた。
「教えてもらった薬、ずっとずっと練習します!」
「当たり前さね。 ……頑張んな」
気のせいかな。優しい薄紫色の瞳で見つめながら、激励してくれたミグライン店長の目は、いつもよりも揺れているように見えた。
「皆さん、回復薬はちゃんと使ってください。作戦は命、大事にですよ! 私も、貴族としてこの街を守ります」
「おいおい、俺たちの分も残しといてくれよな? 失業しちまうぜ」
私の宣言に、常連さん達は装備をガチャガチャ揺らして、笑いながら答える。
「ずっと、こんなお姉さんがいたらいいなって思っていました。これからも、そう思っていていいですか?」
「ふふっ、素敵な妹ができちゃった。嬉しいな」
ちょっともじもじしながら、一息に言いきった私を、ふんわりしたオレンジが髪を揺らしながら近づいてきたロランさんは、両手を広げてギュッと抱きしめてくれた。
「ん、これ」
ロランさんとの長いハグが終わったタイミングを見計って近づいてきたサルト先輩が、素っ気なく紙束を差し出す。
お薬情報とサルト先輩の気持ちが詰まった、有り難い紙束を受け取り、感謝とまた絶対に来るからこれからもお薬情報を集めて欲しい、とお願いをした。
「分かった」
短く返事をしたサルト先輩は、いつもの無表情だったけれど、緑色の目はとても真剣で、あと声変わりはしていなかった。
「私、また絶対に来ます! だから…… だから、みんな私のこと、忘れないでいてくれますか?」
「 ……。愛弟子の顔を忘れるほど、年老いちゃいないよ」
「ずっとずっと、忘れないよ! 女同士の約束!」
「ミアちゃんこそ、俺たちのランクが上がって城に召喚されたら、ちゃんと祝ってくれよな?」
店長や先輩たち、常連さんやロランさんとも、日が暮れるまでゆっくりと話した。
最後の言葉を交わして、皆んなとハグをしたりわちゃわちゃした後、みんなに貴族壁のまで見送ってもらう。
馬車の窓を開けて、移動中もお喋りをした。気遣いの出来るグラーレは、いつもよりゆっくりと歩みを進めてくれた。
「俺、嬢ちゃんが繋げてくれたサルトさんとのこと、頑張るからな!」
黄色い短髪をツンツンさせながら、大柄な体を丸めてコソコソと窓に近づいてきたアズールさんから、耳元で謎の宣言をされる。
さっきのこともあったので、もう気にしないことにした。笑顔で頑張ってくださいと言い、受け流した。きっと初のエルフ友達に浮かれてるんだ。
貴族命令で離れることになった前回と違って今回は自分で決めたからか、前ほどの辛さはなかった。
離れていても、同じ街にいる。私は皆んなが平穏に生きれるように、貴族の街で頑張るんだ。
そう心に決めながら、白門をこえた。
馬車が平民街と貴族街を隔てる線を通り過ぎると、何もない空間から、スルスルと真っ白な壁が出現していく。
ロンルカストがグラーレに合図をして、馬車を止めた。
馬車から身を乗り出して、笑顔で手を振る。ロンルカストは、そんなお行儀の悪い私を諫めることなく、一枚の壁になってみんなの顔が見えなくなっても手を振り続ける私を、ただ見守ってくれた。
その日は、一人になった夜に、ちょっとだけベッドで泣いたのだった。
座学に書類仕事、ポメラ制作にたまの回復薬作り。
平民街へ行くことが叶わなくなっても、淡々と私の毎日が過ぎていく。
レオ様は本当に忙しいらしい。スライム時計の献上は、ロンルカストが持っていくだけで、私は登城せずに済んだ。
ラッキーすぎる。もうずっと仕事に忙殺されていればいいのに。
昨日、レオ様の検分が終わり許可を出たとロンルカストから報告が入り、今日の午後に、ディーフェニーラ様へ時計を献上に行くこととなった。
久しぶりの西塔だ。セルーニの身支度にも気合が入っているようで、いつも以上にピッピッと、ドレスのシワを伸ばしながら着付けをしてくれた。
昼食を取って、玄関で出発の準備をしていると黒猫がやってきた。
「どこへ行くの?」
「今から西の塔へ行くよ。ディーフェニーラ様に、スライム時計を渡しに行くの」
「 ……。西塔か、僕も遊びに行こうかな」
「ロンルカスト、黒猫ちゃんも一緒に行っても大丈夫ですか?」
「問題ございません。念のため、事前に許可を取っておりました」
出来る側近は、今日も隙がなかった。
口元をペロペロと舐め始めた黒猫と共に、私とロンルカストは久しぶりの西塔へ、出発したのだった。
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