決意の表明
「あの、セルーニ、これ壊しちゃって、弁償とか必要ですか?」
「弁償、ですか? お会いになられた時に、御礼を申し上げれば、十分かと存じます」
「そうですか! たしかに、私もお礼を言いたかったのです!」
ふぅと、胸を撫で下ろす。
全く、ドキドキさせやがって。魔は死してなお、精神攻撃を企ててきた。なんて厄介なやつなんだ。
弁償問題にならなくて、良かった。そうだよね、借りてるんじゃなくて、貰ったんだからこっちの好きにしていいのか。
ブレスレットは、留金具がなくて外せないので、寝る時もお風呂もつけっぱなしにしていた。
「お手をこちらへ」
促されるがままに腕を伸ばすと、私の手首をとったセルーニが、ブラックパールの破片がくっついた金のチェーンを杖でトントンする。シュルシュルとチェーンが伸びて、腕から外れた。
ずっとつけてたから、何もなくなるとちょっと寂しい。左手首を右手ですりすりした。
そういえば、トレナーセンの仮両親には、宝飾だけじゃなくて、この服もいただいている。
前にロンルカストに、お礼を言いたいとお願いしたけれど、「時間に都合がつきましたら、面会の打診を致します」って言われたきりで、進展がない。色々と、忙しかったから後回しになってるのかな。また、お願いしないとだね。
身支度が終わり、一階へ降りる。
昼食を食べ終わると、ロンルカストがやってきた。顔には傷一つなくて、激戦の名残はない。
昨夜、魔とドンパチを繰り広げていたんだよって言われても、夢でも見てたんじゃない? と足蹴にされそうなくらい、ぱっと見いつもと変わらずに元気そうだ。
「ロンルカスト、体は大丈夫ですか?」
「はい。ご心配には及びません。昨夜は準備不足により、ミアーレア様に危険が及ぶこととなりました。大変申し訳ございません。私は、側近失格でございます」
「そんなことないです! 私こそ、木から手を離してごめんなさい。私、杖よりも、ロンルカストを失う方が怖かったのです」
深く頭を垂れるロンルカストに、慌てて手と首を振る。
ロンルカストは、命をかけてわたしを守ってくれた。なんなら最後に障壁が壊れたのも、私が勝手に動いてロンルカストの集中を切らしてしまったせいな気もするし。
「主人の盾にもなれぬ、不肖の身ではありますが、精一杯精進いたす所存です。今後も、ミアーレア様にお仕えしたく、お願い申し上げます」
「もちろんです! ロンルカストがいなくなったら、私が困ります! あの…… さっきセルーニと黒猫から、杖結びの儀式と木が失われたと聞きましたが、本当に儀式を再開することはできないのですか?」
「残念なことに、再開は不可能です。儀式において魔力の受け渡しは、とても神聖なことでございます。中断するのは大変無礼であり、相手の機嫌を損ねるため、その後再び魔力を通すことが、とても難しくなるのです」
ロンルカストの辛そうな顔を見て、さっきの黒猫の言葉が、蘇ってきた。
私がテーレオと呼んだ時、黒猫は「その呼び方は、手放してしまったんだ」と言いながら、金色の瞳の影が濃くした。
本人は無意識だろうが、そのことに気がついてしまった私は、ついほっとけなくなって、シャトネットさんに会うための協力を申し出たのだ。まぁ、素気無く断られたけど。
私も、自分の杖を手放してしまったんだね。ほんのちょっとだけ残っていた、もう一回チャレンジできるかな?という希望も消え去った。でも、落ち込んでなんかいられない。
「分かりました。自分で決めたことです、悔いはありません。レオルフェスティーノ様からは、杖がなければ貴族として受け入れられないと言われました。でも、私は杖は得られませんでしたが、貴族としてここで頑張りたいのです。ロンルカスト、何とかならないでしょうか?」
杖がなくても魔力を扱えることは、先日のヘラ大暴走事件により体験済みだ。
回復薬を楽に作ろうと、杖なし魔法の使い方をセルーニに教えてもらった結果、ヘラが部屋をぐしゃぐしゃに荒らし、窓を突き破って飛んでいくという凄惨な事件として幕を閉じたことは、記憶に新しい。
因みに、昼のお星様になったヘラは、後日ロンルカストが見つけて拾ってきてくれました。余計な仕事を増やして、本当にごめんなさい。
あの時は、危険だから二度としないようにと、ロンルカストから長い長ーいお説教を食らった。でも裏を返せば、危険だけど、注意すれば杖なしでも魔法を使えるってことでしょ?
難しいかもしれないけれど、なんとか杖なし貴族としてやっていくための、突破口をみつけたい。
「承知いたしました。本来であれば、杖結びの結果を本日レオルフェスティーノ様にお伝えしにいくのですが、奇しくも、執務がお忙しいとのことで、暫くお時間を取れないそうです。共に、この困難を乗り越える策を考えましょう」
私の真剣な訴えを聞いたロンルカストは、にっこりと笑う。迷いのない瞳で、とても頼もしい言葉をくれた。
レオルフェスティーノ様からは、杖結びが失敗したら殺すぞと脅されている。私の中では、かなりの一大決心で、杖なし貴族宣言を口に出したんだけれども、ロンルカストはあっさりと承諾してくれた。
ダメ元の提案だったが、なんだかロンルカストとならば、乗り越えられる気がしてくる。
うん、ロンルカストもこういってくれたし、頑張ろう!
決意を新たに、お互いに笑顔で微笑み合った。
「それでは、執務室へ参りましょう」
ロンルカストにエスコートされ、私はなんの疑問も持たずに、その背中について行く。
黒猫用に少しだけ開いていた執務室という名の勉強部屋の扉を、ロンルカストが大きく開く。
部屋の中が見えた私は、一瞬入る部屋を間違えたのかと思った。
「こちらはニフラルガー様の著書です。彼は生前、魔法は魔力構築の理論と理解がなによりも大切だと説き、その研究に自身の生涯を捧げました。当時は、かなりの先進的な思想だと賛同が得られなかったようですが、私は改めて考えるとこのアプローチ方法は有効ではないかと存じます。また、こちらはゼペリコララウス様の著書でございます。彼は、魔力制御について、抜本的な考え方を発表されまして……」
いつからこの勉強部屋は、こんなに狭くなってしまったのだろうか。
執務机の上では飽き足らず、床を埋め尽くすように所狭しとかれた書物により、足の踏み場もない。
永遠と続くロンルカストの説明を聞きながら私は、レオルフェスティーノ様の前に、乗り越えなければいけない大きな困難があることを悟ったのだった。
初投稿から、3ヶ月が経ちました。
今日まで連日投稿ができましたのも、ひとえにお読みいただいている皆さまのおかげです。
本当にありがとうございます。
深く、感謝申し上げます。今後とも頑張って参りますので、どうぞ応援を宜しくお願い致します。




