魔の発生
やや、グロテスクな魔物の表現があります。
苦手な方は、ご注意下さい。
「ミアーレア様! 魔力が満ちるまでお手を離さないよう、お願い致します!」
地震かと思い、その場に座り込もうとした私は、あわてて離しかけた手をピッタリと黒猫が示した大木に密着させた。
軽い地震のような振動が断続的に起こり、足元がグラグラする。大木に付けている手に力を込めて、支えにした。
ズズズズズズ…… 地響きは止まない。
とても大きなものが引きずられるような、低くて不安を煽る音だ。
バキバキと木が派手に折れる音が響き渡った。大木から手が離れないよう、気をつけながら音の方を振り返ると、ずっと向こうの方で次々と木が倒れていく。何? 目を細めて異変が起こっている場所をじっと見た。
その場所に生えている木々をバキバキと倒しながら、みるみるうちに地面が盛り上がり土塊が空へと伸びていく。10階建ての歪な形のビルのような大きさにまで成長すると伸びるのをやめ、不気味にその巨体を揺らめかせた。辺りに鳴り響いていた音と地鳴りが止まる。
「アルトレックス、増援は?」
「必要ない、おそらくこの一体だけだ。そっちはどうだ?」
「廻りは早いが対象が大きい。もうしばらくかかる」
ロンルカストは、チラリとこちらを見上げ大木を確認した。
異常な状況なのに、冷静で端的なやり取りを行う2人と違い、私は遠くで揺れる巨大な土塊から目が離せない。
土の隙間から黒赤色の何かが飛び出し、ウネウネと動いていた。あれは、いったい?
歪な形の土塊は、その身をブルリと震わした。焦げ臭さと、下水の腐ったような匂いを辺りに撒き散らしながら、ドサドサと覆っていた土が地面に落ちる。ぬらりと光る赤黒い体表があらわになった。
それは、巨大なムカデのようだった。遠目でも見上げるほどに大きい。
でも、ムカデとは決定的に違う。その身体の両側には、足の代わりに無数の細い人間の腕が生え、絶えず蠢いていた。悍ましい上半身をうねうねとしならせながら、焦点の合わない目がついた頭部を持ち上げている。
「……これが、魔?」
想像していた幽霊やお化け屋敷にいるようなゾンビとは、まったく違う。もっと、ずっと惨烈たるものだ。
この世に絶対に生まれてはいけない混沌が、盛り上がった地面を突き破り、地底から這い出してきたのだと理解できた。
「うっ……」
これは、ダメだ。こんなもの、この世にあってはダメなものだ。全身に鳥肌が立った。胃液がせり上がってくる。貴族は、いつもこんな恐ろしいものと闘っているの?
ピタリと動きを止めた魔が、その鎌首をこちらに向けた。左右非対称な方向を向いていた目が、ゆっくりと私が手をつける大木を捉える。焦点の合っていなかった目に光がともった。まるで人間のような瞳にゾッとした。
魔は持ち上げていた細長い身体を地面に下ろす。
ズルズル…… 細い腕達を使って地面をうねる。蛇のように這いながら進む姿が見えた。バキバキと木を倒しながら、私達の方へ近づいてくる。恐怖で足が動かない私の前に、ロンルカストがバッと飛び出し杖を構えた。
「オローディオ!」
ロンルカストの杖から光が溢れた。以前、城の廊下で濃いブラウン髪貴族の攻撃から私を守ってくれたバリアだ。
光はあの時よりも、ずっとずっと大きく広がり、大木ごとロンルカストと私と黒猫を包む半球状になった。キンッと甲高い音が鳴り響く。眩しい光は収まり、透明なガラスのようなものになった。
バリアができた後も、ロンルカストは腕を前に突き出し杖を構え続けている。杖の先からは、細い光が伸びて、目の前のガラスに繋がっていた。
「ロンルカスト、まだか!?」
「もうしばらく!」
ロンルカストは、魔力が満ちるまでこの木から手を離さないようにと言っていた。さっきも振り返って金色の位置を確認してたし、きっとこの金色が私の魔力なんだ。
これが木の天辺まで届き、全体に満ちるのを待っているに違いない。ムカデみたいな魔はこの木を目指して、真っ直ぐこちらに向かってきている。狙いはこの木だ。
大木の足元から伸びる金色は、幹の3分の2ほどの高さにまで到達している。
早く! もっと早く! 喉がカラカラに乾いている。手に込める力を強めたが、焦る気持ちとは裏腹に金色が幹をのぼる速度は変わらない。
大剣に炎を纏わせ、低く構えていたアルトレックスは、グラーレの元へ走ると背中に飛び乗った。一瞬で真っ赤な翼を広げたグラーレとともに、空へ舞い上がる。
「くそっ、火属性か!」
アルトレックスは、近づいてくる禍々しい魔に躊躇なく突進した。アルトレックスに気が付き、進行をやめ鎌首を持ち上げた魔を超えると背面の死角に入り、高く高く空へと上がっていく。
アルトレックスを見失った魔が、ビッシリと赤黒い身体の側面から生やした腕をザワザワと震わせた。上半身をグッと伸ばして、更に高く持ち上げる。目をギョロギョロと動かして、対象を探しているようだ。
空へ駆けていたアルトレックスは、ピタリと空中で止まる。グルリとグラーレの頭を真下に向けた。狙いを定め重力とグラーレが生み出す加速を使い、落ちるように魔に突っ込んでいく。まるで炎の塊が、夜空を真っ二つに切り裂いていくように見えた。
ザンッ! 燃える残像を残しながら両者が交差し、アルトレックスの大剣が魔の左側の腕の一部を削ぎ落とすように両断した。
胴体から切り離された腕とドス黒い液体が、宙を飛び地面へ落ちていく。
ギシャー! 耳をつんざく不快な鳴き声が夜空を震わせた。不意の攻撃を受けた魔は、轟音をたてて崩れ落ちた。バタバタとムカデに似た長い胴体をうねらせて地面に叩きつける。衝撃で抉れた土が派手に飛び散った。
アルトレックスは勢いを落とさず半回転して、高く高く上空へ舞い上がる。再び鎌首を上げた魔の背面に回り、今度は右側面の腕を目掛けて、加速しながら落ちるように突っ込んでいく。
しかし、魔はそんなアルトレックスを待っていたかのように、縮めていた胴体を巨大に見合わない速度でググッと伸ばした。限界まで加速したことにより、逃げ場のないアルトレックス目掛けて襲いかかる。
両者の速度が合わさり、一瞬でお互いの距離が縮まる。衝突の手前で魔はガバッと大口を開いた。アルトレックス達を飲み込もうと顎門を限界まで開く。
「くっ!」
避けられないと判断したアルトレックスは、咄嗟に落ちる方向を修正し、グラーレの軌道を開いた口から、奥の頭部へとずらす。
ガキンと、鈍い音が響いた。勢いを殺さず大剣を魔の頭部に叩き込んだアルトレックスの一撃は、強靭な頭部ににめりこむ。しかし破壊するには不十分だった。
ギシャー!! さっきよりも大きな声で鳴いた魔は、頭部から身体に纏っている色と同じ赤黒い液体を吹き出しながら、鎌首を左右に振る。ブォンブォンと風をきる鈍い音が空気を揺らし、首を振った反動で、頭部へめり込んだ大剣が抜け、アルトレックスごと森の中へ吹き飛ばされた。
ズルズル…… 邪魔者を排除した魔は、持ち上げていた関節の多い身体を地面に戻す。大剣を受けた頭部からは赤黒いドロドロを垂れ流し、両眼を同じ色に染めた。
腕の一部を失った左側面からドロドロが落ちた地面がジュワッと音を立てる。辺りの草は蒸発したかの様に消し炭となった。
魔は再び私達の元へと移動を始め、巨体をうねらせながら高速で向かってくる。風圧に、ビリビリと辺りの木々が揺れた。
遠目でも大きく見えた魔は、あっという間に私達との距離を詰める。目の前に迫る魔は、まるで怒り狂った大山が近づいてきたようだった。
魔は低い体制のまま、先程アルトレックスに向けていた大口をガバリと開けた。何列にも並んだ鋭いサメのような歯が、喉の奥の方まで続いているのが見えた。
「ひっ! 」
食べられる! 死を覚悟した。足がすくんで動けない。大木ごと喰いちぎられる未来が見えた。
ガキンッ!と、金属同士がぶつかるような硬い音が響く。ロンルカストの作るバリアに身体を打ち付けた魔は、自身の加速で生み出された衝突の反動により、その巨体を大きく反らせながら森の中へと跳ね飛ばされた。
「ぐっ!」
低く呻き声を上げたロンルカストは、杖の構えを崩さない。振り返り私と大木を確認すると、再び前を見た。
私も大木を見上げる。大木を包む金色の光は、さっきよりも面積を増やしてはいるものの、全てを覆うまであと4分の1ほどを残している。
ズシン、魔の宙に浮いた身体がひっくり返りながら大地を震わせ地面に叩きつけられた。
空に向いた無数の腕が地面を掴もうと、うぞうぞと無意味に蠢く。長い胴体をくねらせるたびに、赤黒いドロドロが飛び散り、辺りの木や草を焼く焦げ臭さと煙が広がった。
そのまま、起き上がらないでいて欲しい。私の願いも虚しく、本来曲がるべきではない可動域から外れた方向に肘達を曲げ、グルンと体制を直した魔は、鎌首を持ち上げゆらゆらと揺らす。
ギョロリと赤黒い目を私達に合わせると、ロンルカストの作るバリアごと私達を飲み込もうと、限界まで顎門を開いたのだった。
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