目的地への到着
「もうかなり近いよ。そろそろ見えてくるんじゃない?」
コートの中でモゾモゾしていた黒猫が、ぴょこりとピンク色の鼻先だけを突き出している。口元がモフモフと動いて可愛い。
「これは、少し厄介なことになりそうですね」
「くっ、目的地はこの森か。万が一にと備えたが、この装備できて正解だったようだな」
ロンルカストのため息が上から降ってきた。アルトレックスも、腰にさした大剣を手で確かめながら顔を顰めている。
私はみんなの反応に首を傾げ、眼下に広がる森に目を落とした。そんなにこの森は危険なのだろうか。後ろを振り向いて、肩を落としたロンルカストと目を合わせる。
「ロンルカスト、どうしたのですか?この森だと、何か不都合がありますか?」
「いや、問題ない。ミアーレア嬢、不安にさせてすまない」
「そうは思えません。教えてくださいませ」
いつもなら有耶無耶にされそうになっても、大人しくそうですか、と答えていただろう。でも私は珍しく食い下がった。
黒猫の意味深な言葉を受けたばかりで、自分の知らないところで何かが起こっているのが怖かったからだ。
「ミアーレア様、ご説明致します。あまり耳障りの良い話ではございませんが、以前この森では大きな事故があったのです」
「そうなのですか。ここは事故が起こりやすいから危険ということですか?」
「いいえ。その事故により、多くのものが枝葉を伸ばす前にエーダフィオンの廻りに戻ったことが問題なのです。こういった場所では、魔が発生しやすくなります」
「伏せてすまなかった。多くの命が奪われた悲惨なことだ、淑女に聞かせる話ではないと思ってな。確かにこの森は、あの事件以降危険な場所だったが、最近では落ち着いている。それに私は、この場所の魔を何体か倒したことがある。どうか、安心して欲しい。」
アルトレックスは、トントンと胸を叩いてニッと笑う。さっきまでは顔を顰めていたのに、今は私を安心させようとしてくれているのがわかった。
ここはたくさんの人が不慮の事故で亡くなったから、魔が発生しやすいってこと? 魔って、事故現場の地縛霊みたいなものなんだね。
手を前に伸ばしてヨロヨロと歩くゾンビと、炎の大剣で戦うアルトレックスを想像した。なんか、少年漫画みたいだ。
「お心遣いをありがとう存じます。無理に聞いて申し訳ありませんでした。わたくしはロンルカストと、ロンルカストが信用するアルトレックス様を信用しておりますので、大丈夫です」
「あぁ、任された。ミアーレア嬢はトレナーセンのご出身であろう? ここは、トレナーセンからアディストエレンへ来るまでのルートの一つだ。通る際に、何かしらの縁を結んだのだろうな」
「え、えぇ。そうかもしれません」
納得顔のアルトレックスに、私は貼り付けた笑顔を向けた。
トレナーセンには行ったことないです。出身も異世界です。なんて言えるはずがない。
でも、なんで私の杖はこの森にあるんだろう? アルトレックスの言葉を借りるならば、どうしてこの森に縁ができたのだろうか。
あ、もしかして、私が初めてこの世界で目を覚ました場所に案内されてる? だとしたら、確かに縁がある。
じっと真下の森を見つめてみた。木々達がザワザワと風に揺れて、その枝を揺らしている。鬱蒼とした森は広大で、どこまでも見渡す限り続いていた。ここがあの、気がついたら地面に寝っ転がっていた森なのだろうか。
あの時は、遠くから聞こえる獣の鳴き声にビクビクしながら、おどろおどろしい道なき道をひたすら歩いたっけ。運良く森を抜けて、街を見つけることができて本当によかった。
足を向けていた方向が違えば、ずっと森の中を彷徨い続け、餓死していたか、動物や魔物達の餌になっていたかもしれない。
頭上の木々に遮られ、昼間なのに太陽の光が届かない薄暗い森の中を、何時間も彷徨い続けた記憶を思い出してブルっと震えた。
「うん、いい時間になってきた」
黒猫はコートから顔と両手を出して金色の瞳孔をほそめた。猫は、暗い森でも夜目がきくから怖くないのかな。
太陽は沈みきり、辺りはすっかり夜に包まれていた。今日は満月で空は明るいが、森に入ったらきっとこの月の光も届かなくなるだろう。
「そう? こんなに暗い中、森に入るなんて怖いよ」
「僕よりも、君の方が必要なものだと思うけど?」
「暗い方が、杖の木を見つけやすいの?」
「そうとも、そうじゃないとも言えるね」
クスクスと笑いだす黒猫に、私は頬を膨らませることで抗議した。もぉ、またそういうこと言うんだから。答えを教えてくれればいいのに!
「んー、いい匂い。見えたよ、あの木だ」
「あそこか! ロンルカスト、行くぞ!」
「あぁ!」
黒猫が示した先には、ほかの木々と比べて一際大きな木が森から頭ひとつ分突き出していた。
黒猫の言葉を聞き、アルトレックスが叫ぶ。彼が乗るグラーレは、羽を平らにして一直線に下降をはじめた。私たちが乗るグラーレも、アルトレックス達に続いて、一気に下へ向かって加速する。
まるで、ジェットコースターのようだ。体には何も感じないが、耳元ではビュンビュンと風をきる音が聞こえている。
こわい! 私は安全ベルトのようにお腹に回して支えてくれているロンルカストの腕に、ギュッとしがみついた。
猛スピードで目的地に着いたグラーレは、地面にぶつかる手前でふわっと減速し、音もなく柔らかに着地する。
バサリと、大きく伸びをするように翼を広げると、すぐに小さく折り畳み、その翼は私の足元でグラーレの体に溶けるようにして消えた。
アルトレックスとロンルカストは、乗る時と同じ機敏な動作で翼の消えたグラーレからシュタッと地面に飛び降りた。
私がどうやって降りればいいのかと、目をオロオロさせていると、グラーレが前脚を折り体勢を低くする。
「ミアーレア様、失礼致します」
サッと腕を伸ばしたロンルカストに、乗る時と同じUFOキャッチャー形式で下ろしてもらった。ちょっと恥ずかしいけれど、自力でジャンプしたら、頭から落っこちそうだったのでしょうがない。
「ありがとう存じます」
久しぶりに地面に足がつく。ちょっとまだ、ふわふわしている気がした。周りを見渡してみる。うん、森だね。
現場に降りたら、何か思い出すかなと思ったが、全くピンと来なかった。右を見ても左を見ても同じような木ばかりだ。
「この子で間違いないよ」
私と違い、コートの胸元からサッと飛び出しスマートに地面に降りた黒猫は、トコトコと歩いて目の前の1番大きな木のところへ行くと、クンクンと匂いを嗅いだ。
いきなり黒猫の踏み台にされた私はウッとなった。言ってくれれば下ろしてあげたのに、強引なんだから。
「ロンルカスト、急げ」
「ミアーレア様、どうぞこちらへ」
「はい」
お散歩中のようなのんびりとした様子の黒猫と違い、二人からは張り詰めた雰囲気を感じた。
私は早足のロンルカストに誘導されながら、急いで黒猫がいる木の前へ行く。とても大きな木だ。樹齢何百年とか? 太い幹は私が3人いて腕を伸ばしあっても囲めないかもしれない。
見上げると幹の上の方からはしっかりとした枝が出てて、青々とした葉に包まれている。
「この木に、お手を触れてください」
「触ればいいのですね」
コクリとうなづき、腕を伸ばして大木に両手で触れる。自分の中の蛇口をひねられたような感覚がした。スゥーっと体の中の何かが、細く細く吸い上げられていく。
急に足元から光を感じた。眩しい。下を見ると、木の根元部分の輪郭が金色に縁取られていた。金色の光は、私の目の前で幹を伝ってゆっくりと上昇し、枝や葉の1枚1枚を包みながら輝く面積を増やしていく。
「ロンルカスト! 嫌な気配がするぞ、急げ!」
辺りを伺っていたアルトレックスの、焦った声が響いた。
「アルトレックス、まだです! 気配はどのくらい――」
アルトレックスに答えたロンルカストの言葉は、不自然な形で途切れる。
ズズズズズズ…………
不気味な重低音とともに大地が振動する。大きな地響きに、森は包まれたのだった。
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