グラーレの姿
「それで、どっちなのだ?」
アルトレックスから、燭台の秘密漏洩を防ぎ通して安心していると、彼は私の胸元へ目を落とす。
「ひゃぃ?」
急に胸を凝視されて変な声を上げてしまったが、彼の燃えるような赤い瞳は黒猫に向けられていた。
あー、びっくりした。まぁ、見られて困るほどのものなど持っていないですけど。私の貧相な胸元は、コートに黒猫が入っても、悲しいかなまだ十分な余裕がある。
「うーん、北東。ずっと向こう」
金色の目を閉じ、鼻を上に向けてピクピクと動かした黒猫は、アルトレックスに答えた。
どうやら、こっちからカレーの匂いがするよ感覚で道案内してくれるようだ。杖結びってもっと重厚な儀式だと思っていた。
「よし、それではゆこう」
黒猫の軽い受け答えをちょっと残念に思っていると、アルトレックスはグラーレの頭にコツンと自分の頭を付ける。
すぐに頭を離し今度は耳の辺りを大きな手でヨシヨシした。グラーレの横へ移動するとグッと膝を曲げてから高くジャンプする。
バサリと真っ白なマントが翻る音と、ガシャガシャと鎧が擦れる音がした。重そうな鎧をつけているのに、それを全く感じさせない陸上選手のような軽やかで綺麗な動作だ。
アルトレックスはグラーレの背中に左手をつくと反動で右足を上げ、シュバッとグラーレの背中に跨った。
「うわぁ!」
今度は、オリンピックの時にテレビで見た体操選手の鞍馬を思い出し感嘆の声が漏れた。つい拍手しそうになる。頑張れにっぽん!
大柄なアルトレックスが大きなグラーレに乗る姿は、まさしく騎士らしい。彫りの深さと目力も相まっている。ちょっと腰に下げている剣を高く振り上げて、グラーレが前脚を上げて後脚だけで立ってくれさえすれば、本当にルネッサンスな彫刻みたいだ。
続いてロンルカストも、もう一頭のグラーレに頭コツンと耳ヨシヨシをして飛び乗る。
アルトレックスのように重そうな鎧を着ていないとはいえ、ロンルカストは蝶のような美しい仕草でヒラリとグラーレに跨った。
あ、そっか。きっと2人とも魔力で身体力をアップさせてるんだ。
前にロンルカストが重そうな書類の山を軽々と運んでくれた時に聞いたことを思い出し、うんうんと、2人の人間離れした跳躍力に納得する。魔力ドーピング恐るべし。
普段の優雅な佇まいとは異なりキリッと馬に乗る、男らしいロンルカストを見上げる。
同じグラーレに跨る姿でも、アルトレックスとは全然違う。細身で優しげなロンルカストが真っ白なグラーレに乗ると、童話の中の白馬の王子様みたいだ。
青髪が風に揺れているのもいい感じ。あとは薔薇を横向きに口に加えて、白タイツを履けば完璧だと思う。
失礼な妄想をしていると、グラーレの上からロンルカストが私に向かって手を伸ばす。
「ミアーレア様、こちらに」
「はい」
王子様に手を差し伸べられた。気分はフワフワのドレスを着たお姫様だ。舞踏会に行かなくちゃ。
鼻をツンとあげて気取りながら優雅に手を取ろうとしたら、ロンルカストの手は私の手の横をスルリと通り過ぎていく。
ん? と、口から疑問が出るよりも早く、ロンルカストはグラーレの上から体を曲げ、器用に私の腰のあたりを両手で掴むとグイッと体を持ち上げた。グラーレも同じタイミングで膝を少し屈めてロンルカストをサポートする。
「わわっ!」
動揺しているうちに私の足はあっさりと地面から離れた。持ち上げられた私の体は、ストンっとグラーレの上に跨る。
こうして、私のはじめての乗馬体験は、王子様の優雅なエスコートではなく、UFOキャッチャー形式のリフトアップで幕を開けた。お姫様とは程遠い。しょぼん。
物悲しさを感じたものの、グラーレの座り心地は快適だ。お尻も痛くない。
前にはコートの中の猫湯たんぽ、後ろには背中を支えてくれているロンルカストの温もりに挟まれて暖房完備もバッチリである。
だが、騎乗した上から見る景色は結構高い。背が低いから、余計にそう感じるのかも。100センチに届いているかすら怪しかった私の目線は、2メートル越えのモデル体系さんをも余裕で超える高さとなった。いつも見上げている我が家の塀が、視線よりも下に見える。
思っていたよりも、足から地面までが遠くて、とても怖い。足を置く鞍も握る手綱もないので、手と足がプラプラする。とっても不安定だ、どうすればいいんだろう。
ロンルカストにどこを持てばいいですかと訊くために、振り返ろうとした時だった。バサリと足元から大きな音が聞こえた。
「ん? なんの音?」
大きな鳥でもやってきたのかと、振り返り途中で横向きだった顔を下に向けた私は、そのままフリーズする。
グラーレの胴体から、さっきまでは無かった白鳥のような真っ白な羽が生えていた。驚きで大きく目を見開く私に構わず、その羽はみるみるうちに面積を増やしていく。やがてグラーレの大きな体に負けない大きさの翼となった。
巨大化の終わった翼が、バサリと羽を揺らめかせる。翼から離れた一枚の羽が、ふわりと私の目の前で舞った。
グラーレが天使? いや、天馬になった? 幻想的な光景に見惚れていた私は、バサリの振動でビクッと体を強張らせた。
すると今度は私の足元の、胴体と繋がった翼の根本部分から緑の色が溢れ出す。色は真っ白な羽の一枚一枚にジワリジワリと滲むように広がっていく。大きな翼は、中心は濃い深緑で外側にいくほど淡い薄黄緑に染め上がった。
1番外側の羽は、ガラスのような透明感だ。その羽の先からは薄い黄緑色のモヤが出ていて、翼の輪郭がぼやけている。
あっという間に、真っ白な胴体に緑のグラデーションの翼を生やすという変貌をとげたグラーレは、我が家の門前に立ったまま、美しい大きな翼をバサリバサリと動かした。
あたりには、突風とともに羽から溢れたオーロラのような黄緑と深緑の霞が広がる。
紅葉した葉が落ち寒々しかった家の庭の木々達に、そのオーロラがかかった。枝の先からスルスルと新芽が伸び若々しい青葉に成長すると、その横で膨らんでいた蕾がポンポンと花開き、春のような彩りを与える。
「行くぞ!」
神秘的でファンタジックな庭の光景に目を奪われていると、アルトレックスの勇ましい掛け声が聞こえた。隣を向くと、アルトレックスが乗るグラーレからは真っ赤な翼が生えている。ゆらゆらと羽の先から真っ赤なオーロラが生み出され、まるで燃えているようだ。
グラーレの翼の色の違いに見入っていると、翼を羽ばたかせるだけでピクリとも動かなかったグラーレが、助走もなくぶわりと空に舞い上がる。
ひゃーーー!?
本当に恐怖を感じた時は、声すら出なくなると知った。
私は心の中で絶叫をあげながら、必死で目の前のグラーレの首にしがみつくことしかできなかったのだった。
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