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問題の先送り



 黒猫の言葉が細い針のように胸に刺さったまま、私の日常は進んでいく。お勉強して、書類仕事をして、アロマと空いた時間に回復薬を作ってベッドに潜った。


 表面上は何も問題なく、淡々と毎日が過ぎていく。そんな日々の中で針の先からじわじわと滲み出る毒にズクズクと心は疼き、だんだんその痛みは麻痺していった。



「もうすぐ、雪が降るかもしれないですね」



 勉強部屋で、南方面の地名暗記に努めていると、近くで窓拭き掃除をしていたセルーニが呟いた。

 寒い外と暖かい家の中の寒暖差で結露した窓の水滴を、宙に浮かせた雑巾で拭きながらセルーニがいう。



「もう、そんな時期ですか」



 すこし前から集中力の切れていた私は、持っていた羽ペンを放り出しセルーニの独り言にのっかる。

 窓の外には、すっかり葉の落ちた庭の木々が見えた。この世界に来た時は、暑い夏だったのに。

 もう、季節二つ分も過ぎてしまったんだ。平民街でのんびり暮らしていたのが遠い昔に思える。



「そうでした! そろそろ、炎を選ばなければいけません」


「うん? どうして炎を選ぶのですか?」


「はい、冬呼び達に糸をもらう対価として、炎を渡すのです。今年は、沢山の糸を分けてもらわなけれなりませんね!」



 私の返事に頷いたあと、セルーニは大事なことを思い出したかのように、珍しく大きな声を出した。

 何やらやる気になってしまったセルーニは、持っていた杖をブンブンと振る。のんびりと窓を拭いていた雑巾は、セルーニに煽られお尻を叩かれた犬のようにテキパキと残りの窓を拭きだした。

 


「セルーニ、冬呼びとはなんでしょう?」


「冬呼びとは雪が降る少し前にやってくる妖精達のことです。悪さはせず、雪の訪れを教えてくれるのです。彼女達に炎を渡すと、代わりにとても良い糸を分けてもらえるんですよ」


「糸、ですか?」


「はい、彼らの力がたっぷり籠もっている、とても強くて良い糸です。ミアーレア様の炎はとても元気ですので、彼女達もきっと喜んで交換してくれるはずです!」


「そ、そうですか。喜んでもらえるといいですね」



 エプロンの裾をぶわぶわと揺らしながら雑巾を指揮するセルーニは、杖を動かす手を止めずに答える。

 タイムセールに臨む主婦のようなやる気を見せるセルーニに、ちょっと引いてしまった。糸なんかもらって、そんなに嬉しいかな?


 首をひねってみたが、分からない。女子力ゼロの私と違って、家事担当のセルーニにとっては、きっととても大切なことなのだろう。刺繍とか、編み物とか女子レベルの高い人しかできないことに使うんだろうな。



「進みは如何ですか?」


「は、はい! とても順調です!」



 ロンルカストがやってきたので、セルーニとのお喋りは終了となった。サッと転がっていた羽ペンを手にとり、左手を頬につけると、あたかもずっと勉強していましたというポーズを取る。

 ロンルカストは、私がちょっとした休憩をとっていたことに恐らく気付いていただろうけど、なにも言わなかった。


 怒られなくて良かった。チラリと様子を伺うと、深緑の側近服の右胸部分には、今日もシャーラムが飾られている。プレゼントしたブローチに挟んで付けているのだ。シャーラムはブローチをプレゼントした翌日に渡した。


 ブローチは緑色なので、深緑の側近服と色味が近く、土台として悪目立ちしない。細かく葉の模様がデザインされているので、クリップ部分にシャーラムを挟んだ今は、より自然にシャーラムの一部のように見える。

 さすがザリックさん、見た目の豪快さからは全く想像がつかない繊細な匠の技だ。


 胸に一輪の花が添えられたことでシンプルな側近服がグッと華やかになった。結婚式の新郎ほどの豪華さではないが、日常にも気を抜かない洗練されたイタリア人のようなおしゃれさんだ。


 ブローチを渡した次の日から、ロンルカストは、毎日欠かさず右胸にシャーラムをつけている。雑巾を指揮するセルーニのエプロンからも、いつものシャーラムが顔を覗かせていた。

 だがそんな2人と違い、私はあの日以来シャーラムを身につけていなかった。自分の居場所を選べない私に、彼らと同じシャーラムをつける資格がない気がしてしまったからだ。


 平民の街とこの家、どっちが大事かなんて、そんなの決められないよ。それに、決めたところで私に選ぶ権利なんてないんだから、結局ここでやっていくしかないんじゃない?

 あ、でも、もしかしたら平民に戻れるチャンスもあるかもしれない。そうだよ、別に今すぐ決めなくったって……。

 ずるい私は、問題を先送りにしようとする。



 座学が終わり、昼食を取る。

 いつものようにツンツンとつついて戯れてくるティーポットと食後のお茶を飲みながら遊んでいると、黒猫がやってきた。シュタタッとしなやかな動作で椅子を経由して、テーブルの上に登る。フンフンとテーブルの上に残っている、まだ片付けられていない空のお皿の匂いを嗅いだ。



「おっと、ごめんね、パピー。黒猫ちゃんに当たったら危ないからまたね」


 

 熱々のティーポットに触って黒猫が火傷したら大変だ。安全のために、ティーポットにはいつもより早めに帰ってもらった。

 拗ねたようにコンッコンッと、やや大きめな音をたてて戻っていくティーポットに黒猫は、白々しい目を向ける、



ぱぴー(こいぬ)? なにそれ。僕、あんまり好きじゃないな」


「そう? 子犬みたいで可愛いと思って」


「それは、君がパピーなんて名前ををつけるからじゃないか」


「違うよ。子犬みたいだったから、つけたんだよ?」


「だとしてもだよ。君がそんな名を与えなかったら彼もそれ以上近づかなかったのに」


「うーん、そうかな?」


「僕はごめんだね。勝手に縛られて、勝手に近づこうとするなんて」



 そんなこと言われても、卵が先か鶏が先かの因果性問題のような気がする。進化論と創造論のどちらが正しいかは、どこかの科学者が証明済ってニュースで見たような、見てないような。


 私の名付けセンスに文句を言った黒猫は、お皿に残ったトマトソースをペロリと舐めて、テーブルを降りるとそのまま部屋を去っていった。


 はぁ、。ため息をつきながら私は黒猫が去っていった廊下を見る。

 誰もいない廊下には、柱についたアルトレックスに似た燭台で、今日も炎が楽しそうにダンスしている。両手で突き出している大剣に纏わり付いたり、筋肉たくましい上半身に張り付き甲冑のような形になったり、頭に乗っかってアルトレックスをスーパー何とか人に変身させたりしている。



 自由な炎をボーッと見ながら考える。この前自分の進む方向について釘を刺されてから、私と黒猫はあんまりうまくいっていない。

 朝はお花をもらいに来るけれど、受け取るとすぐに何処かへ行ってしまう。薬草園に行くよと声をかけても、無言で付いてきてはポメラの木の下で寝てるだけだ。


 さっきは、せっかく久しぶりに話しができたというのに、あんまり良い内容ではなかった。

 もちろん、杖結びのために良好な関係を結んでおきたいっていう理由もないわけではないけれど、黒猫とのお喋りは楽しかっただけに、気軽に話せる友達を失ってしまったショックの方が大きい。

 自分の進む道をしっかりきめている黒猫にとって、いつまでもウジウジしている私は気に食わないのだろう。



 手持ちぶさたから、保温用のティーコジーの布を被ってお休みしてしまったティーポットを、ツンツンと突くが、出てきてくれる気配はない。

 空になった手元のティーカップ見つめながら落ち込む私に、ススっと食事部屋に入ってきていたロンルカストがサラリと爆弾発言をした。



「ミアーレア様、レオルフェスティーノ様より伝言を仰せつかっております。杖結びの続きを、明日執り行うようにとのことです」


「え? 明日!?」



 明日? こんな小喧嘩状態で、どうやって黒猫に乗り気ではなさそうな杖結びの助力を頼めばいいのだろう。

 突然の杖結び再開命令に、私は開いた口を塞ぐことも出来ずにポカンとロンルカストを見つめたのだった。



 お読みいただき、ありがとうございます。


 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。 

 創作の励みになります。どうぞ宜しくお願い致します。

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