居候の対価
「月が…… 二個ある? 」
目が覚めると、夜空に大きな月が二つ、浮かんでいた。両方とも、同じように不思議な欠け方をしている。
目が、霞んでるのかな?
寝起きで回転の悪い頭のまま、ぼんやりと金色の月たちを眺めていると、キョロリとその月が動いた。
「うわあっ!? 月が動いたぁ!! って、黒猫ちゃんか。びっくりしたぁ、脅かさないでよ」
「おはよう、ミア。目が覚めたみたいだね。ロンルカストとセルーニが、すごーく心配してたよ? もちろん僕もね」
「えっと、ここは? 」
「ミアは自分の帰る場所を、忘れちゃったの? 」
寝起きドッキリならぬ、寝起きドアップ猫ちゃんに驚いていると、黒猫は、私を覗き込むようにグイッと乗り出していた体を引く。
視界から黒猫の顔が外れ、見覚えのある天井と柱、そして柱についた素敵な燭台が目に入った。
いつの間にか寝ていたようだ。私は、起き上がろうとして無意識に掌に力を入れる。いつもと同じベッドの感触がした。
掛かっていたシーツと一緒に、ゆっくりと上半身を起こす。
「あれ? でも、私は薬草園にいたのに、どうしてここに?」
「彼とは、薬草園で遊んできたみたいだね。ミアは僕たちの目の前で、春を迎えた雪みたいに消えた後、一階の廊下に倒れてたよ」
「彼って誰のこと? それに、私は消えたんじゃなくって、廊下に空いた穴に落ちたんだよ」
「そうなんだ。じゃぁきっと、その穴に落ちたんだね」
「黒猫ちゃん。落ちたのか消えたのか、本当はどっちなの? 」
「ミアが落ちたって思うなら、それは落ちたんだよ」
「うー、思わせぶりな言い方するんだから。じゃぁ、なんで私だけが落ちたの?」
「さぁ? 彼の考えることなんて、僕は理解したいとも思わないね」
「ねぇ、彼って誰? 本当に、知らないの?」
「彼は、君が困るのを見て楽しんでいるだけかもしれないし、もしかしたら世界を救うために、しょうがなく君を穴に落としたのかもしれない。まぁ、気まぐれだろうけど。月の日でもないのに災難だったね」
「月の日? あっ、そっか! 彼って、前にロンルカストが言っていた、悪戯好きの精霊のことでしょ。穴に落ちたりみんなと逸れたのは、その精霊の仕業ってこと?」
「あんまり、その呼び方をしない方がいいと思うよ」
「どうして?」
「ミアは、質問が好きだね」
「むぅー。分からないことを知りたいって思うのは、普通じゃないの? 」
「そうだね。皆んなも僕くらい優しかったら、良かったのにね」
「黒猫ちゃんが1番分かんないこと言うし、今みたいに遠回しな言い方して、ごまかされてる気がするけど?」
「分からないってことが分かって良かったじゃないか。ねぇ、ミア。またそれ、貰ってもいい?」
「また難しいこと言うんだから。 ……あっ、ひとつ分かったよ! お花が欲しかったから、精霊のこと教えてくれたんでしょ?」
「僕は居候の身だからね。対価はいらなかった?」
「お花くらい、駆け引きしなくたってあげるのに。黒猫ちゃんって、私なんかよりもずっと本当の貴族らしいよね」
「クスクス…… ここでは、ミアよりも貴族らしくないものを探す方が難しいんじゃない? それに、そろそろセルーニを呼んであげた方がいいよ。ずっと扉の前で、待ってるみたいだから」
そう言うと、扉の方を向いてピクピクと耳を動かした。
家仕えとしてこの家と契約したセルーニは、家内のことを大体察知できるらしい。
一昨日も、もし黒猫が勝手に窓から出ようとしたら、すぐに分かるっていってたし。
なんでも、薄っすらとだが、家と感覚を共有してるとかなんとか。うーん、そんなこと言われても分かんないけどね。
きっと、今も私が起きた気配を感じて様子を見に来てくれたんだろう。つい黒猫と話し込んで、待たせちゃったな。
「お花は、どれがいいとかある? 」
「僕、前と同じ色の子がいい」
「オッケー! このふわふわしたやつね」
黒猫は、ちょっとだけ不親切ながらも、私だけが逸れた理由を説明してくれた。
対して親切な私は、リクエストに答え今朝渡したのと同じ赤いお花を、花瓶から選んであげた。
五枚ある細長い花弁たちは、綿みたいにフワフワしている。
五本の猫じゃらしがくっついてるみたいで、面白い形だ。
難しいことを言うから大人っぽく見えるけど、猫じゃらしが好きだなんて、ちゃんと猫っぽいところもあるんだね。
咥えた猫じゃらしたちをポワポワと揺らしながら、機嫌良さそうに去っていく尻尾を、生暖かい目で見送る。
そして扉の前で待たせてしまっているセルーニのことを思い出して、急いで音泣きの魔術具を鳴らした。
リーンという合図の後、すぐにコンッコンッと、ノックが聞こえ、扉を開けたセルーニが心配そうな顔で入ってくる。
「お加減は、いかがですか?」
「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫です!」
「ロンルカスト様より、ピラフィティーリに袖を掴まれたとお伺いしました。体調が戻られたようで、安心致しました」
私の顔色を確認して、セルーニは表情を緩めた。
長居は良くないと気遣ってくれたのか、すぐにスススと下がろうとするセルーニを、慌てて呼び止める。
「その事なのですが、実は私以外にも、彼に捕まった小さな女の子がいたのです。私、その子がどうなったのか心配で……。セルーニ、どうしたらいいでしょうか?」
「女の子ですか? そうですね、ピラフィティーリの悪戯は一時のことです。心配なさらずとも大丈夫です。きっとその子もミアーレア様と同じく、直ぐに手を離してもらえたと思いますよ」
「そうですか!」
自分だけ脱出して、あの子を置いてきてしまったのではないかと心配だったが、セルーニから、そんなことはないと教えてもらえた。
良かった。あの子も、ちゃんとあの不思議空間から脱出できたんだね。
あそこで、今もたった1人で泣いてるかもしれない、という憂いがなくなり胸を撫で下ろす。
でも、探し物は結局見つけてあげられなかったな。今度あったら、謝らなきゃ。
「ロンルカスト様より、本日のご予定は無いと伝言を受けております。このままゆっくりと、お休みください」
やった! 午後の時間がフリーになった!
ピラフィティーリに捕まってから、塔内で迷子になったり、探し物をしたり、プロポーズ現場に遭遇したりと、結構な時間を過ごした気がする。
でも、セルーニの話では、ピラフィティーリに捕まるのは一時のことで、すぐにこっちに戻してもらえるらしい。
私の体感時間と、実際に進んでいた時間とでは、結構なズレがあるんだろう。
窓の外も明るいし、まだ五の鐘も鳴ってないのかもしれない。
体内時計を直すため、今何時かをセルーニに確認する。
「分かりました。あと、今はどの鐘の間かおしえてもらってもいいですか? 」
「はい。先ほど、三の鐘が鳴りました」
「 ……聞き間違いでしょうか? 三の鐘と聞こえたのですが」
「いいえ。ミアーレア様は、こちらに戻られてから、鐘六つ分ほどお目覚めになられませんでした」
「えっ!? 私、半日以上も寝ていたですか!?」
「はい。ピラフィティーリとの戯れで、どれだけお疲れになったのかと、心配していたのです」
「えっと。じゃぁ、登城したのは昨日で、今は、日付が変わった月の日の朝ということ?」
「はい。本日は月の日でございます。ロンルカスト様より、当初の予定は調整致しましたので、一日ゆっくりなさいますようとの伝言を…… 」
ピラフィティーリに捕まった代償は、とても大きいものだった。まさか、半日以上も寝込んでいたなんて。
姪っ子と遊ぶと、次の日起き上がらないくらい疲れると誰かが言っていたが、まさしくその通りだと思い知る。
ロンルカストから今日一日お休みをもらったが、それに甘えてはいられない。だって今日は、待ちに待った月の日なんだから!
「セルーニ! すぐに支度を手伝ってください!」
「えっ、あの、ロンルカスト様より――」
「いいえ! 私、起きます! 今日は平民街へ行くのです!」
「で、ですが、もうしばらくは、体をおやすめになられた方が」
「部屋で休むよりも、元気になりますから!」
謎の理屈でなんとか押し切ろうとする私に、セルーニはどうしたらいいのかと、オロオロしながら眉を下げたのだった。
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