迷子の泣き声
「 ……ん? あれ?」
気がつくと私は、先ほどと同じ廊下に立っていた。
底がない闇の中へ落ちたはずなのに、どうして?
「ロンルカスト? 黒猫ちゃん?」
周りを見渡すも、一緒にいたはずの1人と一匹がいない。
それに、塔内は不自然なほど静かだ。長い廊下にポツンと、私1人が取り残されている。
「今日は、いつもより沢山の貴族達がいたはずなのに…… あ、もしかして、夢?」
ペチペチと頬を叩いてみたが、普通に痛かった。
夢落ちでは許してくれないようだ。
「どう考えてもおかしい、どうしよう」
辺りはシンと静まり返り、物音一つしない。
このまま立ち尽くしていても、助けが来る確率は低いかもしれない。
「だとしたら、進むか戻るか、だよね」
うーん、とは言っても、迷路のように広くて入り組んだ塔内だ。
入り口を目指して彷徨くよりも、さっき出たばかりのボス部屋へ戻ったほうがいい気がしてきた。今ならば、なんとかあそこへ戻ることができそうだし。
「でも、戻ったところでなぁー」
そうなのだ。部屋に辿り着けたとしても、ロンルカストや黒猫が消えてしまったように、レオ様がいる保証はない。
っていうかその前に、あの扉の開け方が分からないから、中に入れないや。ドアフォン通信のセキュリティーがかかっていたことを思い出し、ガックリする。
「とりあえず、下に降りてみよう」
ボス部屋に戻ることを諦め、入り口を目指し階段を見つけて下に降りてみようと、ザックリとした方針を決める。
そのうち一階に着くだろうし、運が良ければ開けっ放しになった扉や窓から、外に出れるかもしれない。
「えーっと、階段、階段っと。どこかなー?」
階段を探しながら廊下を進む。
ロンルカストの先導がないと、心細さが半端ない。
右へ左へと曲がり、突き当たりにしょんぼりしながら元の道へ引き返す。
同じところをグルグルと回っているだけなんじゃないかと不安になってきた頃、角を曲がった先にやっと、念願の階段を見つけることができた。
「やった! 階段だ!」
小走りで階段に駆け寄る。いつもなら、貴族らしくないとロンルカストに窘められるが、今は大丈夫。逆立ちだってし放題だ。まぁ、しないけれど。
近づいてみると、それは壁に沿うような形の螺旋階段だった。
顔を上げて、どこまでもぐるぐると続く階段を見上げる。
ずっと上の方まで繋がっているようで、吹き抜けの天井や、どこかの窓からキラキラと光が溢れている。
真っ白な大理石みたいな材質ながら、手すりには細かな装飾や草の模様があしらわれ、手の込んだ造りだ。
階段部分には、継ぎ目のない高級な赤いカーペットも敷かれている。
「ほわぁー すごい、綺麗」
美しい階段にしばし見とれたあと、そっと手すりに触れる。
石のひんやりとした冷たさが伝わってきた。
しっかりと掴み直し、グルグルと回るようにして、階段を降りる。
これまでロンルカストが案内してくれた階段は、基本的にワンフロア分しか昇り降りできない構造だった。
おかげで、ワンフロア降りて廊下を歩いて別の階段の場所まで行き、またワンフロア降りて廊下を右へ左へと進み違う階段の場所まで歩きと、案内なしでは到底辿り着けない複雑な道筋になる。
そんなぶつ切りの階段と違って、この螺旋階段は途切れることなく下まで繋がっていた。よって、サクサクと下の階に降りることができる。
「これ当たりだ! このまま一階まで行けるかも!」
興奮してつい叫んだその時だった。
ガコン、と階段が大きく揺れる。
「うわっ! 今度はなんなの!?」
バキンッ! バキンッ! バキンッ! …………
不穏な音とともに、大きな振動が上から近づいてくる。
「ひゃっ!! ゆっ、揺れるっ!!」
何かが近づいてくる。逃げなきゃと頭では分かってはいた。
だが、揺れで振り落とされないように階段のカーペットにしがみつくのに必死で、そんな余裕はない。
手を離したら、手すりの隙間から真っ逆さまに落ちてしまうからだ。
この高さから落ちれば、グシャッとカーペットのシミになるのは避けられない。 ギューッと手に力を入れて、階段に這いつくばる。
バキンッ! と、真上で硬いものが割れる音がした。
見上げると、今降りてきたばかりの階段の底部分である白い大理石に、左右を分断するかのような大きな亀裂が入っている。
間髪を入れずにバキンッ! と、足元からも音がした。
咄嗟にサッと足を引く。さっきまで足を置いていた場所に、ヒビが入っていた。ヒビはパキパキと横に広がり、大きな亀裂となる。
音と振動の正体が階段の崩壊の足音だと、今更理解したところでどうしようもない。
頭上と足元にできた亀裂は、私が座り込んでいる階段の石の重みに耐えきれず、ついにボキリと聞きたくなかった音を立てた。
階段の上下が切り離されてしまった。
カーペットにしがみつくことしかできない私は、切り離され分断された階段の一部と共に、重力に従い落ちるしかない。
「やぁっ! 落ち……え?」
衝撃に耐えるため、ギュッと堅く瞑ろうとした目は、ボキリと切り離された階段の端がスルスルと伸びていく不思議な光景に、驚きで見開いたままになった。
伸びた両端は、それぞれが1番近い上下の廊下に繋がっていく。
「おわぁっ!? 」
しがみついていた階段部分が、グンっと盛り上がる。
弾みで私の体が浮いている一瞬に、階段は段差の幅と高さを調節し、新たに繋がった廊下に合わせたなだらかな傾斜へと形を変えた。
調整が終わると、廊下と階段の粗く継ぎ接ぎされた部分が仄かに光る。
みるみるうちに断面が整い、まるで初めからそうであったかのように綺麗な一枚岩となった。
無理やり千切られたカーペートのほつれも、高速再生のように編み込まれ、廊下のカーペットとの境目に合わせてピタリと整えられていく。
しばらくすると、塔内は、あたかも何事もなかったかのようにシンと静まり返った。階段が崩壊する足音も、再構築される音ももう、聞こえない。
「はぁっ、はぁっ…… た、助かった?」
私の荒い息遣いと心からの安堵の声は、廊下の静寂の中へ溶けていった。
残ったのはワンフロア分しか行き来できない、ぶつ切りの階段だ。
また階段が動き出して、恐怖体験をするのはごめんだ。私はプルプルする足で、這うようにして階段を降りる。繋がった廊下に着くと、ヘタリとその場に座り込んだ。
「こ、怖かったぁ……」
恐怖の階段から脱出して、廊下のカーペットと仲良くしながら、少しだけ冷静を取り戻した頭で考える。
そうだよね。セルーニの大規模リフォームの時に柱が動いたんだから、階段だって動く可能性はあったんだ。
ロンルカストが、一階分しか上がれない階段を使う理由は、こういう危険があったからだったんだね。
身をもって、危険を学ぶことができた。今後はショートカットできそうな場所を見つけても、安易に飛び込まないようにしよう。
「シクシク…… うっ、ぐすっ、」
廊下の白いカーペットに刺繍された金色の模様を指で弄りながら、「ショートカット、安易な決断、罠、危険、ダメ絶対」の最重要事項を心のメモに刻み込んでいると、微かにすすり泣くような声が聞こえた。
突然聞こえた自分以外の声に驚き、パッと顔を上げる。
目を凝らすと、長い廊下の先に誰かが蹲っていた。
「ふぐぅっ、 ぐすんっ…… 」
「女の子?」
しゃくり上げるような泣き声だった。
驚かせないように、そろりそろりと近づいてみる。
かなり小さな女の子だ。
床にしゃがみ込み、髪と腕で顔を隠すようにして静かに泣いていた。茶色の長い髪が腰の辺りまで伸びて廊下についてしまっている。
私と同じように、いきなりここに連れてこられたのかな?
こんな小さな子が…… きっと、すごく心細かっただろうな。
女の子と同じ目線になるように廊下に座る。
震える薄い肩にそっと優しく触れ、声をかけた。
「大丈夫?」
「ひっく、 ぐすっ…… だれ? 」
私の声にビクンと肩を震わせ反応した女の子は、両腕の中に突っ伏していた顔を上げる。
涙でグジャグジャになった顔で私を見上げたのは、髪と同じ、薄い茶色の瞳だった。
「怖がらせてごめんね。私はミアーレア。大丈夫? 1人で怖かったね?」
「ぐすっ、うっ……おねぇちゃ、たすけて…… 」
「うん、一緒に頑張って、ここから出よう?」
「ぐすんっ、あのね、わたし、の、だいじな…… なくしちゃったの 」
「え? 大事なもの?」
「うっ、 かくされちゃった、グスッグスッ……みつけるの、てつだって、くれる?」
「うん、いいよ。一緒に探してあげる。誰か意地悪な人に隠されちゃったんだね。どこを探せばいいか分かる?」
「うっ、ぐすっ、わかんない…… ひっく、でも、あそこかも…… 」
そう言って、女の子が指差した先は、廊下の飾り棚だった。
長い廊下に沿うようにずらりと並ぶ棚には、これまた無数の引き出しと戸棚が付いている。
……おっと。これは思ったよりも、大変な作業になりそうだ。
もしかして、舌の根も乾かぬうちに安易な決断をしてしまったかもしれない。
バサバサと舞いながら主張してくる心のメモを宥めながら、私はどこまでも続く飾り棚を、遠い目で眺めたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、ロマンチシズムです。
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