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杖結びの報告



 漆黒の扉の前に着く。

 貴族からの心ないメンタルダメージにより沈んだ気持ちは、何食わぬ顔で横を歩く鋼の心を持った黒猫勇者のお陰で、なんとか浮上し持ち直すことができた。


 ロンルカストのドアフォン通信を経て、扉がギギッと不穏な音をたてながら開く。

 


「入れ」



 冷冷たる声が聞こえた。すぅー、ふぅーっと、一度深呼吸をする。



「よしっ! 」



 私は、気合を入れて小さく呟くと、部屋に足を踏み入れた。

 中に入ると、今日も側近は誰もいない。

 火が入り冬仕様に設えているが、広い部屋に一人でいる様子は、どことなく寒々しくみえた。


 部屋を見渡しそんな事を考えていると、レオ様からギロリと射抜くような瞳で睨みつけられる。

 レオ様は、両側が書類が山積みになっている机の上に肘をつき、その手を顎先に当てた姿勢で、執務椅子に座っていた。


 ひぃっ、怖いっ!! 今日も今日とて、全身から放たれる不機嫌オーラと、氷だってもっと温度があるのではと錯覚するほどの、冷たい視線に気圧される。 一瞬で身がすくんだ。



 で、でも、今日は大丈夫!  ここまでは、想定内なんだから!

 前回の訪問では、胃に穴が開くほど精神を消耗した。

 その反省を踏まえて、この1週間と少しの間、毎晩寝る前にベッドでイメージトレーニングを重ね、恐怖に耐性をつけてきたのだ。


 仮想レオ様も、自分で思い描いたはずなのにものすごく怖かったが、対レオ様対策として十分に慣れることが出来た。


 私だって、いつまでも子猫のようにプルプルと震えているだけではない。

 伊達に受験、就活経験者ではないのだ。今回の圧迫面接に向けた傾向と対策は、万全である。


 想像よりも幾分か割増された、本物の不機嫌オーラに怖気付くも、すぐに平然を装った私は、なるべく優雅に見えるように気を付けて部屋の中央まで歩き、ふわりとスカートをなびかせながら片膝をついた。

 黒猫もトコトコとついてくると、私の横にちょこんと前脚を揃えて行儀良く座る。



「レオルフェスティーノ様、本日は…… 」


「其方の頭は、何度言えば理解するのだ? 時間の無駄だ。さっさと用件を述べろ」


「はいっ! 申し訳ございません! 先日の水の日に執り行った杖結びですが、不測の事態となり、中断する運びとなりました」

 

「中断だと? 不足の事態とはなんだ」


「はい。現れた導きの魔力を、徨魔(こうま)に奪われました。現状では、やむなく中断をしております」



 付け焼き刃の優雅さは、吹き飛んだ。これ以上レオ様の機嫌を損ねないよう、なるべくシンプルに、ハキハキと報告をする。

 この報告の仕方で、大丈夫だよね? もっと、言い訳した方が良かったかな。でも、まだ失敗じゃないし、問答無用で処刑とかない…… よね?

 報告を聞いたレオ様は、限り無く冷たい視線を私から離さず、無言のまま眉間の皺だけを深めた。



 タカタン、タカタン、タカタン……



 執務机を指で叩く硬い音だけが部屋に響く。


 大丈夫、きっと大丈夫。

 立ち上がるタイミングを逃した私は、床に片膝をついた体制のまま自分に言い聞かせる。


 大丈夫、大丈夫 ……本当に、大丈夫?

 掌に、嫌な汗がじんわりと滲むのを感じた。


 だ、だいじょぉ……ば、ないっ! やっぱり怖すぎるっ!!

 レオ様に、傾向と対策なんて、無意味だったよっ!!

 冷徹貴族の沈黙と、タカタンと部屋に響く無機質な音に、イメトレの努力虚しく私の頭の中は、白旗で埋め尽くされる。


 レオ様はたっぷりと間を開け、私の不安を煽るだけ煽った後、やっと口を開いた。



「ふんっ。あくまでも、故意ではなかったと申すか」


「も、勿論でございます! 決して! 故意などでは、ございませんっ!」



 やっと示された活路に、全力で乗っかる。 ()()()でも何も、あんなの予測できる方がおかしい。

 ロンルカストやアルトレックスも、お墨付きの不可抗力だ。

 ついでに()()()はお前だー!と心の中で叫んでおいた。

 レオ様は、早口で自己弁護した私から視線を左下へ落とす。



「其方がその徨魔か、目的はなんだ? 」



 これまでジッと黙って座っていた黒猫は、レオ様に白眼視され、のんびりと口を開いた。



「んー? 最近のものは、不思議な香を持つものが多いんだね」


「 ……。 質問が聞こえなかったようだな。それとも獣に人の言葉は理解できぬか?」


「僕は熟したものは、腐って落ちる前にパクリと食べたほうがいいと思うんだ。楽園に実る禁断の果実だって同じだよ。彼らがどう思うのかは、知らないけどね」


「時計塔のシャ・ノワール、其方が楽園を語るのか。儀式を水の日に指定したのは、間違いだったようだ」


「 ……その名前で呼ばれるのは、いい気分がしない」


「礼を欠いたものに、尽くすものなど持たぬ。他人の皿の味は、さぞ美味だったであろう」


「君に言われたくはないな。僕はここの者たちのことを、穢れた人間なんて言わない。もちろん君のことだって、不躾な呼び方はしないよ」



 尻尾をゆらりと揺らめかせ、瞳孔を開いた黒猫と、ピクリとも動かずに、眼光の鋭さだけを更に強めたレオ様は、バチバチと火花を飛ばすような言い合いを始めた。


 ひぇー! ね、猫ちゃん!? 悪魔に喧嘩を売るなんて自殺行為! 丸焼きにされちゃうよ!?

 2人がなにを言い合っているのかは、正直よく分からないが、剣呑な雰囲気が、ビシバシ伝わってくる。



「なるほど。では、非礼を詫びて改めて問おう。其方の名はなんと申す?」


「あいにく、君に呼ばれたいと思う名は、持っていないんだ」



 のらりくらりと質問をかわす黒猫の態度に、レオ様の機嫌は明らかに悪化している。

 猫パンチで敵う相手ではない。牙も爪もないはずなのに、レオ様は今にも黒猫を一瞬で八つ裂きにしてしまいそうな一触即発の雰囲気を放っていた。


 

「そうか。其方の望みは理解した。どうやらエーダフィオンの廻りに戻りたいようだな」


「 ……セリノーフォスがイリスフォーシアの光へと伸ばした髪にかかるのは、エーダフィオンの恵みこそ相応しいと思わない?」



 その言葉を聞いたレオ様は、ギュッと口を固く結んだ。

 やや前屈みだった姿勢を起こし、背もたれに背を預けると、見極めるような目で黒猫を見る。


 一方黒猫は、ジッと観察されるように見られている事を気にも留めない様子でレオ様から視線を外した。

 目を細めながら、窓の外を流れる雲たちを眺め始めている。


 あれ? なんだか情勢が変わったような? 黒猫ちゃん、余裕なの?


 タカタン、タカタン……

 執務机を指で叩く硬い音が二度、部屋に響いた。



「目的はなんだ」


「僕は、頑張る子にはご褒美をあげたいんだ」


「 ……それで廻りが遠去かったと思うな」


「心配しなくても、自分のとまる木はこの両眼と鼻で探せるよ」



 この言葉を最後に、レオ様と黒猫の会話は終了した。

 黒猫は、満足そうにグーンとお尻を突き出して体を伸ばす。

 レオ様も、それ以上何かを言う気配はなさそうだ。



 はぁ? いや、いや、どういうこと? 全く意味が分からない。

 さっきまで、お互いに噛みつきそうな程の緊迫したやり取りだったのに、急に丸く収まったらしい。

 ハラハラと見守っていた私は、事態について行けずに置いてけぼりになっている。

 急に弛緩した場の雰囲気に飲まれていると、背中からゴホンと、ロンルカストの咳払いがきこえた。おっと、そうだった。 



「わたくしが保持するには、少々荷が重い書類がございました。恐縮ですが、レオルフェスティーノ様に預かっていただきたいと存じます」


「 ……ふむ」



 ロンルカストに促された私は、この前と同じように、処理済み書類を返す。

 返却物を確認したレオ様が無造作に床に落とした未処理書類の山を、優秀な側近に拾ってもらった。



「去れ」



 え? ……いいの? 黒猫との会話を終えたレオ様からは、まさかの嫌味の一つも言われなかった。なんというか、心ここに在らずといった感じだ。

 構えていた分拍子抜けしたが、逆に不気味に思えてきて、私は逃げるように部屋を出た。




 ロンルカストの背中に続いて、長い廊下と複雑に交差する階段を歩く。

 何度きても、迷路みたいで道を覚えられる気がしない。この背中を見失ったら確実に迷子だ。


 前を歩くロンルカストの背中を見ながら、先の会話を思い出す。

 詳しくは分からなかったけれど、黒猫はレオ様に何らかの要求を通しきった。


 2人は一体なんの話をしていたんだろう? 黒猫ちゃんに後で聞いてみようかな。まぁ、教えてくれるかは、分からないけど。

 ダメだったら、後ろで聞いていたロンルカストに解説をお願いしてみようか。

 んー、でも聞いたら「座学の時間を伸ばす必要がありますね」とか言われそうだ。



 私たちの歩調に合わせて、4本の足をテトテトと忙しそうに動かす黒猫に視線を落とす。

 この黒猫は、私が思っているよりも、ずっと長い時を生きているのかもしれない。

 時々よくわからないことを悟ったように話すし、遠回しな言い方や精霊の名を用いる貴族言葉も理解している。

 実際にそれらを使い倒して、レオ様とも対等にやりあっていた。うーん。これからは、黒猫先輩って呼んだ方がいいかな?


 ねぇ、黒猫ちゃんと、口を開きかけた時、ガクリと私の体が沈んだ。



「へぁっ?」



 踏み出した右足の下にあるべき床が、無い。そこだけ抜け落ち、ぽっかりと穴が空いていた。

 右足が床の下に落ちる。片足の支えを失った私は、前につんのめるようにして転びそうになった。



「わわっ!?」



 頭から落ちないように、無意識の防御反応で咄嗟に手を伸ばす。だが、その手が廊下の床につくことはなかった。

 右足の下に空いた小さな穴は、ぶわりと広がり私を飲み込んだ。

 穴の奥は、漆黒の闇でどこまでも黒く塗り潰されたいた。

 底のない闇の中へ、抵抗する術のない私はスルリと1人、落ちていく。



「ミアーレア様っ!!」



 遠くで、ロンルカストの叫ぶ声が聞こえた。






 お読みいただき、ありがとうございます。

 黒猫と貴族の会話は、今はまだ、読み飛ばしてもらえると嬉しいです。答え合わせはもう少し先で。

 次回は、落ちた先の景色です。



 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。 

 創作の励みになります。どうぞ宜しくお願い致します。

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