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登城の同行者



「うーん…… 」



 新しい朝がやってきた。

 火が入り暖かくなった部屋のおかげで、昨日ほどお布団と離れるのが億劫ではない。

 私は目覚め宜しくさっと起き上がると、ベッドの中を確認した。



「あれ? 猫ちゃんがいない? 」



 念のためシーツをブワリとひっくり返してみたけど、黒い毛玉は確認できなかった。

 昨日の朝は、いつの間にか潜り込んでいた黒猫だが、今朝は来ていないようだ。

 あったかくなったから、猫湯たんぽはもういらないなぁ、なんて思っていたけど、向こうも同様に、私と私のベッドの温もりが不要になったらしい。



「いらない子認定、されちゃった 」



 ふぅ……。 自分のことを棚に上げて、ため息と切なさを漏らした。

 気持ちを切り替えて、起床の合図をするために手を伸ばす。

 花瓶には、昨夜セルーニが用意してくれた、色んな種類の花が生けられていた。



「んー、どれにしようかな」



 色とりどりの花たちから、無造作に黄色いラッパ型の花を抜き取り、花弁を摘もうと花に手を触れる。



 プーーー!

 


「わっ! びっくりしたぁ」



 花部分に触れると音が鳴る、不思議花だった。

 まじまじと見つめてみても、ちょっとラッパっぽいただの花だ。なんでこの構造で音が出るのか、謎すぎる。


 ちょんっちょんっ



 プープー!



 ちょちょっちょんっ



 ププープー!



「ふふっ、面白い」



 花弁のつつき方で、音が変わるようだ。

 おもちゃの楽器みたいな反応が楽しくて、ちょんちょん触りながら花と遊んでいると、すました顔の黒猫が、テトテトと部屋に入ってきた。



「あ、おはよう。黒猫ちゃん」



 プププーー



「 ……おはよう」



 挨拶がてら、おはよーのリズムでお花を鳴らしてみたが、チラリとこちらを見ただけで、素っ気ない返事が返って来た。

 あんまりお話しをする気分ではないようだ。


 ツンと鼻先を上げた表情で颯爽と歩く姿に、朝から花の玩具ではしゃぐ自分が子どもっぽく思えてきた。恥ずかしい。

 黒猫に向けていた黄色い花を、そっと下ろす。

 微妙に気落ちした私が見守る中、黒猫は一瞬立ち止まると、助走もつけずにピョンピョンと、ベットを経由した華麗なジャンプを披露した。



「おっとと…… 」



 経由されたベットが、小さく沈んで揺れる。

 ベッドに座っていた私は、バランスをとるために腕を広げた。

 シュタッと、サイドテーブルまで登った黒猫は、すっかり水受けと勘違いしている音泣きの魔術具からチロチロと水を飲み、ついでに前足の毛を舌で引っ張るように舐めて毛並みを整える。


 顔を上に向けて、目の前の花瓶に生けられたお花の香りをスンスンと嗅いだ後んー、いい匂いと言うと、ピョンとベッドに飛び降りた。

 私に体を擦りつけながら通り過ぎると目の前に座り、金色の瞳でキュルルンと、効果音がつきそうなおねだりをする。



「今日もこれ、頂戴?」



 さっきまでは話しかけるなオーラを醸し出していたのに、急に人懐こいモードに入った。これは、猫と人間の間に流れるタイムラグのせいだろうか。なんという気分屋さん。あざとさが凄い。

 


「うぐっ、可愛い……。また、食べるの?」


「ん? 美味しいよ?」



 昨日もお花を欲しがっていたけれど、中毒を起こす場合もあるから、無闇に猫に植物をあげちゃいけないんじゃなかったっけ?

 あ、でも毛玉を吐く用に必要な草もあったような?

 うーん、健康に害がないか心配だけど、本人が欲しがってるぐらいだから、大丈夫なのかな。



「えーっと、お花ね。この黄色いラッパ花はどう?」


「うーん。僕、そっちの夕焼け色の子がいい」


「あ、こっちの赤っぽいやつ? はい、どうぞ」


「ん、ありがとう」



 差し出したお花を加えると、お尻をふりふりしながらテトテトと部屋を出ていく。

 ご多分に漏れず、用済みとなったら素っ気ないようです。



「お腹痛くなったら、すぐに言ってねー!」



 去っていく後ろ姿に、声をかけて見送った。


 あっという間に午前が終わり、お昼をとった後は、気の進まないお出掛けの準備をする。

 今日は、冷徹貴族のところへ、杖結びの進捗報告をしに行かなければならない。なんとも憂鬱な日なのだ。


 うだうだと、少しでも出発を遅らせたい私の気持ちとは裏腹に、ロンルカストとセルーニの手腕により、支度はサクサクと整った。‬



「うー、行きたくない……。 毎日が陰の日ならいいのに」


「ミアーレア様、忌み日をそのように仰るのは看過できません」


「だって…… 」


「ミア、お出かけするの?」



 玄関で子どものように駄々をこねていると、トコトコと黒猫がやってきた。



「うん、これから東の塔へ行くの。全然、行きたくないけど」


「塔? 僕も行く」


「んー、黒猫ちゃんが城に入ってもいいのかな? 」


「問題ございません。このようなこともあろうかと、事前に許可は得ております」


「さすが、ロンルカスト。黒猫ちゃん、大丈夫だって。でも、お城にはおっかない貴族がいるけど、いいの?」


「怖くない貴族の方が珍しいよ。ミアみたいにね」


「私? 確かに私は貫禄とか威厳とかとは無縁だけど、珍しいかな? ロンルカストやセルーニだって優しいでしょ?」


「ロンルカストは、ミアにとっては怖くない。セルーニは、この家にいるから怖くない」


「そう? 2人ともいつだって優しいと思うけど」


「クスクス…… ミアって本当に面白い。ずっと怖くない貴族でいてね」


「私に高貴な人オーラなんて、期待する方が難しいでしょ」



 家を出て、黒猫とたわいのないことを話しながら歩く。

 すぐに東の塔に着いた。

 魔力で強化した体で大量の処理済み書類を抱えながら、ロンルカストが器用に塔の扉を開ける。


 大変そうなので代わりに開けてあげたいが、この自動扉、魔力を通して開閉の操作をするらしく、やり方を知らない私には開けることができない。

 前に手伝いたいからやり方を教えて欲しいと言ったら、「側近の仕事ですので申し訳ございません」と、断られてしまった。


 うーん、根っからの平民志向の私は、手が空いてる方がすればいいじゃんと思ってしまうが、貴族的にはダメらしい。貴族って、本当に面倒くさい。


 城に入り、廊下を歩く。

 いつもは閑散としているが、今日は沢山の貴族達とすれ違った。



「まぁ、あれが例の噂の…… 」


「獣を連れて歩くなど、礼儀知らずにもほどが…… 」


「恥知らずで、なんと浅ましい…… 」



 貴族達は、声を潜めることもなく眉を(しか)めながら話し、露骨に指さしをする。

 陰口は慣れているし、なんとも思わない。

 これまでだって、薬草園でポメラ採集の際などに言われてきたことだ。

 だが、今日はいつもより多くの中傷を、至近距離から浴びせられた。思いの外、ダメージが蓄積されていく。



 私、なんでこんなに嫌われてるんだろう……。 

 冷徹貴族が捏造した私の生い立ちって、そんなに酷いものなのかな。

 それとも貴族らしくない私の立ち振る舞いのせい? 自業自得?

 悪意や侮蔑のこもった視線に、胸のあたりがずんと重くなった。


 あっ、ダメ、ロンルカストに、正面を向いて歩くようにって言われてるのに。 

 蓄積されたダメージが、心のボーダーラインを超えてしまった。耐えきれず視線が下に落ちていく。

 目の前の景色が、前を歩くロンルカストの背中から足に、足から靴に、靴から床へと移り、最後に自分の足元が見えた。

 

 前を見なきゃ、ちゃんと、顔をあげなきゃ、うぅ…… でも、出来ない。履いている靴と床が、暗く色褪せていく。


 ダメなのに、ちゃんとしなきゃ、ダメなのに、どうして……

 灰色の世界に捕らえられた私は、自分ではもう、どうすることもできない。 只々頭を垂れ、俯いた。色の失われた、灰色の光景に沈んでいく。

 そんな私の視界に、フワリと真っ黒な何かが映り込んだ。



 黒? あ…… 黒、猫ちゃん?

 ピンと立てた尻尾の先を揺らしながら、何食わぬ顔で私の横を歩く、漆黒の猫が目に入った。

 忙しそうにピクピクと動かしている耳からは、誹謗や中傷も聴こえているはずなのに、涼しい顔をしている。

 周囲の反応などお構いなし、どこ吹く風とばかりにすまし顔でテトテトと歩くその姿に、私は勇気をもらった。



 ……ありがとう、黒猫ちゃん。

 (かすみ)がかっていた世界に、じんわりと色が戻ってくる。


 そうだよ、私はここで頑張るって決めたんだから! こんなこと、いちいち気にしてちゃダメだ!

 メンタルに受けたダメージは、偶然のアニマルセラピーにより回復された。

 私は顔をあげ、横を歩く頼もしい黒猫と黒猫の尻尾とともに背筋をピンと伸ばし、しっかりと前を向いて歩いたのだった。




 次回は、久しぶりのご対面です。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。 創作の励みになりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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